第30話 それぞれの課題


「調子はどうだ」

「あ、祐介来てくれたんだ」


練習試合の終了後成多さんに送って貰い、俺と一ノ宮そして真中の3人は菜月の運び込まれた病院へと足を運んでいた。


「その怪我じゃ荷物持つのも一苦労だと思ってな」

「確かに、でもゆいっちも来てくれるらしいから大丈夫だよ」

「東京に1回帰らないといけないんでなそのついでだ。怪我の方はなんだって?」

「全治1か月半くらいだって、完治するまでは運動禁止だってさ」


予想よりはマシ、と強がりを言っておきたいところだが。正直大会までの残り期間を考えると主戦力の1人が抜けるのは大きな痛手だ、菜月自身が夏の大会に参加する可能性はほとんどゼロに近い。


「悪かったな俺が注意してなかったせいだ、埼玉に知り合いのスポーツ病院があるからそこに週1程度で通ってくれ、それまで部の方は俺が見ておく。経過を見て復帰のタイミングは考えておく」

「うん、わかった」


「菜月さんお怪我の方は大丈夫そうでよかったですね。私野球は怪我の多いスポーツだっていうのは知ってるんですけど、実際に目の前で起きて心配で」

「平気だよ由美ちゃん、避けられなかった私が悪いんだから」


2人がにぎやかに話す中、一ノ宮は何も言わずこちらを見ていた。



「悪い! 待たせちまったな」

「いや、そんなには待たなかったぞ。こっちこそ悪いな練習試合があったんだろ?」

「北斎のじゃないけどな」

「じゃ、お前はそんなに動いて無いんだな、尚更都合がいい」

「わざわざ東京に来てまで俺に教わりたいことってなによ」

「ここじゃなんだ、近くに運動できる場所があるからそこへ行こう」

「あいよ」


待ち合わせの相手は去年夏の甲子園決勝で当たった熱戦を演じた唯一無二の男。

現東京ロイヤルスターズ、20という年齢で球界のエースと呼ばれる天才怪物の登坂一成の弟、登坂哲人だった。


「そういや神奈川の高校に転校したんだっけ」

「あぁ、野球部もないくたびれた高校だ」

「いくら効き肩やられたからって内野手くらいならできるだろうに。野球、辞める必要なかったんじゃない?」

「誰が辞めたなんていった? 俺は辞めねぇよ。やりたくても出来なくなっちまったあいつの分まで、俺は死んでも野球を続ける。だからお前を呼んだんだ、スイッチピッチャーのお前をな」

「ちょいちょい、冗談キツイよ。利き手じゃないほうで投げるのってスゲー大変なんだからね!」

「昔、ふざけて右で投げてたことがある、それに怪我が治ってからの半年、俺も遊んでたわけじゃないしな」

「それなら俺に何を求めてるかによるな、ある程度のこつなら教えれると思うけど、ただ俺の場合は右から左でてっつんとは勝手が違うかもしれないんだよねぇ」


それに俺の左は基本的には右とは変わらず投げているように素人目には見えるだろうが、プロがみたら多少はぎこちなく見えるはずのフォームだし。


「それで、コツってのは?」

「一番簡単なのは俺流だけどセットか、二段モーションで投げること。セットポジションは足を上げてからボールに力を伝えて放り投げるところまで練習すればいいからそれなりにはできると思う。二段モーションに関しては、自分に合った投げ方さえわかってればゆっくりでも一連の動作を練習すればいいだけだから。

両方とも時間はかかるけど確実に球速も制球力も着くやり方、ただ両方とも利点と欠点があってセットポジションの方はクイックが早くなるっていう利点があるけど体重移動に掛ける時間が短くなるから球威が軽くなりやすい。これに関しては手首のスナップを強化すれば改善される。

二段モーションの方は負荷もかかりにくいし自分のベストピッチングがしやすくはなるけど、それはあくまでもランナーがいない状態での話だから、普通の投げ方も練習しないといけなくなって圧倒的に時間がかかるしムラも出やすい」

「課題は多そうだな。ついたぞここだ」


長々と話をしている間に哲人くんが使う予定だった室内練習場があるビルへと着いた。


「お前はどっちでもないようだし、右でも左でもオーバー、クォーター、サイド、アンダーで投げれるが、それはどういう理屈だ?」

「それ最近知り合いにちょろっと話したことがあるけど、ゲームとか実際のプロ選手の映像とか見まくって鏡越しに練習しまくった結果だから。他人には絶対おすすめしないよ」

「それこそ時間が掛かりそうだな」

「これだって漫画から着想を得たやり方だし、並大抵の練習じゃあとてもね」

「来年の夏に間に合う方法はあるか?」

「最短で秋に間に合わせる方法くらいなら?」

「教えてくれ、頼む」

「わかってる、てっつんには甲子園でいい戦いをさせてもらったっていう借りもあるからね」

「そうか、助かる」


「ところでそのてっつんってのはお前の中で定着した呼び方なのか?」

「え、ダメ?」



「よーし、今日は打撃練習メインでやるぞー!」


練習試合から1日休養日を設け迎えた火曜日、昨日1日は試合慣れしていない面々の疲労回復に当てたはずなのだが、話を聞いたところ全員が自己判断で自主トレをしていたらしい、今日から今までとは比べ物にならない本格的な練習をしようとしていたのに余裕を見せてくれるなんて頼もしい限りだ。


「まずは日曜の練習試合の背番号順に3番目まで準備をしてくれ、キャッチャーは縁屋ちゃんでもいいけど、ネット使うか」

「私にやらせてくれませんか監督、キャッチングの練習をしたいんです。真中さん以外の人の球で」

「そうか、プロテクターちゃんと着けて怪我に気を付けてな」

「はい!」

「1人20球から30球で程度で終わった奴は守備交代してやってくれ」

「「はい」」


第三者の力を借りたものの、試合に勝てたというかそこそこ俺らの乱入が無かったにしてもいい試合ができていたことが部員たちにとって自信になったのか、全員が生き生きとしていて、昨日自主トレに励んでいた理由もよく分かる。


「じゃあまず本田からだな。5つほどコースを用意をしてるんだがどれがいい?」

「先に内容の方を教えてくださいよ」

「お、そうだな。まず1つ目140くらいの直球のみのコース。2つ目は1つ目にプラスで変化球。3つ目球速を挙げての直球のみ。4つ目がそれプラス変化球。5つ目が俺が今日のコンディションで最高の投球を見せつけるってだけだな」


「コースに関しては基本的に打ちやすいところに縁屋ちゃんが構えてそこに投げるだけ」

「わかりました、そしたら2でお願いします」

「あいよ」


1週間もしないうちにくるであろう梅雨に備え、実践練習は今のうちにやっておきたい、打撃も守備を生きている球じゃなければ上達しないのは誰もが分かっていることだし。


「あれ、監督右投げでしたよね?」

「別にどっちでも投げれるよ」

「左右で速さが変わったり?」

「いや、変化球を混ぜて投げるなら打つ方と逆の方が見やすいだろうからってだけだ」


好調に投げ始め、とりあえずは1人30球で投げ全員に軽くのバッティングのアドバイスをしながら茶道部で休みの2人と菜月を除き19人、計570球を投げてその日のバッティング練習は終わった。


1つの驚きは強気でコースの5番を選んだ一ノ宮が投げる前に球種を伝えているとはいえ何本もヒット性の当たりを出していたことだった。


俺のコンディションはと言うと、左右に分けて投げていたとはいえ疲労感は全くなく、少し前に痛めたはずの右手首も特に問題なく機能していた。


「流石に1人バッティングセンターは疲れるな、全然元気だけど」

「お疲れ様と言いたいところだけど、まだ練習の時間はたくさん残ってるわよ」

「まぁ、野手陣はノックやってるし後は時間いっぱいまで3人の練習に付き合えますから大丈夫ですよ」


野手陣の方は一ノ宮にノッカーを任せ、菜月の代わりのショートには一番フィールディングを評価している外崎を置いてのシートノックをさせていた。


「今日は美奈子と真中ちゃんを中心に菅野先輩に関しては少し握力強化ようのメニューを組んで来てるのでそれをやってください」

「わかったわ」

「フォームとか投げ方とかに関しては俺のいい所をたくさん見れたと思うのでそれを思い返してやってみてください」

「悪い物から無い物を吸収しろってのは無理な話じゃないかしら」

「それは言わないお約束で」


今日は色々なフォームで左右にばらけて投げていたのもあり、手痛いところを多少突かれた気はするが、それでも参考になるとこくらいはあったと思うあったよね??。


「まずは美奈子の方から、カーブに関してこの前の試合中露骨に投げずらそうに、その上投げたくなさそうにしてた件について聞こうか?」

「えーっと、練習試合の時はカーブの切れが悪くてさ! 投げずらかったんだよ! それだけ!!」

「って言ってるけど、実ちゃんの見解は?」

「うーん確かに切れ自体はそんなに良くなったけどボールゾーンに構えたやつまで横に首振るから、余程コントロールに自信が無いのかなって」

「結果的には3回1失点だったからいい物のって話か」

「うん、そんな感じ」


珍しく明後日の方向を向き目を合わせようとしない美奈子に何か別の理由があるのだろうとは思ったが、あえてここは深掘りしないでおこう。


「美奈子3球でいいからカーブ投げてみろ」

「う、うん」


美奈子がいつもの調子で3球実ちゃんの方へ向け放ったのを見てもそんなに違和感のあるようには見えなかった。だが、少なくとも俺が教えた当初の美奈子のカーブにはもう少しキレと変化量があったように見える。


「美奈子、握り見せてみ」

「はい」


握り自体は教えたままの握り、中指と人差し指を揃え縫い目の1本を覆う基本的な握り。このまま抜くように投げればそれでいいはずなのだが。


「お前、握力入れすぎ」

「え?」

「お前に教えたのは普通のカーブじゃなくてスローカーブだったんだよ、あれなら素人でもそれなりに曲がるし、緩急が付けやすくなる。んでもってそれを効果的に使うにはあんまり握力を入れないで投げるんだって言ったような気がするんだがな」

「でも、そうするとコントロールが全然つかないから」

「それでいいんだよ。カーブはあくまでも見せ球、適当に投げて相手がタイミングを崩せば御の字だし、ストライクゾーンに入ってそのまま空振りなり見逃しのストライクなりを取れればそれで十分なんだ、俺はお前らに百点満点の仕事を白なんて言った覚えはないし、なまじ変にコントロールを着けられて狙い打ちされる方がタチが悪い」

「百点満点は求めてない・・・」

「ただ、今回だけは都合がいい。今の中途半端な投げ方でコントロールよく投げれるならあとはキレだけ取り戻せばいい」

「どうすればいいの?」


「まずは正しい投げ方と、フォームを細かく調整していく。実ちゃんボール頂戴」

「はいはい」


ボールを受け取りそのまま実ちゃんに向かって真正面に立つ。


「まずは肘をテイクバックでコンパクトにたたんで、肘を支点にしながら腕を伸ばして、人差し指の横から、抜くように投げる!」


しゃべりながら投げた1球は軽く投げたとはいえ大きく曲がり、実ちゃんの構えるミットへと吸い込まれた。


「な? ちゃんと投げれば曲がるだろ?」

「全然参考にならないよ!」

「えぇ」


かなりわかりやすくかみ砕いてやったと思うんだけど。


「ま、あとはやりながら修正していこう。自分のペースで少しずつだ実ちゃんならいくらでも付き合わせていいからな」

「わかった」

「私も他の練習したいよぉ!?」


といっている当の本人は4番コースで九割がたヒットの五本近くをホームランにしていたので、特に打撃面での課題は思いつかなった。流石プロの妹だよ。(※実ちゃんのお兄さんは大阪レッドバルカンズのルーキー正捕手、一成と同期)


「うし、次は真中ちゃん」

「はい!」

「練習試合の反省点は大量にあるだろうけど、まだまだ大器晩成型の真中ちゃんは伸びるから無理に受け止めなくて大丈夫だからね」


正直あそこまで打ち込まれたのは意外だったが左投げの速球型、その上伸びしろだけは1番、自然にフォームも整いつつあってわざわざ俺が矯正するほどの汚点もない分かなり好印象と言わざるを得ない。


「俺が左利きの素人で教えやすそうだと思ったから投手に選んだってだけで経験がない以上は下手に色々考えて精神面削るよりは、自分自身でもある程度の課題を毎試合持ってそれを達成できる程度に頑張ればいいと思う」

「でも、この前の練習試合は私1人で試合を壊しちゃいましたし」

「そういう考えがまず良くないね、失点して当然だとふんぞり返るくらいメンタルでいなきゃ、第一野球はベンチ入りメンバー含めて全員でやるものだ。誰か1人のせいで試合に負けるとか、誰か1人の力だけで勝てるなんて思う方が間違ってるんだ」


と、ほぼワンマンチームのエースが申しております。


「それに結果的には勝ったんだから結果オーライでしょ」

「でも、それは監督が手伝ってくれたからじゃないですか。私は、1回も打席に立ってませんし」

「気にすることないよ、今日までほとんど俺の指導無しで変化球も菜月から教えられたカーブだけだし、いくら縁屋ちゃんと菜月に知識があるって言っても実際に指導されるのと、仲間内で教えあうのじゃ多少の違いは出るものだし。ほぼ独学でここまでやってくれたのは尊敬する、試合に関しては序盤俺がベンチから指示してた時は抑えれてたんだから実ちゃんのリードの問題でもある。

技術面で言うなら真中ちゃんは制球力と球速、それに多少の球威の付け方を教えれば誰が相手でも抑えられるって俺は確信してる」


実際問題、カーブとストレートのみで1イニングは問題なく抑えられていたわけだから問題はどちらかというとリードの方であって。打席で直接見ても居ない選手に打たれる程生半可な投げ方を教えた覚えもない。


もう1球種と下半身の重点強化フォーム調整での球威球速の向上に重点を置けば、夏までには軽く打ち取れるようになるはず。


「真中ちゃんのフォームはどっちかっていうとオーバースローじゃなくてスリークォーターだから方への負荷はそんなにかからないと思うけど。変化球はものによって負荷がかかる場所が変わるから、俺が教えやすくてケアしやすい変化球がいいんだよね」

「じゃあ、菜月さんに教えてもらったカーブはあんまり投げないほうがいいでしょうか?」

「別に大丈夫じゃないかなぁ、試合で見たけど変な曲がり方とかもしてないから普通のカーブだと思うし怪我することは無いと思うけど、危なそうだったら教える変化球との折り合いを考えて変化を変える投げ方にすればいいし」

「変化を変える???」


頭の上にはてなマークが可視化できそうな程に不思議そうな顔を真中ちゃんが浮かべているが、これに関しては聞いて理解するのは難しいような気もする。


「同じような変化方向のボールでも握り方1つ投げ方1つでいくらでも変化を変えられるから~って話なんだけど」

「聞いてもわからないです」

「だよね」


手先だけが器用なのを昔から売りにしてた俺はどんな変化球でも多少練習すれば使い物になるレベルで投げれるが、それを真似してみろとも言えないし。

変化球ってのは正直教える方にも教わる方にもセンスがいるものだから、多少変化するって程度で覚えて貰うのが1番だと思う。

それに変化球って割と適当でどんな変化してても投げる人間の言ったもん勝ち、見たなことを里崎さんが言ってた気がするから、本来はそのレベルでいいんだろうなと。


「今日はとりあえずフォークかチェンジアップを教えておこうかな、どっちも配球の幅が広がるだろうし、真中ちゃんは少しだけ下半身を鍛えれば球速はあがるだろうから、直球を生かせるような変化球がいいと思うしな。

チェンジアップは緩急をつけるのに使えるし、フォークは速度を上げればストレートだと思って振ってくれた所を空振りに取れるから」


再びはてなマークを浮かべ始め真中ちゃんをよそに近場に落ちていたボール持ちフォークの握りにして見せる。


「これが基本的なフォークの握り、投げ方は後で教えるとして真中ちゃんって握力どれくらいある?」

「握力ですか? 体力テストの時は46くらいだったと思いますけど。何か関係があるんですか?」

「俺も詳しくはわからないんだけど、フォークを投げるには握力が大事みたいなこと聞いたことがあってな、俺は元々投げれたから気にしたことないんだよねぇ」

「そうなんですね」

「本当は極めてる人に聞くのがいいんだろうけど生憎と知り合いに投手経験のある人っていないんだよねぇ」


基本的なフォークは人差し指と中指で縫い目を外して握り、ボールに回転を掛けないように投げるってのが基本中の基本だが、握力が必要な理由は俺自身わかって無く、理屈的な話を聞いたことはあるが投げるたびに握力を消耗するからだとかなんとか。


だとすればもう少し握力を消耗しないような投げ方をするなり、握力のない人や手の小さい人向けの親指と人差し指で握るような縦カーブ式の疑似フォークもあるわけだし、最初から投げれた奴にはなんもわかんねーってのが本音になるな。


「幸いなことに真中ちゃんは別のスポーツをやってたのもあってか手は大きいから、コツさえつかめば簡単に投げれるようになるとは思うんだよねぇ」

「そ、そうですか?」

「ん? どうかした?」

「いえ、私手が大きいのが少しコンプレックスだったので、こんな所で役に立つなんてと思って」


あ、女の子に対して手が大きいは地雷だったか、まずいなぁ俺生まれてきたときにデリカシーって物をお袋の腹の中に忘れてきちゃったからなぁ。


「悪い、気にしてるとは思わなくて無神経なこと言っちまったな」

「そういう意味じゃないですよ!? ただ皆さんの役に立つかもってことがうれしいんです」

「あ、そういうことか」


俺が小さいことからケガばかりして得た経験は今女子野球部の全員が怪我をしないよう生かすことで、無駄じゃなかったと思えるだろう。身体的にケアしたり面倒を見たりは出来ても、デリカシーのデの字も無い俺では精神的なケアは無理だろうから、その辺は菜月を筆頭に自分たちで周りをケアするようにして貰うしかないだろう。

良いように思ってるだけなのは間違いないのだが、周りの人間に支えて貰うのは野球っていうチームスポーツ上必要だし、日常生活でもそういう気持ちを忘れないのは大事になってくるだろ、多分。


「そういえば、私達っていつまで少ないイニング数で投げていくんでしょうか?」

「んー、まだぜんっぜん考えてないけど大丈夫だよ、短いイニングを確実に抑えれるようになれば自然と任せられるイニング数も増えるだろうし。それに今は精神的にも身体的にも技術的にも状態を見てどういう所が弱くて、どういう所が強いのかそれを見極めてる状態だから。


菅野さんは普通に5イニングくらいなら大丈夫だろうけど、一回打たれたらよく燃えるし、打つ方からしても一巡する前に投手を変えられるって打ちずらいからねぇ。

やっぱり今は確実に短いイニングをしっかり抑えれる様になるのが先なんじゃないかな」


と言っても投手を任せてる各々の個性はだいぶわかってきたが。

精神面で若干の難があるものの安定した投球をしてくれるスターター候補の菅野、能力面、身体面で若干以上に難のある美奈子。

そして全てにおいて荒削りというか、育成難易度の高さを見せてくれる真中ちゃん。

今年公式戦で1勝すれば一か月くらいの猶予が出来るが、甲子園出場までのメンツが厳しくなる秋にその可能性をお求めるのはかなり酷だろう。

つまり夏までに、甲子園までの道筋を作らないといけなくなるわけだが。


あーもう、無茶苦茶な上に不可能に近いぞこんなもん。


「俺も1つ聞きたかったんだが、投げてて不安になることとかもう投げたくないとかってなったりはしてない?」

「えーっと、難しいですね。確かに最初は戸惑いましたし過度に期待されてるんじゃないかって思うときもありますけど、本当に最初だけで、菜月さんや花音さんが優しく教えてくれますし。監督が本気で教えてくれてることを身に着けるだけです、それにさっき監督が行ってくれたじゃないですか、百点満点は求めてないって」

「そりゃまぁな、俺自身を百点にしちまったら練習量と経験に差もありすぎて不可能だし。無駄に気負いすぎて無きゃそれでいい、緊張ってのはプレーに支障が出るからな」

「はい、気を付けます」



一通りチェンジアップとフォークの投げ方を教えた後、縁屋ちゃんと真中ちゃんを組ませて投げ込みで練習させ始め、やっと手の空いた俺は1人走り込みをしていた菅野さんの元へ。


「どうですか、調子は」

「別に何も変わらないわよ、ただ走りながらハンドクリップやってるだけなのに調子の良し悪しなんて出ないんじゃないかしら」

「ごもっともで、少し休憩ついでに話しませんか?」

「そうね、長時間放置されたことに関しての不満もあるし」

「そっちの方はお手柔らかにお願いします」


それなりに他2人に時間を使ってしまっていたため自己判断で走り込みをしていてくれたのはうれしいのだが。


「はい、普通に水分補給してくださいね、これから暑くなりますし」

「わかってるけど、今日はいつも以上に腰が低いわね、気持ち悪いわよ」

「そんなことないですよ、いつも通りです」

「そうかしら?」

「いや、すみません。いざ話しようと思ったらどう話していいかわからなくて」


「本当に野球以外の事は不器用ね、甲子園2連覇校のエースのくせに情けない」

「!? いつから気が付いてました?」

「皆あなたの前では口にしなけど、最初の頃から経験者組の中で噂にはなってたみたいよ、それで菜月さんも嘘、というか隠し事は下手でしょう? 徐々に確信に近づいて行って、この前の練習試合で確定になったらしいわ。

菜月さんのお姉さんが北斎の選手だっていうのは有名な話だから、その知り合いが監督なら繋がりもし易いんじゃない?」

「あーなるほど? じゃあ確かにばれますね。その辺詳しくて感がいいのは縁屋ちゃんぐらいかと思ってました」

「ちなみに1番最初に気が付いたのは新井さんらしいわよ、というか彼女はそもそもあなたがその下手な変装してない時の姿を見てるらしいし」

「そういや、2年生組はほとんど俺が引き入れてるから顔知ってる人も多いんでしたね」

「一ノ宮さんはフォームを見て確信したって、人として好感は持てるけど嘘と隠し事が下手なのよ、気が高ぶってる時は特にみたいだけど」

「反省します」


「それであなたの話は何だったの?」

「んー、この前の練習試合勝利を祝してプロ野球観戦でもって思ってたんですけど、予定空いてます?」

「私は大丈夫よ、ここでの練習と学校の時以外は基本的に家に居るもの」

「年頃の女の子のセリフとは思えないんですけどその辺はどうなんですかね」

「うるさいわよ」

「まぁ、とりあえず来週末の日曜日なんで空けといてくださいね」

「1人1人に話をしてるわけ?」

「いや、たまたまその話があったからしただけですよ、本当に話そうと思ってたことは忘れちゃったんで。あ、もしかして二人きりでのデートだと思いました?」

「気味の悪い事言わないでくれるかしら、想像しただけで鳥肌が出てきそうだわ」

「想像はしてくれるんですね」


本当はいくつか話しておきたいことがあったが、今はしなくてもいいだろうと勝手に思ってしまった。

どうしてそう思ったかは自分でもわからないが、いまは少しだけ、不安要素の事を忘れて居たいと思ってしまった。

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