転生した無能、異世界でスーパーヒーローになる
バチカ
幻想国の月の影
全く、酷いことする奴らもいたもんだ。
晩飯の時間の出来事だ。事の発端は、シュガーマン通りに建つカフェテラスの近くで、積荷を運んでいた運搬用アンドロイドが若者グループにぶつかってしまったことだ。
そいつらは見るからに素行の悪そうな奴等で、さらに運の悪いことに、運搬アンドロイドがぶつかってしまったのは、とりわけ機嫌の悪そうなリーダー格の男だった。案の定、そいつは火を近付けられたガソリンみたいに激昂した。
「てめえ、どこ見てやがんだこのポンコツ!」
男に突き飛ばされて、アンドロイドが尻餅を付く。積荷の中身が通りにぶちまけられた。
アンドロイドと言っても、全てのアンドロイドの見た目が人間と同じってわけじゃない。そいつは、二足で立ってるだけの金属の骨組みみたいな感じの簡素な造り。この手の廉価なアンドロイドはシュガーマン通り近辺ではよく見かける。中には、センサーが汚れてて感知が鈍い機体だってある。だから、急に横切ってきた通行人に対応できず接触してしまうことなんて普通にある。
つまり何が言いたいかって言うと、怒ってる方が頭おかしい。
男は、アンドロイドを突き飛ばした程度では怒りが収まらなかった。取り巻きの一人にアンドロイドを乱暴に立たせると、積荷の中に入っていた容器の瓶を拾い上げた。
「俺達は今、
派手な音がして、アンドロイドが倒れた。男が瓶で思いっきりぶん殴ったからだ。最近の瓶ってのは頑丈で、ちょっと硬いもんに当てた程度じゃ決して割れない。しかも、男が殴った瓶は中身が詰まったままの代物だ。そんなもんで殴れば、いくら古いアンドロイドとてひとたまりもない。
アンドロイドは仰向けになって倒れたまま、その場で四肢をばたばたさせていた。多分、衝撃でバランサーをやられたようだ。自力で立てるはずなのに全然立てない――その様子がおかしいのか、男の取り巻きがとうとう笑い出した。
「なんだあれ。もうゴミなんじゃねえの?」
「そうか。そういうことか。なら、もうあいつはいらねえな。俺達でスクラップにしてしまおう」
そんな聞き捨てならないことを男達が口にしたものだから、外の喧騒に気付いたカフェの店長が通りに飛び出した。
「待て。勝手にスクラップにするとはどういうことなんだ!?」
当たり前だけど、店長は人間。この世界じゃ貴重な労働者の一人で、眼鏡をかけた、とっても柔和な感じの男の人。普段から良いメニューや良い雰囲気を作ることだけにひたすら努めている、勤勉で献身的な――アンドロイドをいびってる奴等とは、比べるのも失礼なくらい対照的な人だ。
リーダー格の男は、その店長の細い腕を乱暴に掴むと、嫌らしい笑みを浮かべた。
「悪ぃな。勝手にぶつかってきたポンコツが悪いんだ。で、いつまでもポンコツでいるのも悪いだろ。だから、俺達がスクラップにして売りさばいてやるのさ。良いだろ、別に? 売られて誰かの金になってくれるんだ。人様にぶつかるだけの能無しでいるよりはずっといい」
「ふざけるな。そんな無茶苦茶なんて認められるか!」
「おっさん、もう決定事項だから」
そう答えたのは、取り巻きの一人。その手には、既に解体されて切断されたアンドロイドの腕が。
この時の店長の絶望たるや――想像したくはない。要するに、勝手な理由で大切な従業員の命が奪われた挙句、身体の一部を奪われたのと同じだから。
当然、衆目もある場所でそんなことすれば、誰かが通報するわけで。サイレンの音を響かせて、警察がやって来た。
だけど、まずやって来たのがドローンだったのがまずかった。バスケットボール大の大きさにプロペラとかマニピュレーターとかが付いている外見なんだけど、町のパトロール要因として飛び回ってるだけのもんが悪党達の所に行ったところで、連中からすれば新しい餌が自らやって来ただけの話であって。
人間の隊員が来た時には、既に若者グループはアンドロイドのスクラップと警備ドローンを攫ってカフェを後にしていた。隊員は人型の警察アンドロイドに店長への事情聴取を任せると、速やかに犯人の追跡を開始した。
連中はバイクに乗って逃走。さらに悪いことに、連中は普段からシュガーマン通り周辺で悪事を働いていたのか、警察よりも土地勘が鋭かった。警察の応援も虚しく、若者グループは追跡を巻くことに成功。連中のような奴等だけしか知らない裏路地へと逃げ込んでしまった。
「へっ、最後の最後で、こんな幸運に巡り合うとは思わなかったぜ」
「やりましたね、兄貴」
「最初からああすりゃよかったんだ。なんなら、もっとあの間抜けからスクラップを取っちまえばよかったかもな」
なんて会話を繰り広げながら、下品な笑い声をあげる男達。目の前にある金網を乗り越えれば、ハイウェイの高架下にある連中のアジトへ逃げ込める。
……なんで、そこは連中しか知らない場所のはずなのに、連中の会話が分かるのかって? 決まってんじゃん。連中は警察から逃げたつもりなのだろうが、俺から逃げられたわけじゃないからだ。
「ちょっと待ちなよ。君達を逃がすわけにはいかないんだ」
男達から下品な笑みが消えた。声の主を求めて辺りを見回している。やがて俺の存在に気付いたのは、取り巻きの一人だった。
「兄貴、あれ!」
取り巻きが指差したのは、上。裏路地を挟むビルとビルの間を配線通すための鉄骨が通っているんだけど、そこに人が立っていた。
ほっそりとした漆黒の甲冑に身を包み、風でなびく首元のスカーフは金と青と緑の三色。横一線のバイザーの光からは感情は伺えず、左胸に灯された三日月形のランプから、筋繊維あるいは回路図のような光が体中を駆け巡っている。ちなみに、その光の色もまた、金と青と緑の三色。
しかめっ面を見せるリーダー格の男の眼にて、三日月形のランプが反射する。
「あの三日月……聞いたことあるぞ。幻想国を影から守るとかいう、ホワイトテンプルの使い――幻想国の月の影。幻想月影!」
「代わりに俺のことを解説してくれてありがとう。でも、俺のことを知ってるなら、なんで俺が君達の所に来たのか分かるだろ?」
「知るか! 野郎共、あんな奴に構ってる暇はねえ! 走るぞ!」
「勘弁してくれ。無視は一番よくない」
次の瞬間、金網を登ろうとした先頭の上に何かが落下する。俺だ。鉄骨から急降下すると同時に、そいつの肩を踏ん付けた。骨折しないよう配慮はしたつもりだが、上半身を足で押さえ付けられている以上、そいつは自由に動けない。
先頭の動きを封じて連中の逃げ道の前に立ってやった俺は、再び彼等に警告する。
「さて、君達には償わなければならないことがある。器物損壊に窃盗、公務執行妨害……今大人しく引き返して警察に自首すれば、
「ざけんじゃねえ! ただでさえこっちには
男達が襲い掛かってきた。案の定、大人しく投降する気はなかったわけだ。
「仕方がないな……」
全身を駆け巡る電脳の光が両腕に集約される。最初に襲い掛かってきた敵の殴打をかわしてカウンターの突きを一発。次いで、後続の敵の敵に突きを一発。それだけで大の男二人が宙を舞い、片方はゴミ溜めに、もう片方は重なっていたパレットに背中から衝突した。
舞い上がるゴミにリーダー格の男が驚く隙に、足元の敵も殴打して制圧。これで、勝手に逃げられたり背後から奇襲されることはあるまい。
最後の取り巻きが蹴っ飛ばされてノックアウトし、残る脅威はリーダー格の男だけになった。
「さあ、もう抵抗はやめるんだ」
「くそっ! 捕まって……たまるかよ!」
そう言って男が懐から取り出したのは、拳銃だった。護身用に持ち歩けるような小さいサイズなんだけど、人を殺すには十分すぎる威力がある。
流石に俺はうろたえた。
「銃? よせ! 撃つのはダメだ!」
「うるせえ。……最初からこうすれば良かったんだ。元はといえば、邪魔したてめえが悪ィんだ!」
銃声。震える銃口が何発も業火を吐く。
俺は――倒れなかった。
確かに弾は命中した。今、全身のうち胸とか腕とかに光の点が灯ってるんだけど、そこが被弾箇所だ。『光のダイラタンシー効果』とも呼ぶべきか、被弾した部分にのみ電脳の光が集まって、光の障壁を形成。弾丸から俺を守ってくれたんだ。
「ダメって言ったんだけど、撃ったのなら仕方ないよね。……君には大人しくしてもらうから」
弾が効かぬと分かっても、男は屈する素振りすら見せなかった。最後は殴り掛かってきたのだが、そいつの拳は俺の頭部の脇を通り過ぎ、代わりに俺の拳がそいつの腹部を直撃した。男はその場に崩れ落ちた。
現場に警察が来たのは程なくのことだ。俺が通報したからなんだけど、銃声の時点で向こうは既にここの場所が分かってたみたい。
だけど、警察が着いた時には、俺は既にその場を後にしていた。だってそうだろう? 自警行為ってのは、この国でも法律では認められちゃいないんだ。治安を守るために悪い人をやっつけるのは警察の仕事だ。それ以外の人間がやっちゃうと、たとえ相手が悪い奴だとしても単なる傷害になっちまう。事情さえ説明すれば、相手次第なら分かってくれるんだろうけど、生憎、俺にはそんな説得できる話術なんて持っちゃいない。
でも、警察は幻想月影の功績だって分かってくれるだろう。電脳の光で動きを封じられた悪者達を見れば嫌でも分かる。てか、警察に通報するときに、幻想月影って名乗ったし。
今、俺は屋根の上で夜の月の光を浴びながら、俺にこの力をくれた組織に報告している。別にやらなくてもこちらの活躍は分かるって言ってくれてんだけど、一応、念のためだ。報告を怠って酷い目に遭ったトラウマが、俺をやめさせてくれないんだ。
屋根から飛び降りて、俺は帰路に就く。変身を解いた俺は、もう誰からも幻想月影だとは思われない。
今の俺は、
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