第32話 迫る限界


「ふっ」

「ナイスボール」


 北斎の朝練習、沢村の練習に付き合った後の肩慣らしを兼ねた投球練習をしていたのだが、この前のプロ連中との対戦、その前から少し自分の球に違和感があったため女房役の鬼道に確認をしてもらっていた。


「世事はいい、どれくらい出てた」

「初速145の10キロ減ってくらいだな、いつも以上の球の伸びも無ければ迫力も無い」

「気持ちわりぃな、変化球投げてるみてぇだ。球のノビが悪いって事は手首の使い方が下手になったのか?」


 思い当たる点は1つだけある、といっても1か月以上前の話で尚且つその後なんの問題もなかった点を考えると、関係は無いようにも思えるが。


「球威も落ちてるしな、ここ最近投げてないのが原因だったりしないのか?」

「そんなわけないでしょ、去年の夏から春にかけてほとんど投げてなかったのに実践では一切問題なかったし」

「じゃあ手首でもケガしたか?」

「可能性はあるかもね」


 ※


「もうほとんど自然治癒してるが、ヒビが入ってるな手首と手の骨に」

「ハハハハハ、ニコルさんも冗談が上手くなりましたね、日本語が達者になったみたいで」

「冗談だと思うならここにあるトンカチで叩いてやろうか?」

「それヒビ入ってる入ってないにかかわらず痛いやつでしょ」


 ある程度何を言われるか予想していたため驚きもしなかったが、骨にヒビが入っていても違和感を感じる程度で、痛みを感じていない自分が少し怖くなってきた。


「全治は?」

「ケガをした時に正しい処置をしていれば1か月程度で済んだかもしれないが、気が付かずにかなり酷使したみたいだからね、正直しばらくの間は投げるどころかボールを握るのも禁止したいレベルだな」

「面目ないっす」

「私は構わないよ、それが仕事だからね」

「そりゃ、そうでしょうけど。今日は痛み止めとかは要らないんで、状態見ていただいてありがとうございました」

「痛み止めは要らないのか? この普通ならかなりの痛みだと思うんだが、もしかして他に痛み止めでも飲んでいるのかい?」

「いや、ケガした原因の方はわかってるんですけど、痛めた時から痛みらしい痛みがほとんど無くて」

「ケガしたのは大体どれくらい前の話だい?」

「1か月くらい前ですね、守備練習して無理な体勢で捕っちゃったので」

「痛めたのが1か月前で、一度も痛みがない? 辻本くんもう少し詳しい検査をしようか、見えないところでまた別の所が故障しているかもしれないし」

「まぁ、別にいいですけど時間もあるし」

「君の将来に関わるかもしれないしね」


 いつになく真面目で真剣な眼差しを向けられ、ニコルさんの言うがままに様々な検査を受ける、ニコルさんが真面目なのはいつもの事だけど(医者だし)手首を痛めた程度でそこまで気にする必要があるのだろうか。

 思ってみれば今の今まで腕とか脚の骨を折ったことはあるが、手首とか指とか爪とかの細い部分をケガしたのは初めてかもしれない。


 1時間以上の検査を受け軽く仮眠を取りながら検査結果を待っていると、ニコルさんが大量に書類を抱えながら戻ってきた。


「これがレントゲン、だがこれを見て違和感はないか?」

「ない! というか専門家でも医者でもないんですけど」

「散々検査した後だから正確だと思うが、それらしい問題は見つからなかった」

「ということは気にしなくていいってことっすかね」

「そういう事になるな、船瀬にも聞いたが検査で問題なくかつ痛みも無いというのであれば問題ないという結論に至った。定期的に検査に来ることが条件だがな」

「他の病院でも言われたなそれ」


 というかなぜ医者でもない船瀬さんに聞くのだろうか。


「君は他の事にかまけて自分の事を疎かにするからね、船瀬もそうだが熱中してる時は特にな。それが結果的に選手生命を縮めることになるのなら私自身は医者として、それを止めなくてはいけないからな」

「もう少しだけ、あと1年持てばいいんすよ、そもそもが長くないのは百も承知ですし」

「そういう意味じゃない!!」

「怒鳴らんでもわかってますって、その為に今日はここまで来たんですから」

「と、とにかく私が許可できるのは全力投球は1日左で30球、右なら5球までってことだ、それ以上は全身を使う君のフォームでは許可できない。医者としてな」


 身体がボロボロなのはわかってる、何の才も無かった俺がここまで上り詰めるために犠牲にしたのはそういうものだ、異常な程の努力を重ねて身体を壊してを繰り返して、今この場に立っているのだから。


 ※


「外崎! 後半歩早く動き出せ! それじゃ追いつかねぇぞ!」

「はい!!」

「次! ショート!!」


「いつも以上に気合入ってるね~監督」

「あれくらいの方が見てるこっちも守備してる子達にもいいんじゃないかしら」

「この前の試合に勝っちゃったせいで監督1人で全部やらないといけなくなっちゃったもんねぇ、あの感じが夏の大会まで持ってくれるといいけど。あ、でも夏の大会は監督の指示なしでやらないといけないのか」

「そこは私たちが気にするよりキャプテンに動いてもらわないといけないわね」

「そっちも早いとこ復帰してくれればいいけど」


「永川!! もう少し早く動け!! お前もそれじゃ後ろに抜けちまうぞ!」

「はっ、はい!」


 菜月が居ない間のショートの枠には打球反応とその他諸々を考え2年の永川を選出したが、いままではサードとセカンドの守備をメインで練習していたせいか、まだまだ動きが硬く見える。


「もう1球!」

「はい!」


 打とうとした矢先、ぽつぽつと手に水のしずくが当たった。


「あ、降ってきちゃったか。避難避難~」

「室内練習決定ね、早いとこ梅雨が明けてくれないかしら」

「まぁまぁ、梅雨のうちに基礎体力をつけて、明けたら最後の追い込みだから、頑張りましょ」

「全員一旦屋根下に行けー、様子見てこの後のメニュー決めるから」

「「はーい」」


 ※


「降りやまないねぇ」

「そりゃそうだ、よく持った方だと思う。練習前から降っててくれればもともと屋内練習にしてたんだけどな」

「雨の中でも練習! とか熱い奴はやらないの?」

「お前らに体調崩されたら計画が狂うんでな、体調管理には気を付けてくれよ」

「屋内練習か~私筋トレ確定じゃん」

「いや今日はほとんどバッティング練習の方にあてる、近くのバッセンで許可貰ったからそこで少しな、それでも数人は残ってもらうことになっちまうが」

「あの、私は投球練習をしててもいいでしょうか」

「あぁ、真中ちゃんと縁屋ちゃんの2人は元々残ってもらうつもりだったしな。ただ、練習量だけは気を付けてくれオーバートレーニングになっちまったら元も子もないしな、それと縁屋ちゃんは余裕があればビデオ回しといてもらえるか? 3台貸すからよ」

「フォームチェック用ね、わかった」

「後は御影姉妹と坂本、西村の恵子の方本庄の5人は俺のメニューを屋内練習でやってもらう、結構ハードめに作ってあるから他の奴にやらせる前に感想も頼む。ほかに屋内練習したい奴いるか?」

「私はメニュー次第かな」

「経験者組はこのメニューを見て決めていいぞ、縁屋ちゃんは真中ちゃんのメニューを考えてあげてくれ、決まらなかったら俺に相談してくれ、怪我だけはしないようにな」

「それはもちろん、真中さんは重要な戦力だから」


 雨が降ってからの事はある程度考えてはいたものの、守備関連の事で頭がいっぱいになっていたせいで若干頭から抜けていた。

 今のうちのチームに足りないものと言えば全部だし、全員に打撃力、守備力、基礎力の全ての平均値を短期間で上げなくちゃならんし、そのためのノウハウは俺の中に腐るほどあるわけで教え込む時間だけあれば問題はないんだが。

 本当に基礎の基礎に当たる部分は経験者から教えてもらえばいいような気もするが、それで経験者組の経験値がおろそかになっても意味が無いし。


「若干詰みかけてんだよなぁ現状」


 練習試合で自力で勝ててないという現実が重すぎる、せめて自力で1勝でもしててくれればいいんだが、梅雨明けに総仕上げの練習試合を俺抜きでやってもらうしかないな。


「いや、というか経験者組は屋内練習に変更するか、まだ俺が呼んでない中から1人ずつ選んで、名前の挙がらなかった8人は打撃練習の方にするか」

「そんな適当な」

「下手に無駄な時間を作るのもな」


 屋内練習が11人、今日は茶道部の二人が来てなくて菜月は入院中だから3人の欠員で、時々合計何人居るのかわかんなくなるときあるけど、チハ高野球部の総勢は22なので残りは8人で合ってるよな、算数が出来てないのレベルになっちまうけど不安すぎる。


「結局私は筋トレじゃーん!」

「菅野さんみたいに投打両刀でやらされたいなら話は別だがな」

「うっ、それは断らせていただきます」

「今日は握力関係のトレーニングしとけ、今度新しい変化球教えるから」


 ※


 高校から歩いて10分程の所にあるバッティングセンター、普段から客足の少ない場所なのだが、雨が本降りになるにつれて店内には雨音だけが響いていた。


「ここのバッティングセンター学校から近いですけど来た事なかったです」

「ま、バッセン自体金がかかるしな、練習設備で3.4台くらいバッティングマシンを買っちまえば楽なんだが、今はバッセンと俺が投げるのでなんとかするしかないからな、投手陣に投げさせて無駄に自信喪失させるわけにもいかないし」


 俺が投げるのも天候が悪くなれば俺はともかく女の子たちにやらせるわけにはいかないし、梅雨時期だけの痛い出費だと思うしかないだろうな。

 室内練習場は流石に東京まで行かないと借りれないしなぁ。


「店主~、少しの間だけ貸し切りにさせてもらってもいいですか?」

「今日はこの雨で客も来ないだろうし別にいいよ、他にお客さんが来たら譲ってあげてくれれば」

「助かります」


 暇そうに店内をうろついていた店主にも承諾を取り、菅野さんを引き連れ2番目に球速設定の高いピッチングマシンへと向かう。


「菅野さんはここの台ね、今日はメインで見てくから」

「それはいいんだけど、その喋り方はどうにかならないわけ? あなたにさん付けでよばれるのは違和感しかないのだけど」

「さーせん、なんか変な癖ついちゃったんで気にしないでください、あははは」

「気持ち悪っ」

「純粋な悪口やめて!?」


 自分の選手生命の短さを痛感してからというもの、早く彼女たちを育てなくては俺のピークが先に来てしまうかもしれないし、野球人生が終わってしまう前に優しく正しく導いてあげるのが、大切だと思った。思っただけだけど。


「とりあえず140から始めましょうか、10球中7球くらいヒット性の当たりがでるようになったら1個あげましょう」

「打ち始める前に何かアドバイスとかは無いの?」

「えーっと、菅野さんは容姿と一緒でバッティングフォームは綺麗なんで力まずスムーズにボールをよく見れば当たりはすると思いますよ、あとはタイミングとスイングスピード次第なんで、野球の基本は心と型です」

「まったく、最後の一言は完全に適当に言ってるわね」


 あれ、てっきり容姿を褒めた時点でもう1回くらい気持ち悪いとか言われると思ったんだが、特に言い返さずにゲージの中に入っていったな。


(そんなこと言われたら、嫌でも余計な力が入りそうになるじゃない)

「?なんか言いました?」

「なにも」


「監督~私たちはどうすればいいの?」

「お前らは全員ボールを打つ練習だ、変化球の混ざる台でじっくりとな、メダルを1人10枚ずつ渡しとくから無くなったら言ってくれ一応細かく見て、細かいフォームの調整とかは大会前にやってもらうが、今日はとりあえず悪いところだけ癖になる前に感覚だけでも治して貰うからな」

「「は~い」」

「10球全部ヒット性の当たりか、ホームラン1本でたら室内練習の連中には内緒でアイスでも買ってやるから、やる気だせよ~」

「そんなのにつられる程子供じゃないけど、監督お手本見せてくれたりしないんですか?」

「別にいいけど川野ちゃんの自身が木端微塵になっても俺は責任取れんぜ? やる気失っちまうかもしれねーし」

「なんですかその自信」


「まぁ別にやってもいいけど、見たい奴はこっち来ていいぞ、1回だけな。店主! ここで1番速度出るのってどのマシンだ?」

「1番奥にある仙台ゴールデンファルコンズの則川選手の再現マシンかな、150キロ前後のストレートとスライダー、カットにスローカーブと決め球のSFFの5球種で、それを入れたらお客さんが来ると思ったんだが、誰も使わなくてねぇ」

「そんな店の事情までは聞いてねーよ。つかあの則川のか丁度いいやカモみたいな投手だし」


 追加で見に来たのは3人他の連中はゲージに入ってもう打ち始めていた。


「しかも映像出してくれるタイプの奴か、助かるぅアームもろ見えの奴よりは打ちづらくなるし」


 再現と言っても本人の癖などが反映されているわけでもなく、球自体にも速度以外の勢いはない、まぁ本物の方が打ちやすい可能性も無くは無いんだが。


「さてさて、格の違いを見せつけるために打ちますか」


 メダルを入れ液晶に則川選手の映像が映しだされモーションが始まる。

 投じられたボールを軽々とバットで捉え、跳ね返ったボールはネットに突き刺さった。


「ほれ、何の参考にもならんだろ。ボールをよく見て力まず棒に当てるだけなんだから」

「本当になんの参考にもならないとは思わなかったです」

「そもそも俺の打撃センスは多少先天性のもんもあるから、動体視力良くしろとか山勘張って適当に打てとしかアドバイスは出来ん、だーから成多さんに色々指導してほしかったんだしな、あの人も感覚で打ってるとこ多いけど」


 話しながら球が出てこなくなるまで打ち続け、2球ほどホームラン板に当てた所で終わり、ゲージの外で口を開けたままぽかーんとしている4人の頭をぽんぽんと撫でる。


「ま、いまお前ら全員に求めることはどんな球でもバットに当てること、バントとか右打ちとか、基礎的なことを出来るようになることだ。どんな選手だって大体最高4割の最低2割程度打てれば戦力になるんだし、実戦じゃ100球に1球ヒットに出来ればそれでいい、精度と技術力を上げるのはそれからだ」

「でも、打てなかったら試合に出れないんですよね」

「世の中にはドラフト下位指名でプロ入ってメジャーでシーズン安打記録塗り替える化け物だっているんだから大丈夫だよ、俺はそういう人間を2人知ってる。悪いところは治して、良いところは伸ばせばいい何も前に飛ばすだけが野球じゃないからな」

「監督は自分の長所短所ってわかってるの?」

「良いところは知らん、悪いところは異常に怪我しやすいってことくらいだろうな」


 それから1時間ちょっと経過して、菅野さんに色々教えていると、バッティングセンターの入り口が開き、見覚えのある女性が中へ入って来た。


「ほんで、インコースを打つときはコンパクトに腕をたたんで、体を開きすぎないようにやると上手い事弾き返せるんで」

「なるほどね、あなたのやるインコース打ちはマネしないほうがいいのかしら」

「まぁ基本的には、俺の打ち方って要はボックスから出ない程度に足の位置を変えて身体を傾けて無理やり打ってるんで、絶対にホームランにするって場面では俺もしませんから」


「すみませんそこのゲージ使っていないなら入らせてもらってもいいですか?」

「あぁ、こっちこそすみません、すぐ退きますねってあれ、君は川北の」

「あ、その節はどうも。辻本さんでしたよね」

「覚えててくれるとは光栄だな、てっきり一回倒した相手は覚えてないようなタイプかと思ってたぜ」

「1回のまぐれ勝ちに慢心するほど落ちぶれてはいませんから、いつかまた戦える日を楽しみにしています」

「いい向上心おをお持ちで、まぁ俺は東京の高校だから戦うことになったら地区大会か甲子園でになっちまうだろうけど」


「随分と親しいのね」

「いや全然、少し前に練習試合を申し込もうと思って足を運んだ時にたまたま勝負することになって、結果的に俺の惨敗で終わったって感じ」

「あなたでも負けることがあるのね。今度練習試合をするとしたら彼女の高校と戦うことになるってことよね?」

「いや、実戦で当たればそっちの方が面白そうだなって思って結局断っちゃいました」

「なるほど」


 だってしょうがないじゃん実戦で戦って経験値にする方が都合よさそうだったんだもん。

 もっとも本当に試合で当たるかはわからんし、うちが勝ち進めるかもわからないからな、本当に実戦経験になるかはまったくもってわからん。

 ま、なるようになるだろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワールドスター 箱丸祐介 @Naki-679985

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ