梅干しが世界を救う話

里月

第1話 梅を拾ったらどうするの

いつもはこんな道を通って家に帰らないのだが、今日は何故か遠回りをしてしまった。

この暑さにやられて頭がおかしくなってしまったかと思うほど、私の意識は遠のいていく。

辺りは蝉の大合唱。サイレンのように響き渡り暑さが増す。


額から滴り落ちる汗を拭いながら松山まつやま絵里えり陽炎かげろうが立ち上る道を歩いていた。

まるで砂漠の中を歩いているような感覚だ。

脚中だるく感じるし、なんといっても石のように重たい。

自分の体じゃないような気がする。


「暑い…このまま私、倒れるんじゃない?」


停止しそうな脳をブンブン降って何とか意識を取り戻させる。


本当に倒れる。


そう思った時、私の目の前に異様なものが落ちているのが見え、慌てて意識をそこに集中させた。

丸くて青緑のピンポン玉くらいの大きさの物が一つ孤独そうに落ちていたのだ。スーパーボールかなにかだろうか。

こんな暑い日にスーパーボールで遊ぶ人はいないだろうが…


ネットが身近で使えるようになり、昔に比べてスーパーボールで遊ぶ人の姿は見えなくなった。


小さい頃お祭りで花柄の浴衣を着てボールすくいをしたことをふと思い出す。水の中をグルグル回転し、赤や青のボールがただ単に綺麗だと思いあの頃の私は興味を持った。

美味しそうな飴玉。そう思って鼻に近づけてみると想像とは違いゴムの匂いしかしなくて、泣いて親を困らせた記憶がある。


あの時は本当にどうしようもない、やんちゃガールだったなぁ。


そんな思い出にしたっていたが、今は兎に角あの物体の正体が知りたい。


不思議に思い、その物体に近づいて目を凝らしてみる。

しかしそこにあったのは、誰も想像しなかったであろう“梅”だった。

思わず、慎重に後ずさり身構える。


もしかしたら爆発するかもしれない。


そう思ったからだ。


今さっきまで図書館で梶井基次郎の『檸檬』を読んでいたせいだろう。檸檬型の爆弾ではないようだが、もしかしたら“梅”爆弾というやつかもしれない。誰かがいたずら半分で置いて、陰から私を見ているかも。まぁ、結局爆発したのか本の中で明らかになっていないが…。


私は注意深く辺りを見回した。蝉の声は絶えず聞こえてくるものの、人ひとり見つけられなかった。


誰かのいたずらじゃないことを確かめてから私はそっとそれに手を伸ばす。

ふわふわとした物が手に刺さった。まるで産毛を触っているような感覚だ。刺激が神経を伝わり脳に届いてくる。暑いせいで脳に伝わるスピードは遅いがしっかりと感じられた。

手のひらが変な感じがする。


「うーん。やっぱり拾うんじゃなかったなぁ。」


そう思っても後の祭りであることには変わらない。無残にも手のひらにちょこんと居座る梅をただ見つめるしかなかった。



「やっぱりおかしいよ。こんな所に梅が落ちてるなんて。」


考え直してみたがここら辺には梅の木なんて生えてないし、お店だってない。やっぱり誰かが落としたと考えた方がいいだろう。


捨てようにも捨てられず、そのまま梅を片手に歩きながら考える。

梅干しとは似ても似つかない容姿を何度も見つめるも、もちろん答えは出ることもなく蝉の声と共に夏の空へと消えていった。


梅と共に暑いコンクール状の道を歩く。

あと数分で家に着く時だった。


「え?!」


驚きのあまり声が出る。思わず梅を落としそうになった。

この暑い中、道端に人が倒れていたのだ。

黒いローブを頭からつま先までびっしりと羽織っていて、性別までは分からない。これじゃあ暑すぎて熱中症や脱水症状になってしまう。


梅を躊躇なくポケットの中に突っ込み、倒れていた人を日陰のあるところまで移動させた。

日陰でもかなり暑いが日に当たるよりはましだろう。


ローブは真冬に着るぐらいの分厚いもので重く手にのしかかった。羽織っていただけだったので直ぐに脱げそうだ。


「きっと、このローブのせいね」


慎重にローブを脱がすと、銀色に輝く長い髪がサラサラと揺れた。ふっくらとした胸元にはエメラルドグリーンのネックレスがキラキラと輝き、黒いノースリーブのシャツを着ていた。日本人じゃない顔立ちの女性だ。俳優かモデルさんのように美人で、肌は透き通っていて真っ白い。


絶えず荒い呼吸をしているので、近くにあった自動販売機で水を購入し、頭を少し持ち上げて水を飲ませる。


水が半分くらいなくなって飲むのをやめると、静かに頭を下ろした。息をしているか確認し安堵の息を漏らす。


「はぁ…何とか死なずに済んだ。救急車呼んだ方がいいのかな…」


スマホを手に取り女の人を見つめる。

妖精のようにも見える綺麗な人をこのままにしてはおけない。


救急車を呼ぼうと番号を打───


「やめて!」


女の人がいきなり大きな声で叫んだ。何だか苦しそうにしている。


「ちょ、大丈夫?救急車を呼んでは行けないの?」


問いかけても苦しく叫ぶばかりだ。やっぱり救急車を呼ぼ───


ゴチン。という音と共におでこが次第にズキズキしてきた。まるで自分がお寺の鐘になってお坊さんに打たれる感覚。


な、何?


と思考を巡らせると、目の前には私と同じく痛そうに額を抑えている女の人がいた。さっきまで叫んでいた人だ。

女の人が、ガバッと身体を起こしたので額がぶつかったらしい。


額を抑えながらちょっと困惑した顔で私に言う。


「いったぁ…あなた、誰よ?」


第一声がこれだった。まぁ確かに知らない人が目の前にいるんじゃそう言わざるを得ないだろう。


あまり状況を掴めていないようだったので、さっきまでの事を話すことにした。


「私は松山絵里。あなたが倒れていたから助けたの。そういうあなたは誰?」


女の人は一瞬迷ったが


「アメリア・ケイレアイズ」


と呟いた。


「アメリア、ケイ…う?」


「アメリア・ケイレアイズ!…もう、ケイでいい」


ケイはため息を着いた。


あれ、もしかして私飽きられてる?

だって、外国人の名前を覚えるのは苦手だもの。仕方ないじゃない。


「じゃあここは?あいつはどこに行ったの?」


女の人はあたふたとしている。まだこの状況が分かっていないらしい。


「ここは日本。Japanよジャパン!それにあなたの近くには誰もいなかったわ」


「ニホン?ジャパン?そんな国聞いたことも無い」


「え、そうなの?!」


そんなに日本って認知度低いのかなぁ。結構世界文化遺産とかあるのに…なんか悲しくなってくる。


「まぁいいや、それはそれで置いといて。“あいつ”って一体誰なの?」


するとケイは顔を真っ青にし体をガクガクと震わせた。

よっぽどその人と何かあったらしい。こんなに恐れた顔の人初めて見たもの。


「まぁ、個人の話に首突っ込むわけにもいかないし、教えたくなければいいんだけど…」


「あいつは、私を狙ってるの…それで死にかけて」


「そんな人いるの?!警察呼ばなきゃ!誰かにそれは言ったの?」


ケイは首を左右に降る。


「言えるわけない…あいつのことを他の人に話したところで誰も倒せられないし、それがバレて殺されたりしたら…」


そんなにもやばいやつなのか…これじゃあ警察に通報してもダメな気がしてくる。


「分かった」


ケイは、はてなを浮かべてこちらを見ている。

ダメ元でもいい何とかしなくちゃ。


「私がかくまう」


「む、無茶よ。あんなやつをどうやって」


「やってみなきゃわからないじゃない。近くに私の家があるの。そこで詳しく聞きたい」


ケイは躊躇ためらったが


「分かった」


と頷いてくれた。


二人で私の家の方向に向かって歩き出す。

ケイはさっきまで倒れていたのが嘘のようにピンピンしている。日本と違って治癒力が高いとかそういうのかな。

まだケイのことを何も知らない。そして“あいつ”のことも。


でも私は必ずケイを助ける。


そう心に誓った。

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