第六話
今や、
このまま、手前に引けば、この
己の解釈と彼女の真意との葛藤に苛まれ、生殺与奪の権を持て余していた俺に対し、
「ま、待った待った! 完敗だ! もう手も足もでねぇよ! なんてこった、とんでもねぇ奴だよオマエは」
「オレぁただの賞金狙い、アンタに恨みなんざちっともねぇんだ。もう二度とアンタを狙ったりしないからさ。だから、なあ許しておくれよ。このちっぽけな命だけは、な? どうか頼むよぉ」
騎士らしく騎士道に則れば、命乞いをする相手を殺すことは禁忌の業。だけど、今の俺は違う。もはや俺は、悪しき道を突き進む人非人。耳を傾ける筋合いはない、はずなのに……。
「な、なあ。アンタさ、おたずね者なんだろ? ならよ、アンタの逃避行をよ、オレ様がちっと手伝ってやらぁ。この辺はオレ様の庭みてぇなもんだからよ、ここは一つ任せてくんねぇか」
悪いな、人の手を借りる予定はない。この身一つで背負わなければならないものがあるから。
「見たところ、他の都会人よか森を分かってるみてぇだが、オレ様からすりゃまだまだ素人よ」
そうかもな。あんたの謀略は手強かった。あたかも、この森があんたに味方しているような感覚だったよ。
「技は教えねぇ教わらねぇ主義だが、盗むのは勝手だと思ってる。だからアンタもオレ様の技を盗んで、逃亡生活に役立たせてくれなよ」
……え? なんだよ、この流れ。たった今、同盟でも結んだかのような口ぶりじゃないか。
「オレの名はティル・オイレンシュピーゲルってんだ。ティルって呼んでくれよ、大将」
俺に手を差し伸べた、ティルなる
「……俺の名はレフ・レック・ファウスト。レフでいい」
段平をティルの首から離し、身体の真横に突き立てる。不審な動きが僅かでもあれば、即座に首を刎ねられるように。
「へっ、抜かりないこったぜ、レフさんよ」
子供のように小さな、だけど意外と肉厚で、岩のように堅いその手を取ると、心底ホッとした表情を浮かべるティル。ただ、俺の用心を察してか、直後には呆れたふうに首を振った。どの面下げて言うか、お前の名演に一杯食わされたんだぞ、俺は。
「まあいいさ、信用ってのは行動で勝ち取るもんだ。ほら、膿んじまう前に、手ぇ出し――」
――その時、静穏に包まれていたマーロウの森に、角笛の重々しくも突き抜けるような音が鳴り轟く。それは、狩人が獲物の痕跡を認めた時の合図。俺の足跡が見付かった、という合図だ。
「うおっ……!? まさか、他の連中も嗅ぎ付けたってか? おいおいレフ、アンタなんか、下手こいたクセェな」
「ご名答だ、ティル。お前との邂逅の前に、随分と強烈な残り香を、川辺にな」
「馬鹿野郎、なーに森林浴満喫してやがんだ、おたずね者の分際で」
「その通りだ、完全に油断してた。よく分かるな」
「当たり前だろ! さっきはオレ様の完璧な隠蔽工作を見抜いたくせによぉ、あんな素人どもに取っ捕まえられる玉じゃねぇっての! アンタは!」
なるほど、確かにティルの謀略は綿密で抜かりなかった。その潜伏、その罠、幾重にも渡る仕掛け。狩猟の経験や予備知識がなければ、こいつの顔を拝む間もなくあの世逝きだろう。フッ、唯一想定外だったのは、相手が俺だったってところか。
「なに得意げな顔してやがんだ大将、へまこいてちゃ格好つかねぇよ。何より、アンタが捕まっちまったらオレ様の立つ瀬がねぇ。さあ乗せてってくれよ、そこの呑気なお馬さんによ」
「――グレートヒェン、それがあいつの名だ」
俺の視線の先には、まるで今までの戦いが無かったかのように呆けた顔のグレートヒェンが草を食む。そんな間抜けさ、鈍感さが、いつも俺の救いだった。
「グレートヒェンだぁ? なんだよ、馬にしちゃ随分ご大層な名前じゃねぇか」
「それだけ、俺にとっては思い入れのある相棒ってことさ」
「ヘッ、お堅そうな顔してよ、洒落臭ぇこと言うんだな、アンタも」
堅物か、よく言われるよ。顔は親父譲りなもんでね。
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