🈟おじタン、ほぼムス。

流々(るる)

謎の男

第一話 土曜日の朝

 スカイツリーを背にして川沿いの道を駅へと歩く。コンクリートの古い堤防にさえぎられて川面は見えないけれど、その代わりに所どころひび割れがあって中から丸い石がのぞいていたりする。


 こんなので大丈夫なの?

 大きな地震とか起きたらヤバくない?

 でも、それで大洪水になったら学校にも行かなくて済むし、ゴムボートで助けてもらって、そこをヘリからテレビ局が撮影してニュースに映って、それをお父さんが見て……んなわけないか。


 妄想しているうちに思わず自分でも吹き出してしまった。

 マフラー越しに吐く息は白く広がっていく。

 この季節、空は澄んで気分も爽やか、朝の冷たい空気と健全な妄想は眠気覚ましにもってこいだ。


 わたしの右側へ自転車がスピードを緩めて寄ってきた。


「おはよう」


 ふり返らなくても声で分かる。

 いや、寄って来たときにはもう、おじさんだって分かっていたけれど。


「おはよう」

「お、今日はちゃんとマフラーしてるじゃないか」

「誰かさんが風邪ひくからってうるさいし」

「そりゃ心配するさ。急に寒くなって来たんだから気をつけないと」

「はいはい。これ、しばらく借りててもいい?」


 このマフラーは一昨日、おじさんの探偵事務所へ遊びに行った帰りに貸してくれた。

 午後から急に風が強くなって寒そうにしていたら、無理やり持っていけって。

 緑地に赤と黄色の細いストライプ柄で、ちょっとお洒落。


「いいよ。俺はほかのも持ってるから」

「これから仕事?」

「うん、これから事務所に。朋華ともかは土曜日で学校は休みでしょ。ひょっとしてデート?」


 ぼすぅっ!

 無言のまま右に体を開き、右拳をおじさんの左脇腹にめり込ませる。


「んなわけないでしょ! バイト始めたの」

「もぉ、いきなり腹パンは止めろよぉ」


 手で押さえて痛がるおじさんを横目で見て、勝ち誇ったようにニヤリとしてやった。

 ふっふっふっ、乙女に対してデリカシーのないことを言うから制裁を受けるのよ。

 どうせ怒る気なんてないのもバレバレだし。


「帰りに事務所へ寄っていい?」

「いいよ。じゃ、気をつけていってらっしゃい」


 再び自転車を走らせながら振り返るおじさんに手を振った。


          *


 ママと二人で引っ越してきたのが六年前、小学校四年生の四月だった。

 ここでは毎朝、集団登校をしていた。初めて学校へ向かう日、登校班の付き添いとして集合場所におじさんがいた。

 こどもたちを地域で見守るというのも下町らしい。


 おじさんは背が高く、がっしりしてあご髭も生やしているし、ちょっと怖そうな感じもするけれど目が優しい人だった。


「おはよう」とあいさつしたのか、何か言ったのか全然覚えていない。

 ただ何となく声を掛けて、学校までおしゃべりしながら行ったことだけが記憶に残っている。きっと転校初日だから緊張していたのかもしれない。

 偶然だけど、おじさんもその日が初めての付き添いだって言ってたことだけは覚えている。


 それからは毎朝の登校時におじさんと話をするのが日課になった。

 不思議とおじさんには何でも話せる気がした。

 わたしだけじゃなく他の子たちもおじさんに色々と話かける。

「へぇ、そうなんだ」「よかったね」「大変だなぁ」「え、何? 教えて」と、それをみんな聞いてくれる。

 学校であったムカついたこと、友達とやったゲーム、アニメや漫画も、ママとケンカしたことも。


 こんな言い方は変かもしれないけれど、四年生が終わる頃には特別な仲良し、という感じだった。

 おじさんは一人でウサギと一緒に暮らしている探偵さんだということも知った。

 ワケありな感じだけれど、お互いに深いところは詮索しなかったのも仲良くなれた理由かもしれない。

 ママは仕事で出張も多く、小学生のころから一人で留守番もしていた私を心配してくれて、代わりに運動会を見に来てくれたり、夏祭りやボーリングにも連れて行ってくれた。

 中学生になってからは、おじさんの探偵事務所へも遊びに行くようになったし。


 事情を知らない人たちからは親子だと間違われることも多い。

 というか、普通に考えればチョー仲良しな親子にしか見えない気がする。

 始めのうちは二人で否定しながら説明していたけれど、いつしかそれも面倒になってそのままやり過ごすようになった。


 そんなこんなで今では高校一年生になったわたしと、相変わらず仲良くしてくれている。

 ちょっと繊細さに欠ける発言が多いけれどね。


 そういえばバイト先での不思議な話。

 おじさんに相談してみようかな。

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