第34話「飛んで火に入る」

 嘘つき——


 衝撃的な言葉だった。

 晴翔はいままで落ちこぼれや弱虫呼ばわりをされたことはあっても、嘘つきと呼ばれることはなかった。


「どうして?」


 率直な疑問だった。

 どこが嘘なのか?


 炎怒もその一言で理解してもらえるとは思っていない。

 なぜ晴翔が嘘つきとなるのか、その理由を語る。


 昼休みの時とは違う。連行ではなく、自分の意思で指定場所に赴く——

 それはいじめではなく、決闘ではないのか?


 学級委員長は「いじめかどうか判断がつかない」と言い、掃除班の生徒たちも言っていたではないか。

 呼び出されても、いじめられているなら行かないほうがいい、と。


「よく聞けよ? 彼らは『いじめられている』ならば、と言っているんだ」


 いじめられているのではなく、決闘ならばたとえ三対一だろうと合意の上。

 不利だろうが、負けようが、周囲が口出しすることじゃない。


 自分で決闘に見えるような行動を取っておきながら、いじめだったと言い、誰も助けてくれない、気付いてもくれないと言う。


「決闘なのにいじめと主張する嘘つきではないか」


 晴翔は反論できなかった。

 そういう発想はなかったが、みんなが言っていたことと食い違う点は何もない。

 正論と認めざるをえない。


 金縛りが解け、ホッと一息つきながら呟く。


「僕は今まで勝ち目のない決闘を受けて立ってきたことになるのか?」

「周囲にはそう見えただろうな」


 ショックだった。

 俯いた頭が上がらない。


 一分、二分と時間が経過していく……


 本当はさっさと高校から離れて調査に行きたい。

 余計なことを言わなければいま頃、あちこち回れたかもしれない。


 しかし、晴翔の呪縛は解かなければならない。

 納得させなければならない。

 でなければ、大事なときに中岡たちから挑発され、そっちに向かおうとするだろう。

 そもそも晴翔の身体なので、何が何でも受けて立つとなられたら、炎怒も久路乃も為す術がない。


 言わなければならなかった。

 その上で身の程知らずの蛮勇は捨てて、大人しくしててもらわなければならない。


 任務の障害は排除する。

 晴翔に見つかったこの呪縛は任務の邪魔だった。


 俯いたままだった晴翔だったが、ゆっくりと頭が上がってきた。


「……それじゃ、僕はどうすれば良かったんだ?」


 炎怒は即答せず、質問に質問を返した。


「なあ、中岡たちはなんでおまえを挑発すると思う?」


 そんなこと考えたこともないので、晴翔にはわからない。


「挑発すれば、必ず受けて立ってくれるからだよ。いじめではなく決闘だ、とみんなや先生に言い訳ができる」


 一呼吸置いて続ける。


「おまえは中岡たちの言い訳に付き合ってきたんだよ」

「そんな……僕は、ただ……」

「ああ、そうだな。男は負けちゃいけないって言われてきたんだよな」


 晴翔は首を縦に振った。

 炎怒は晴翔の記憶を自由に閲覧できる。

 当然、あの両親から言われたことも知っている。


「俊道さんたちは三対一でも殴り勝て、という意味で言ったんじゃないと思うぞ?」


 さっきから驚きの連続で言葉は出ないが、代わりに表情が語っていた。

 そういう意味じゃないのか? と。


「危害を加えられたとき、自力で問題解決できる強い男になれ、ということだったんじゃないのか?」


 そうだったのか? 解釈を間違えていたのか?

 頭の中で両親の言葉が蘇り、続いて学校での日々を振り返った。

 そうして再考した結果、一つの答えが導き出された。


「僕は倉庫裏に行くべきじゃなかった?」

「決闘に付き合った時点でおまえの負けなんだよ。挑発に乗らず、『いじめられている』という姿勢を貫くべきだったんだ」


 それを最後に二人とも会話が止んだ。

 言うべきことも聞くべきこともなくなった。


「炎怒」

「ん?」

「帰ろう。どこか調査に行くんだろ?」


 足は、重い枷がいつの間にか外れていた。

 ベンチから立ち上がる。


「ああ、もう少し立ヶ原を調べたいと思っていた」

「じゃあ、今日はそうしよう」


 もう倉庫裏に行こうとは思わない——

 もう相手の思う壺にはならない!


 晴翔の表情は少し明るくなっていた。


 炎の半鬼は、飛んで火に入る虫けら扱いだった一人の少年を、火から守ったのだった。

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