無葬時代
外崎 柊
落語
しばらくのお付き合いを願います。
近頃は、高齢化社会も進みまして超高齢化社会と呼んだりもするそうでございますな。簡単に言うと若いもんがすくななって、年寄りが増えておるっちゅうことですわな。人間、オギャーと生まれたその瞬間から絶え間なく年を取っていくわけですが、結果として老いていく、年寄りになっていく。しかしまあ、後からあとから若いもんがどんどん生まれてきて、その老人たちを支えてくれれば問題はないんですが、少子化という問題もある。年寄りを支える若いもんが少ないいうことは、その一人一人にかかる負担も大きなるいうことですな。
年寄りばっかり増えて、面倒みる若いもんがおらん。
若いもんの世話になんかなるかい、と肩肘張って全うできればいうことはないんですが、なかなかそうもいきません。
老人が増えると、当然、死亡人口も増えてくる。死ぬ年寄りが増えるっちゅうことは、葬式出す回数も増えてくるっちゅうことですわな。
こればっかりは誰かの世話にならんわけにはいかん。なにしろ本人はお亡くなりなってしもとるわけですから、どうすることもできません。
「とうとうオヤジ死んでしもたがな、どないしよ」
「どないしよ、て。そんな頼りないこと」
「そやかて、今年に入って何人目や」
「あんたのとこの母方のおじさん2人におばさん3人、父方のおじさん4人におばさん2人、それに105歳で亡くなった父方のおじいさん、110歳で亡くな、いやおばあさんはまだ生きてはるから、ざっと合計しても12人」
「ざっと、て。それにしても多すぎやろ、オヤジとオカン、兄弟多かったけどみんな子供おらんかったもんな。オヤジとオカンの兄弟の中で子供できたんウチだけ、つまりワシだけが唯一の子供や」
「とにかくどこかの葬儀屋さんに頼んで、お義父さん運んでもらわんとあかんのとちゃう」
「そやな、どこに頼もか、今年に入ってからいろんな葬儀屋に頼んだけど、どこも高いばっかりで良うなかったしな」
コンコンコン、と霊安室のドアがノックされまして、黒いスーツを着た五十がらみの痩せて顔色の悪い男が入ってくる。
「この度は誠にどうも、ご愁傷様でございます」
「はあ。これはどうもご丁寧に」
「私、こちらの病院からご紹介をいただきました、鶴亀葬儀社の田中と申します。葬儀社はどちらかお決まりでしょうか?」
「こらまたえらい手回しのええこっちゃな。まあ、でもええわ。こっちもどないしたらええか困っとったとこや。御願いします」
「これは、ありがとうございます。では早速、寝台車の手配をいたしますが、お葬式についてご希望はございますか」
「希望か。まあ参列するもんも少ないし安うしといてくれたらありがたい」
「それではこちらなどどうでしょう」
葬儀社の田中という男が持っていたカバンからさっとカタログを引き抜き、ぱらっとめくる。
「ふーん。家族葬プラン100万円。100万てこらまた大金やがな。アカン、うちにそんな金ない。葬式続きで破産寸前や。死んだオヤジも根っからの遊び人で負債は残しても財産は残さんかったからな。もっと安いのはないんかいな」
「ではこちらなど」
またカタログをぱらっとめくります。
「アカンアカン、100万出されへんのにどないして80万出せんのや。ほかないのんかいな、ちょっとカタログかしてくれ」
葬儀社の田中という男から、ひったくるようにしてカタログを受け取りますと、ページをザーッとたぐっていきます。
「安いの安いの、と。おっ、これなんや、99,800円て、えらい安いのがあるがな」
「お気づきで」
「お気づきで、って。こんなんあるんやったら、もっと早よ言うてくれんとアカンがな」
「そちらは最近できたばっかりのプランでして。昨今、宗教者なしでお別れ会形式の直葬というものがかなり流行っておりましたが、これはそれを超えるその名も滅葬」
「め、滅葬!」
「仏教ではこの世から消えてなくなることを滅相と申します。そこにあやかって滅ぶに葬儀の葬で滅葬。簡単に申し上げますと。いわゆる、おまかせコースでございます」
「おまかせ、ってどういうことやろか」
「こちらでご遺体をお預かりして、後日、私共のほうで火葬と収骨をいたしまして、ご遺族様にご連絡申し上げましたら、ご遺骨を弊社までお引き取りに来ていただくか、もしくは宅配便にてお届けいたします」
「宅配便、て。そんなもん送っても大丈夫かいな」
「時代の流れと申しますか、最近は身内が亡くなられても無関心な方が少なからずおられまして、そんなお客様の声から当プランは生まれました」
「えらいもん生まれよったな。でも、確かに安いしな。オヤジにはちょっと悪い気もするけど、これも致し方ない。ええーい。それで頼むわ」
「あんた、ええの? そんなことして」
「かまわん、オヤジも分かってくれるやろ」
「ありがとうございます。それでは手続きといくつかのご注意点をご説明させていただきます。まずは、こちらの同意書にサインをいただきます。それではご一読をお願いいたします」
「えーなになに、私は貴社の販売する葬儀プラン「滅葬」を同意のもと購入するものであり以下の諸条件に対しても完全に合意し、同意したことを認めます。
一、遺体を株式会社鶴亀葬儀社に引き渡し、遺体の火葬を委託したことに同意した後は、故人の遺体との面会を一切求めません。
一、火葬に関する日時については一切を株式会社鶴亀葬儀社に委託するものとしなんら決定権を有しないものとします。
一、故人の信仰の有無にかかわらず、宗教者の介在及びそれにかかる宗教的儀式の一切を求めないこととする。
えーと、なんやらぎょうさん書いてあるけど要は、この場でさよならして次に会うときは骨になって帰ってくるっちゅうことかいな?」
「左様で」
「最後の遺骨、要・不要っちゅうのは」
「時代ですかね」
「時代、っちゅうと遺骨もいらんていう人がおるんかいな」
「そういうことでございます。人それぞれ事情も様々でございますから」
「えらい時代やな。まあでも幸い墓もあることやし骨は引き取ろ。ほんなら、要に丸してと」
「はい結構でございます。では死亡診断書のご記入をお願いいたします。
あれよあれよと言われるままに死亡届に記入も終わり、葬儀社の田中という男に渡します。
「では料金でございますが、現金、もしくはこの場でクレジットカードにてご決済いただくか、明日お振込みをお待ち申し上げるかのいずれかになりますが」
「もうこの場で払うのかいな。えらい急くもんやな」
「申し訳ございません。そういうシステムになっておりまして。お支払いの確認ができませんと私共もご遺体を荼毘に付すことができませんので」
「これ、もし万が一金を払わんかったらどうなんの? いや、そう疑り深い目で見んでもええがな。払う、払います。興味本位で聞いてんねんや」
「お返しいたします」
「返す?」
「お預かりしたご遺体をご自宅までお届けいたします」
「うわ、そらかなわんな。で、留守やったら?」
「玄関前に寝かせて置いて帰ります」
「いや、それはアカン。そんなことされたら事件になってわしらそこではよう住まれん」
「私共もそこのところは極力避けたいわけでして」
「過去にそんなことあったんかいな」
「二、三度ほど」
「あったんかいな。そらえらいこっちゃな」
「どうしても料金を支払いたくないと申されまして。致し方なしにホトケ様を玄関先に安置してお返しした次第でございます」
「家帰ってきて玄関先に死んだオヤジが寝かされとったらビックリするな。で、その後どうなったんや」
「皆様泣き声で電話をかけてこられて、すまんかった金は払うからなんとかしてくれと仰られます」
「死んだもんも浮かばれん、なんとも世も末やな。しかし商売としてはええとこに目ぇつけたんやろな。先見の明がある。いや賢い、天才、博士、よっ大統領」
「いやいやこれは過分なお言葉。当方も商売ゆえに考え出したまでで、これはめっそうもないことでございます」
無葬時代 外崎 柊 @maoshu07
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