第九話 帰り道

 事務所へ帰るバス停に向かって二人で歩いていく。

 謎の男の正体も分かったし、締めの腹パンも出来たし、気分はすっきり。


「ユキさん、安心するね」

「ストーカーじゃなくって良かった、ってな」


 わたしが狙われてるんじゃないかって、本気で思ってるみたいだからなぁ。それだけ心配してくれているのはありがたい話だけれど、あまり気にし過ぎないで欲しい。

 口数は少ないけれど素敵なおじいさんだから、負担に思いたくないんだよね。おじさんからそれとなく言ってもらおうかな。


「ユウキちゃんは今日の学校帰りに寄るって言ってたよ」

「そうか」


 実はユウキちゃんのリストラ説が正解かなと思ってた。年下だけど、しっかりしてるからね、彼女は。

 わたしが暴走しても冷静に止めてくれる。

 おじさんの推理にもきっと納得してくれるだろう。

 

「こうして分かってみると、やっぱつまんないなぁ。謎の男のままでも良かったかも」


 思わず長い溜息をついた。

 正体が分からないからこそ、色々な妄想が出来て楽しかったのに。


「そうそう朋華が思うようにはならないさ。現実はこんなもんだよ。だから、色々な妄想や異世界への話は自分で小説にしてみればいいのに。文字にしていく作業も、絵を描くのと同じできっと楽しいぞ」

「そんなの書いたって、どうせ誰も読んでくれないもん」


 うまく書けるかどうかの前に、誰かに読んでもらえる気がしない。

 友達に見せたってバカにされそうだし。



「俺が読むよ」

 さらっと一言、立ち止まることなく、わたしの方を見ることもしない。



「あーっ!」


 わざと大きな声を出してみた。


「どうした!?」

「お腹減ったー」

「驚かすなよ。何か食べてから帰るか?」

「うん。近くに行列ができる洋食屋さんがあるんだ」


 今日のランチはおごってもらえそう。

 おじさんの腕を取り、引っ張っていく。

 自然と笑顔になってしまうのはテンションが上がったからかな。

 ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけね。




 ―「謎の男」  終わり―

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