第二話 謎の男

 大通りに面した古い事務所ビルの一階に水城みずき探偵事務所がある。

 探偵事務所とは名ばかりで、おじさんが探偵らしいことをしているのは見たことがない。この六階建てのビルを遺産として譲り受けたそうで、管理人も兼ねている。むしろそっちが本業じゃないかな。

 いつも暇をもてあましているみたいだから、ちょくちょく遊びに来て上げているうちにこども達のたまり場になってしまった。

 登校班の見守りで仲良くなった子が来て、おやつを食べたり、本を読んだり、Youtubeを見て帰っていく。こども好きなおじさんへのボランティア活動、といった感じね。


 通りに面したガラス扉を入って右手には、わたしたちの定位置となっている応接ソファーがある。その奥には事務机が二つ。壁際にある書類棚の上にはずらっと並んだミステリー本、その隣に置かれたテレビではだいたい二時間ドラマが流れている。


 今日もわたしのほかに女の子が来ている。

 向かいのソファーに座る中学一年生のユウキちゃんも常連さんだ。小柄で二重の目が印象的な彼女とは三年くらい前にここで知り合った。顔を合わせる機会も多く、こんな妹がいたらなぁ、なんてひそかに思っていたりする。

 この日みんなで盛り上がったのは、わたしがバイト先で遭遇したの正体についてなんだけど――。



 ほら、この前バイト始めたって言ったでしょ。

 クリスマスも近いし、冬休みもあるから少しお金が欲しいなぁと思って、土曜日だけじゃなくて試験休みにも区役所の売店でバイトを始めたの。ママも、短期間だし、そういう所ならいいよって。

 そうしたら、二日目に変な人がいるのに気がついたんだ。


 隅っこのカウンターみたいな所でコンビニのお弁当を食べてるの。そういう人ってあまりいないから目立つんだよね。

 バイトの先輩に聞いたら、毎日来てるんだって。

 そこは元々、公衆電話って言うの? それが置いてあったんだけど、取り外して台だけが残ってて。これはお掃除のおばさんから聞いた話。

 うん。掃除のおばさんとも仲良しなの。

 わたしみたいな高校生がバイトに来るのは珍しいらしくって、加納さん、加納さんって――あ、わたしのことね――みんな優しくしてくれるんだ。

 で、気になっちゃって、お昼ごろになると注意してるんだけど、やっぱり毎日来るんだよねー、そのオジサン。



 ――で、このオジサンの正体は? と言う話。



「やっぱり変でしょ?」

 革張りの黒いソファに背を預けたまま、横に立っているおじさんへ顔だけを向けた。

 わたしの話を聞き終わって、まず反応したのはユウキちゃんだ。


「普通に考えれば、リストラされて暇を持て余しているオジサンじゃないの? あっ、おじさんのことじゃないよ」


 思わず笑っちゃった。

 確かにいつも暇そうにしてるものね。

 ビルを借りに来た人はいても、このソファにお客さんというか、探偵事務所へ依頼をしに来た人が座っているのなんて見たことないし。

 理由わけあって前に勤めていた設計事務所を辞めて探偵を始めたみたいだけれど、その辺のことは詳しく知らないからなぁ。


「それじゃぁつまんないじゃん。

 例えば、何かスパイ活動をしているとか、あそこから宇宙と交信できるとか……。

 ひょっとしたら、異世界へのゲートに繋がっているとか!」

「まーた、朋華ともかの妄想が始まったよ……。

 学校が爆撃されるとか、リア充な高校生は逮捕されるとか言ってたときの方がまだマシじゃん。

 百歩譲って、宇宙ならともかく異世界なんて――ぇげッ!」


 座ったまま体を捻った右ストレートが、横に立っていたおじさんの脇腹をえぐる。


「まったく……。高校生が胸に抱くロマンってものが分からないかなぁ。これだから、近頃のオジサンは、って言われるんだよ」


 今の腹パンはタイミングといい、当たる強さといい、ばっちりだったので大満足。

 ちょっと不服そうなおじさんのことは無視しておこう。


「その人は、お弁当だけ食べて帰るの?」

 いきなり探偵らしくなったおじさんが情報収集してくる。


「うーん、分からない。売店から見えるのは食べてるところだけ。でも、どこか区役所の中に用事があって来てるのかも」

「区役所に毎日来る用事なんてあるのかなぁ」


 ユウキちゃん、鋭い。

 そうなんだよねぇ。そこが不思議なの。


「どんな服装してる?」

「普通のサラリーマン、って感じ。スーツ着てネクタイしてるし。でも会社に行ってるなら、わざわざ区役所へ来て食べないよね?

 だから、みんなで怪しいって言ってるの」


 見るからに怪しそうな恰好じゃないから、余計に怪しい。

 スパイのような危険な匂いはしないけれど。


「他に何か気が付いたことはある?」

「これもお掃除のおばさんから聞いたんだけど、夕方にトイレだけ使って帰ったことがあるんだって」

「夕方? 何時ごろ?」

「区役所が閉まる前だって言ってたから、五時ごろじゃないかなぁ」


 わたしが知っているのはここまで。

 これだけじゃ、あの男の人が何者かなんて分からないけれど、みんなで推理してみるのも楽しそう。

 そう思ってたら、いきなり思わぬ方向から渋い低音の声が聞こえてきた。


「それは、やっぱりストーカーじゃないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る