第15話 野球マン
車に揺られながら景色を楽しみ、数時間。
着いた先の病院の受付へ。
「あの、登坂さんの病室はどこでしょうか?」
「ご家族の方ですか?」
「いえ、家族ではないんですが」
「あ、辻本さんでしょうか? 一成様から聞いているのですが」
「そうですそうです、辻本祐介です」
「部屋は224号室です、案内致しましょうか?」
「部屋番だけで大丈夫です、ありがとうございました」
途中で買ってきた見舞い用の花とフルーツの詰め合わせを持って、近くのエレベーターへ。
と言っても、あった所で話すことも聞くことも、あんまりないのだが。
覚悟を決めてドアをノックする。
「どうぞ」
「よっ」
「なんだお前か、随分耳が早いな」
「そらね、一成さんに聞いたら1発だったし」
「なるほど、それでどうした?」
「どうしたもこうしたも、暇だったから見舞いに来ただけ」
「犯人、捕まったのか?」
「まだみたい、心当たりはある?」
「警察にはまだ話してないが、声だけで判別するなら、うちの先輩達じゃないかな。元々目を付けられてたし」
「それで、殺しまでやるかね? たかが努力の差で生まれた穴でしょ?」
「ちょっと待て、殺しってなんだ!?」
「え、聞いてないの? てか、哲人くんて目覚めて何日よ?」
「3日と6時間。その期間はずっとこの部屋に閉じ込められてた、同じ病院に運ばれたって聞いたから大丈夫だと思ってたのに、違ったのか?」
「あーうん、これって言っていいやつ?」
「まさかお前! それでこっちに来たんじゃないだろうな!」
「ないない、恨み買われて俺まで狙われたらたまったもんじゃないし、かわいい妹達がいるのにそんなことする訳ないでしょ」
「そうか」
「まあでも、仕方ねーからやってやるよ弔い合戦」
「はぁ!? 何する気だ」
「なにもしないよ、俺はなにも。全部野球マンにやらせよう。そうしよう」
「お前、無茶はするなよ?」
「しないっての」
※
「いい学校だなぁ、こりゃ。さすが名門。3年に1度くらい甲子園行って運に恵まれてそのまま準優勝するだけはあるなぁ」
(※名前のデザインになった高校は春甲子園優勝してます、現中日のドラ1石川内野手の出身校)
「さて、道場破りに行きますか」
顔はバレてるから口元マスクで帽子深く被ってと。
「野球部はあっちだよね」
ちょうど放課後の練習の時間なのかグラウンドからは大きな声が聞こえてきた。
そして、近くには知り合いもいた。
「大瀬良さん、松坂さん!」
「おぉ、辻本か。今日は暇なのか?」
「ちょっとね、それより。なんでスカウトの大瀬良さんと、記者の松坂さんが?」
「例の件だよ」
「あー、奇遇ですね」
「お前もか、東京で2件群馬で2件ときて、次は愛知とはな」
「今回の件ですけど、関東4県と今回の奴は別だと思いますよ」
「なんで?」
「本命の陰に隠れて悪さする輩もいるでしょ」
「模倣犯か」
「ちょうど、今回の相手は恨みを買ってたでしょうしね」
「しかし、高校で人生棒に振るようなことまでするかね」
「殺す気はなかったんじゃないですか、確実にそういうと思いますよ」
「だろうな、警察には?」
「今回の件はそもそも、もう証拠が出てるらしいですからね」
「はっ!? そんな情報一般には出てないぞ?」
「相手が高校で、なおかつ名門なら。ある程度は伏せられるでしょう」
話をするうち、サイレンの音が外から聞こえてきた。
「噂をすればなんとやら」
「お、これは大スクープになるな」
「ま、その前にこっちはやりたいことやらせてもらいますけどね」
スーツ姿の男たちが、5人ほど俺が入ってきたところと同じところから入ってきた。
「中村さーん、俺の予想合ってました?」
「残念ながら、大正解だったよ」
「でしょ? サイトの閉鎖はともかく、本命の逃げ場所はわかった?」
「そっちは今頃、ムショに叩き込まれてるよ」
「んで、相手は?」
「そっちも当たりだ、3年の森田と2年の中峰。2人とも大会前にあの2人が原因でベンチから外された奴だ」
「ほ~れビンゴ、じゃっ約束は守ってね」
「あぁ、好きにしろ」
移動中にネットに詳しい友人にその手のサイトを調べてもらい、サイト内のものを見た結果自分のことを自慢気に書いているものがいた。そして、そのことを模範して、今回の事件を巻き起こしたやつのことも。
「例のサイト、確かに本物だったがどうして、サイト内に入れた? かなり厳重に管理されたサイトだったんだが」
「私は友達が多いんですよ」
「そうか」
グラウンドに向かい入口のドアを開ける。
「ちょっと、関係者以外立ち入りって、辻本さん!?」
「森田と中峰ってやつに用があるんだが」
「森田さんと中峰くんですか? 森田さんは引退して、いま守屋君のバッティング指導してますけど」
「ほーん、2人そろってんのか、そりゃ都合がいい。ちょっとこれ持ってて」
そういいながら、右腕の包帯を女の子マネージャーに渡し、近くに落ちてたボールを拾い上げ、マウンドへ向かった。
「おい! 関係者じゃない奴はグラウンドに―—」
「すいません、県警のものですが」
「えっ、ええ?」
「少し彼の自由にさせてもらえますか」
「森田、中峰! 甲子園では勝負できなかったからよう、今ここで1打席ずつ勝負してもらえるか?」
「つ、辻本!」
「どうせ、お縄になるなら。俺に弔い合戦くらいさせてくれよ」
俺のその問いに話が見えたのか、まずは森田が打席に入った。
「1打席勝負、外野に飛ばせたらそっちの勝ちでいい」
「いいだろう」
左手でボールを上に投げ、落ちてきたボールを握り、ボールの感触を確かめる。
「いくぞ」
モーションを起こさず、左腕で高い位置からボールを放つ。
1球目は空振りし、2球目も続けて空振りした。
そして、3球目。
「あばよ、下手くそ」
1度もタイミングが合うことなく、無残にも三振。
「次はお前だ、中峰」
1球目、顔面ギリギリのストレートを投げ。
2球目、3球目と立て続けに空振り。
1球目のボールが効いたのか完全に腰が抜けていた。
最後の4球目はストレートをど真ん中に決め、三振した。
「野球の道具ってのは故意にしても事故にしても、人を傷つけるのに使うもんじゃねーんだよ。俺はそれがわかってる。というか、ほとんどの人間はわかってんだよ。そんな簡単なことがお前たちはわからないらしいな」
「うるせぇ」
「あ?」
「お前みたいな、奴にはわかんねーだろうな。お前みたいな天才一年生のせいで、俺みたいな凡人は、簡単にかすんじまうんだよ!。だから、わからせてやったんだよ。お前にもわからせてやるよ」
そう言った中峰は、バットを構えたままマウンドに向かいながら走り、殴りかかってきた。
「辻本逃げろ!」
そういった森田の声が聞こえたときにはすでに、バットは俺の頭にぶつかっていた。
「その程度だろ、今のお前じゃ。筋肉量が全然足りてねーんだよ、天才が努力してないわけねーんだから。俺だって元は凡人だ、ただ自分の限界にぶつかってても俺自身は嫌がってもクソみたいな指導者がいたもんでな」
殴られた頭部から出血し、目から口元へと、少しずつ血が垂れていく。
「正直恥ずかしい話だがな、指導者が良きゃ凡人だって天才になるし、天才だって凡人になる。俺は前者の方だがな、馬に紐くくりつけて走るだの、大雪の中を除雪しながら半日動き続けるだの」
正直、実の親でもない人間に虐待されていたのがわかり切ってるのが現状であり。
「だから、こんなつまらないことで人生を棒に振るんじゃなく、お前は純粋に野球っていうスポーツを楽しめば良かったんだ、起きちまった以上。もうこの先過去を捻じ曲げることはできないけどな」
「辻本、もういいか?」
「どうぞ、俺は医者行くんで」
「あぁ、そうしろ。治療費はうちに付けていいから」
「言われなくてもそうしますよ」
おぼつかないな足を進め、グランドをふらふらと出ていく。
「何者なんですか、あいつは」
「俺にもわからんが。まぁ、おせっかい好きの馬鹿ってことは確かだな」
「今回の件、本当に申し訳ありませんでした」
「その言葉は獄中で、登坂弟や、亡くなった奴とその遺族に思うしかない。俺達に言ったところで何も変わらないからな」
「っ、はい!」
その後に聞いた話では、直接手を下したのは中峰自身のみで。
森田の方は可愛い後輩を守るために罪を被ろうとしていたらしい。
この1件が関係したのかはわからないが、中峰は少年院での景気をまっとうに過ごしていたらしいが、3か月後自殺したそうだ。
しかし、それは今は関係のない話。今回の件で被害にあった哲人は愛知を離れ、退院後神奈川の無名校へと転校した。
世間を騒がせた野球マン事件はこれで幕を閉じ、俺は秋の県大会を曇り一つなく迎えることができた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます