リュウセイのソウワ

茶種

1章 ≪人に願われし理想の神≫

第1話 ろくでもない出会い

道も舗装されておらず草木生い茂る森の中。

「暑い、怠い。なんでこんなに気温が高いんだよ。そんな季節じゃないだろ。盗賊よりもこっちの方がたちが悪いわ」

もう秋も半ばというのに真夏ではないかと思ってしまうほどの猛暑。

なんで俺はこの暑い中、サングラスに黒ロングコートの全身真っ黒スタイルで暑さを倍増させているのだろうか。せめてロングコートを脱いでしまいたいが防御術式を編み込んでいるため下手に脱げない。今度気温調整の術式を付け足そうと心に誓い、道を進む。

商人ギルドから直に依頼され、森の廃村に住み着いたという盗賊団の捕縛又は討伐に向かっていた。なんでも何人かの商人が襲われそこそこな被害が出てるらしい。

一度戻ろうかと思ったが冒険者ギルドへの依頼費をケチって、俺に3年間の通行手形の更新料と会費及び義務の免除を報酬に依頼してきた商人ギルドのマスターのニッコリとした笑顔がちらりと脳裏を過ぎる。背筋にゾクッと寒気が走る……先に進もう。

「はぁ、ここら辺で良いか。やることやってさっさと帰ろう」

目的の廃村付近まで辿り着いたので用意していた道具の準備を始める。

まずは廃村の様子を伺うための鞄から道具を取り出す。

「特製魔視鏡&魔羽虫。今回は上手くいくと願って」

手鏡と親指サイズの羽虫を鞄から取り出し、羽虫を廃村めがけて静かに飛び立たせるもすぐにポンっと小さな爆発を上げて地面へと落ちた。

「またダメか……しょうがない。今回もこっちにするか、なんで俺が作る魔法生物は起動すると爆発するんだ。まあ気にせず仕事仕事。周波をいじって、距離は……500mくらいか」

鞄から白い球体を取り出し少しいじってから地面に置く。地面に置いた球体はコロコロと廃村の方まで転がっていく。

球体が停止すると周囲の風景に擬態し、手鏡へと映像を送信してくる仕組みになっている。

開発当初は移動中も映像出力していてそれを見て体調を崩したものだ。

「おっ、来た来た。ん?盗賊達が一か所に集まって、あれは……犬人族コボルトか?」

設定位置まで移動した球体が映像を送ってきた。なにやら盗賊達が広場に集まっているようだ。あれは……犬人族か?

奉仕のために作られ獣人族ビーストの中でも最弱と言われる。頭部が犬、体は成人しても他種族の亜成人程度の犬人族。

体を縄でぐるぐる巻きにされているのが2人、盗賊達の中心に転がされている。首から下げている黄色いタグを見るに、駆け出し冒険者がやらかして捕まったってところか。商人ギルド以外からも討伐依頼出てたのか。俺が来た意味ないのでは……

「助けられるやつに目の前で死なれるのも気分悪いし、しょうがない、助けてやるか」

助けに行くため目を鏡からそらしたその時、廃村の方から建物の崩れる轟音が聞こえた。

「なんだ!?爆発か!?メ、メイド!?」

鏡を見ると何処から沸いて出たのかこの暑い中、赤いマフラーを首に巻いたメイド服の少女が盗賊達を圧倒している。

森の木々を彷彿とさせる緑色の髪と赤い瞳が特徴の創られたかのような美しさを感じさせる少女が残酷なまでに盗賊達をぼこぼこにしていく。

おお、綺麗なバックドロップで盗賊の頭が地面に突き刺さってら。ちぎっては投げってこういう場面で言うのだろうな。

ちらりと鏡越しに少女の赤い瞳と目が合った気がした。その直後吹っ飛ばされた盗賊の背が画面へと迫ってくるのが見え、そこで映像が途切れた。

こりゃバレたかもしれんな。巻き込まれたら面倒そうだ、逃げるか。

背後響く戦闘音を聞きながら襲われないうちに街へと向かう。依頼どうすっかな……。


** **


商人の街シルヴァ。繁栄を司る竜、栄竜シルヴィアを祀る街。

そこにある商人ギルド本部のバーカウンター。

「で、それで逃げ帰ってきちゃったわけね」

ギルドマスターのマーバ・メウチがその隆起する筋肉を魅せつけながら俺に言う。

発言のためにポージングをとらないといけない決まりでもあるのかこいつは。ただでさえ暑いのに筋肉でより暑苦しい。

「ああ、巻き込まれたら堪らんからな。まあもう盗賊団は壊滅してると思うぞ。というわけで俺のクエストも達成にってことにして欲しいんだが」

「その話が真実かどうかの証拠がないからダーメ。真実でもそのメイドの子が冒険者ギルドに報告しちゃってるでしょ。でもメイドねぇ、なんか最近そんな話聞いたような」

「なんだ、マスターなんか知ってるのか?」

「あんたも商人なんだから普段から情報収集ぐらいしなさいよ。情報も商品よ。欲しいなら、わかるわね?」

「そうだな、あんたが情報売るためにいくつかの情報規制かけてるくらいは知ってるぜ」

「あら、この程度の苦難ならみんな越えれるって私の信頼と愛なのよ。それに今回の情報は私止めてないし。じゃはい、これ」

「なんだこれ?」

「何って、あなたのお仕事よ。前報酬でその女の情報。成功報酬で失敗した盗賊の時と同じものを」

「いや、そうじゃなくて何だこの仕事」

渡された紙には<猛暑の原因調査と調査妨害>とだけ書かれている。

「最近妙に暑いじゃない?おかげで冷たいものが飛ぶように売れてありがたいんだけれど、冒険者ギルドの方で今日調査に動くらしいのよ。そのうち解決しないといけないのはわかるんだけどね」

「仕入れた在庫をどうにかしたいからそれまでは暑くないと困る……ってわけか」

「正解~。ついでにあのいけ好かない奴の邪魔もできて二度美味しいって感じで」

「相変わらず仲が悪いこって。あとその可愛くないVサインをやめろ」

両手でVサインを作る筋肉モリモリマッチョのおっさん。時折ウィンクも混ぜてくるが可愛げの欠片もない。

「やーねぇ、仲は悪くないわよ。互いに目の敵にしてるだけでそこそこ飲みに行くくらいの仲良しなのよ?」

痴話喧嘩に俺を巻き込まないで欲しい。昔組んで世界中を冒険していた今の冒険者ギルドマスターとこのハゲ筋肉がハゲ筋肉になる前のただの筋肉だった時代に夫婦関係にあったらしい。聞いた話では子供もいるそうな。俺が子供なら親がこんなになったらなく自信があるね。

「あと1週間、いや数日でいいのよ。そんだけあれば残り在庫も全部出し切っちゃうから」

「はぁ、追加と保障は?」

「しょうがないわね、在庫出たらそれをあげる。勿論非課税になるよう手回しは抜かりないわ。さらに成功したらもうひとつあなたにとって良い仕事をあげるわ」

在庫も暑い地方まで売りにいけば最悪金になるか。体の良い在庫処理だろうが、それに俺にとっての良い仕事か。新たな遺跡の独占調査辺りだろうか?なんにせよなんだかんだ嘘は言わんからなマスターは。

「しょうがない、やってやろう」

マスターと堅い握手を交わす。

「それじゃ、これが前報酬ね」

そういって一枚の紙を渡してくる。右上に廃村で見た少女の顔の写真が貼られている。名前は……

「キャルフ・エメラル……ってもしかして」

「そう最近隣国の街一つ潰したって噂の娘よ。しかも死者0でって話の。街潰して死者0とか割とわけわからないけどね。他にも危険指定種を一人で倒したとか潰れた国の特殊部隊の出とかいろいろと噂が出回ってるわね」

キャルフ・エメラル。出身地不明、種族は機人機人アノイド。ギルド称号は”滅拳めっけん”。武器は手甲脚甲を使用、超近接のグラップラーか。

いくら機人といってもあの身のこなしからすると強化系の術を持っているだろうな。

パーティは常に同じ二人と組んでいるのか、恐らく森で見た犬人族はパーティだったのだろう。

クエスト履歴はワイバーンの討伐、危険区域の遺跡調査などなど1パーティ、それも黄色タグの初心者を連れていく内容のものではないものがずらりと並んでいる。

その経歴にふさわしく冒険者等級は……緑か。一歩かそれ以上人間やめてる奴らの等級だ。

「緑等級とか化け物かよ」

「天下の魔術塔の首席卒業生が謙遜しちゃってぇ。青等級の<称号持ちネームド>のあんたが言っても説得力感じないわよ、”開術師かいじゅつし”さん」

冒険者ギルドでつけられる等級は上から白、黒、緑、赤、青、紫、黄の7段階。登録したての黄色から始まり、クエストや世間への貢献、名声などで上の等級に上がっていく。上の等級になれば危険区域への立ち入りや採集、狩猟の許可が出るなど様々な特典がある。ちなみに緑以上は青以下から人外魔境とか言われている。

「あんたは俺の体質知ってるだろ。あとその恥ずかしい称号で呼ぶな、ギルドの連中の称号つけたがる癖はなんなんだ」

「あら、それでもあんたはすごいわよ。いろんな術式や魔道具作ってるじゃない。例え魔力がほとんどなくてろくに魔法を使えなくても、その頭脳はあんたが今までしてきた努力の証よ」

「褒められて喜ぶべきなんだろうが改めて言われるとへこむな……」

「……ごめんなさい、ちょっと気が利かなかったわね」

「気にするなら報酬を」

「上げないわよ。もう仕事の契約は交わしたでしょ?」

マスターはニコっと笑顔をこちらに向けてくる。これ以上なんか言うと身に危険がおよぶ笑顔だな。とっとと店から出た方が良さそうだ。

「お、おう。わかった、じゃあ行ってくる」

マスターが何か言う前に席を立つ。ここにいると面倒ごとを増やされそうなので急いで商人ギルドを出ようと扉を開ける。

「ぐぇえっ!?」

扉を開けると蛙でも潰したかのような声がした……だから押戸は危ないと言っているのに、まだ引き戸に付け直さんのか欠陥構造め。

「申し訳ありません、急いでいたもので。お怪我はないですか?って、ん?」

「鼻がぁ!?いてぇえ!ジノスケ折れてないっすか?俺の鼻折れてないっすか?はっ!?俺の鼻が潰れている!?なんてこった!?」

「大丈夫だ、お前の鼻は折れてない。それにお前の鼻が潰れてるのは昔からだ。しっかりしろ」

鼻を抑えて倒れ込んでいる白い犬人族とそれを蹴り起こす黒い犬人族。

なんか漫才をしているけど大丈夫そうだし、このまま去ってしまおうか。

だってあれだろ、こいつらキャルフ・エメラルの連れの犬人族達だろ?大丈夫そうだし、逃げよ。

「そうだ、俺の鼻はこの程度で屈しないっす。姐さんの特製スープにも負けない俺なのだから!」

「そうだ!あの現世に現れた地獄みたいなスープを耐えたお前なら大丈夫だ。お前の鼻なんかよりも姉さんから任された追跡を再開しようぜ。

失敗したら今度は何されるかわかったもんじゃない。

もう俺溶岩滾る山からフレアワイバーンの卵盗んでくるなんて、俺は嫌だぞ」

「あれは地獄だったっす。キレたワイバーンの火で自慢の毛並みもボロボロに……」

「姉さんのお使いは遂行しないとハードルが上がるからな。で匂いは?」

「匂いならこの建物……ん?いや、目の前?」

二人でやり取りしている間に逃げようと背を向けたところ、漫才が終わってしまったらしい。しょうがない、相手をするか。

「あー、えー、お顔は大丈夫でしょうか?」

「顔?ああ!あんたか扉急に開けて俺の鼻をへし折ったのは!?」

折れてないってさっき自分で言ってただろ!

「ああ、すみません。急いでいたもので、お怪我はありませんか?治療費はこちらで持ちますので念のため病院に行かれた方がよろしいのではないでしょうか?」

「いや、この程度で怪我なんてするほどやわじゃないから大丈夫だ。ってそうじゃねえ!くんくん。あんた、森の盗賊の仲間だろ?森に残ってた匂いと同じ匂いがするっすよ」

近くにキャルフ・エメラルらしき人物は……メイド服はいない、あの目立つマフラーも見当たらない、ローブ被って顔隠してるやつもいない。めんどくさいことが増す前に消えるか。

「確かに森にはいましたが俺は盗賊の仲間ではないので。ここのマスターに頼まれて盗賊討伐に行っただけで。怪我がないならもういいですね?申し訳なかった、それじゃあお元気で」

「おいおい、待て待て待て。証拠、証拠を見せてみろ。仲間じゃないならそれはそれで良いが、証明できないと姉さんに俺らが怒られる」

「証拠?それならそこのマスターに聞いてみたら良いのでは?」

「なるほど、ちょっと待ってるっす。ジノスケそいつ見てるっすよ」

「あいよ、任しとけ」

黒い犬人族を見張りに残して白い犬人族がギルド内に入っていった。

正直すぐにマスターが俺が盗賊団の仲間じゃないってことを証明してくれて解放されるとは思えんな。あのマスターのことだ。俺を売る可能性もある。

そしていうセリフが『無事にやり過ごせると信じてたのよ。なんなら助けを求めてきても良かったのよ、有料だけどね』だろうな。

マスターはそういうやつだ。とりあえず、会話で警戒心和らげて逃げる隙でも伺うとするか……。

「なあ、あんたらキャルフ・エメラルとパーティ組んでるのか?」

「おう、俺らはキャルフの姉さんの弟子だぜ!ちなみに俺が一番弟子のジノスケ、さっきの白い毛の奴がセッカな。姉さんはすごいんだぜ」

これは黒い奴に聞いても一番弟子名乗るパターンな気がするぞ。

「ほう、そんなすごいのか。どんな風にすごいんだ?」

「聞きたいか!?まずな、俺達は故郷出て初めてのクエストでへまこいてアーマーベアに襲われたんだ。いやーまさか、早目に冬眠から目覚めた空腹真っ盛りの奴に出会うとは思わなかったぜ。もうダメだと思ったその時、姉さんが現れてそりゃもうすごかったんだぜ。ワンパン、あの分厚い鋼鎧熊の筋肉と甲殻をぶち破って腹に拳で大穴開けてさ。それに俺ら二人惚れ込んじまってよ。二人で土下座して弟子入りさせてもらって、そこから姉さんと俺達の修行の旅が始まったんだ」

「鋼鎧熊の腹に拳で大穴ってそれ人間技じゃないだろ……。てか冬眠明けの鋼鎧熊と遭遇するっておまえら|シルバハニーの蜂蜜採取の依頼受けたのか、馬鹿なのか?」

「そりゃもう大穴よ。大砲で撃ったんじゃねえかってくらいの大穴。あん時はまだ晩冬で時期ずれの緊急納品依頼ってことで報酬も高くていけると思ったんだよ」

報酬に目が眩んで危険なクエストで命落としかけて、それを助けられたマヌケってことか。

というか初心者にそんなクエスト振る支部があるのか、やばいな冒険者ギルド。

「でその修行がさっき二人で話していたワイバーンの卵盗みか?」

「他にもあるぞ。今回の盗賊討伐もその一つだし、古代遺跡に沸いたゾンビウルフの群れの討伐とかグラトニーシャークの捕獲もあったぞ。」

「お前らあんな盗賊につかまるレベルでなんでそんな強力な魔物と戦ってるんだ……。それ、成功したのか?」

「どれ一つとして成功していない!毎回死にかけてその時に颯爽と姉さんが助けに来てくれるパターンよ。しかも毎回一撃で全部倒すんだぜ」

近くにキャルフの姿はなかったがこいつらの危機を何らかの方法で察知してるってことか?なら手を出すのはまずいな……やるなら目つぶし撒くくらいだろうか。

「そ、そうか。お前らの師匠って強いんだな。関わりたくはないがな。それじゃ、元気でな」

「おう、おまえもな!」

ジノスケに手を振りその場を去る。白いの、セッカとかいうやつの帰りが遅い。嫌な予感が俺の全身を支配する。今すぐこの場を離れろと。

ピィイイイイイイイイ。

甲高い笛のような音が商人ギルド内部から鳴り響く。

「五月蠅っ、なんの音だ!?」

「これは姉さんに困ったら鳴らせと言われて持たされている魔道具の音だ!どうしたセッカ!?」

ジノスケが慌てた様子でギルド内に駆け込んでいく。この音で危機を知らせてたわけか。あれ?でも森でそんな音聞いてないような……他にも何かあるのかもな。

「これは俺逃げても良いのだろうか……」

「のわぁあああああああ!?」

ジノスケの悲鳴もギルド内から聞こえた……何が起きてるか予想できるし助けてやるか。

「うちの子に、何してくれてんだぁあああああああ!」

ギルドの扉に手をかけた瞬間、背後から物凄い衝撃を感じた次の瞬間、扉ごとギルド内に吹き飛ばされた。コートに付与していた生命維持防御術式が発動し俺の体を保護する。

「何、何事!?っていやぁ!うちの店の扉がぁ!?」

「姉さぁん、助けてくれぇえええ!俺もダメだがセッカがもっとダメっぽい」

「しまっ、絞まって!首!こきゅっ、ぐぅぇっ!……」

「セッカァアアア!」

「そこのマッチョ、今すぐうちの子たちを放しなさい!離さないならあんたの頭で赤い花咲かしてやるから!」

「他人の店に何してくれとんじゃ、ごるぁ!」

筋肉ゴリラの太い両腕にそれぞれ抱かれた白と黒の毛玉、白いのは今締め落とされたな。それと対峙する緑髪のメイド。そして俺の目の前に飛び散り砕けた商品と壊れた鞄。

あぁ……なんて無情……。あっ、よく見たら俺のコートもボロボロじゃん。嘘だろ、あの術式書くの、一月かかったんだぞ。

コロコロとまだ無事だったらしい商品、昼間使ったやつと同じものがメイドの前まで転がっていく。

ああ、まだ生きていてくれたのか。良かった……。っておい待て、そのパターンはまずい。待って、止まって、止まってくれぇ!

メイドの前に商品が転がると同時にメイドが一歩前へと踏み出す。そしてバキッと音を立て最後の商品が今砕け散った。

ああ……知ってた。どうせこうなるってわかってた。畜生、涙が出てくらぁ。一つ作るのに一体どんだけ時間かけてると思ってんだ。

次の瞬間、店の中心で轟音。拳を打ち合うマスターとメイド。

えっ、あいつらほんとに人間?姿が追えないんだけど、余波で建物壊れるんじゃないの?犬人族2人も状況理解できずにアホ顔してるし、いや一匹はあれ泡吹いてるのか。店内にいた客は……いつの間にかにいないだと……。

幾度かの打ち合いの後、壊れた椅子や机が散らばる店内で膠着状態に入ったらしくにらみ合っている。

「この私と打ち合えるなんてなかなかやるじゃない。流石噂のキャルフちゃんね」

「あなたこそ私のこと知っててやり合おうなんてなかなか自信があるみたいじゃん。てか硬くない?鉄殴ってる気分なんだけど?」

そりゃマスター元黒等級の冒険者だし、伊達に"鋼身こうしん"とか呼ばれてないわな。それとまともに殴り合えるのもおかしいが、やはり緑以上は化け物ばっかりか。

「私は毎日身体鍛えてるからね。見てよ、この美しい私の筋肉ちゃんたち」

戦いの最中だと言うのにいつものマッスルポーズを取るマスター。いつ見てもムッキムキである。

「確かによく鍛えられてる。いくら鍛えても私たちは筋肉なんてつかないから少しうらやましいなぁ……」

「キャルフちゃんは機人だったわね。貴方たちは鍛えなくても生まれたときから強固な肉体を持ってるじゃない」

「おかげでいろいろ言われるんだけどね。さてそろそろうちの子たちを返して欲しいんだけど、どうしたら返してくれる?」

「うちの子?ああ、この可愛い犬人族ちゃんたち貴方のとこの子だったの。ごめんなさい、可愛かったからつい抱きしめすぎちゃったみたい。ごめんなさいね、別に取ったつもりはないからどうぞお持ち帰りください」

そういうとマスターは俺の方へ視線を向ける。顎でキャルフ達を指すとカウンターの裏に消えていった。何、この状況処理すんの俺なの?マジで?

「セッカ、セッカ!しっかりしろ。呼吸止まってるぞ、戻せ!深呼吸、ほれ息吸え」

店の隅でジノスケがセッカと呼ばれた白い犬人族にビンタをしている。マスターの絞め技の後にそれはトドメになるんじゃなかろうか。

「人の弟子なに殺しかけてくれてんの!?ちょっとセッカ大丈夫!?しっかり」

「姉さん、セッカの呼吸が戻りません。どうしたら」

「そういうときは人工呼吸!早く!」

「えっ!?俺がやるんすか!?俺のファーストキスを野郎に捧げろと!?」

「いいからやれっつってんの!?セッカまた死ぬでしょ!?」

「俺らまだ一度も死んでませんからね!?そりゃ何度も死にかけてますけど勝手に殺さんでください!」

「えっ……ごめん知らない方が良いことってのもあるよね」

「姉さん俺らに何したんすか!?」

「お前らいい加減にしろよ。そいつ助けたいのか、殺したいのかどっちだよ」

「あんた誰?」

「あっ、さっきのグラサンの兄ちゃん」

「もう俺がやるからどいとけ」

懐に入れておいたおかげで何とか無事だったスクロールを取り出し、セッカの胸の上に置く。そしてスクロールの模様を指でなぞる。スクロールが光出し、

「!?」

セッカが陸に揚げられた魚のように勢いよく跳ねた。もう一度スクロールの模様をなぞる。

「!?!?」

「セッカ!?ちょっと何してくれてんの!?」

「何って見ればわかるだろ、心臓マッサージだよ。危ないからちょっと離れてろ」

ビクンビクンとそういうと三度模様をなぞる。このスクロール3回しか使えないんだがこれで起きなかったらどうするかな。

「ひぎゅっ!?」

「今死んだような声出てませんでした!?」

「まあ大丈夫だろ……多分」

犬人族に使うのは、初めてだったけど。基人や他の獣人には使えてる報告受けてるし問題ない、多分メイビーきっと。心臓の鼓動を確かめようと手を伸ばしたところで

「んん……」

「ほれ見てみろ、目を覚ました。大丈夫だっただろ?」

「やけに喜んでるような気もしますが、まあいいです。セッカ大丈夫か?」

「うーん……あれ?姐さんとジノ。あとあんたは……さっきの……てかここは。うぅっ……頭が、筋肉が……」

頭を抱え脳裏にこびりつくトラウマ(筋肉)と戦っているらしい。マスター的に可愛いもの見ると抱きしめやがるからな、そりゃもう相手の息の根を止めるほど全力で。

「今は休んだ方が良い。というか忘れろ、その方がおまえのためだ」

セッカの肩をポンと叩き軽く言葉をかける。

「あら、セッカちゃん目が覚めたのね。おはよう、はいお水」

「あぁあああああああああああああああああああああ!」

「セッカ!?おいしっかりしろ!?」

マスターがやってきたことでセッカが混濁していた記憶を思い出してしまったらしい。一体何をされらこうなるんだ……

「なんであんたはトラウマ抉るんだ!?バカなのか!?」

「あらごめんなさい。それじゃ、えいっ!」

「キュッゥ!?」

「セッカァ!?」

「あんたなんてことしてくれてんの!?」

「頭に蛆でも沸いてるんじゃねえの!?」

マスターが何を思ったか再びセッカを絞め落とした。完全に意識を刈り取られて白目をいる。

「あら、トラウマ呼び起こしちゃった責任を取ろうかと思って」

「誰がトドメ刺せって言ったよ!?」

「殺しちゃいないわよ、気絶させただけ。数多の男を落とした私の技をなめないでよね」

「そういう話をしてるんじゃねえよ!?なんで事態をややこしくする!?収拾任せるならせめて邪魔するんじゃねえよ!?」

「あんたらそんなことしてないでセッカどうにかしてよ!?ちょっとしっかりしなさい、帰ってこい!ジノ急いで医者探してきて!」

「あら、この程度ならコーネリアちゃんの治療魔法スクロールですぐ完治でしょ?」

「さっき、そこのメイドに蹴り飛ばされた時に俺の鞄内のものは鞄ごと全滅してるよ……無事なのは懐に残ってた心肺蘇生スクロールと探索魔法スクロールだけだ。」

「まあ死ぬわけじゃないしほっとけばそのうち目を覚ますでしょ。」

「そりゃそうだが、昔から思ってたが頭おかしいな」

「あんたらほんとに何がしたいの!?うちの子おもちゃにして楽しんでんの!?この狂人共!」

「俺は助けてやっただろ!頭おかしいのはこのマッチョハゲだけだ!」

「誰がハゲだって?」

「あー……そんなことよりこの惨状をどうにかしないといけねえだろ。いつの間にか俺ら以外誰もいなくなってるし」

筋肉ゴリラ二人の争いにより店内は見るも無残な光景になってしまっている。が奇蹟的にか、血で塗れている箇所は見当たらない。

「あんた覚えときなさい、今度とっておきの仕事回すからね。私がとっとと全員避難させるよう指示したのよ。商人のくせに戦えるあんたや私が特別なの、こんな化け物に一歩踏み行ってる娘が入ってきた時点で逃がさなきゃ死人が出るわよ」

「それができるなら喧嘩をまずやめろよ!化け物同士の争いを街中でやるな!やるならせめて俺が被害に遭わないとこでやってくれ」

「化け物同士なんてひどいこというわね。あの娘はともかく私か弱いのに」

「さっきからあんたら人のこと化け物化け物って種族差別か!?訴えられたいの!?もしくは地面の栄養にしてやろうか!?」

「ああでも確かに姉さんの胃は化け物レべギュッ!?」

「あぁああ、ジノォオオオオ!?ごめんつい、手が勝手に……そこのグラサンの人、お願いセッカみたいにジノも治して!」

グラサンの人って俺のことか?俺以外にサングラスかけてる奴いないからそうなんだろうけど……ため息をつきながら要らぬことを言って師匠に壁のシミにされかけた哀れな犬人族を様子を見に行く。どうして余計なことを言ったのか

「……俺、医者ではないんだが、それにさっきも言ったが治療用品はあんたのせいで全滅してるからな。マスター、傷薬の薬草はあるか?」

材料があれば簡単な薬くらいなら調剤もできなくはない。本職でもないし設備もないからたかが知れてるがな。

「打撲と打ち身辺りでいいのかしら?」

「頭切れてるから切り傷のも頼む、高いので良いぞ。あと包帯だな」

「毎度あり~、弁償代と一緒に請求しとくわね~」

「ん?弁償?」

マスターがカウンターの裏に薬草を取りに消え、キャルフはマスターの残したセリフに対して何のことぞみたいなマヌケ顔をしている。自分のしでかしたことが理解して

「この惨状見ればわかるだろ、店の修理費用と機会損失に破損した商品の弁償だよ」

「あー、なるほど。グラサンの人も大変だね。すごい額になりそうだもんね」

「どうして俺が払うことになってる!?お前だよ!この惨状作った元凶のお前が払うんだよ!俺の壊された商品もきちんと弁償してもらうからな!あと俺の名前はコーネリア、コーネリア・ラインヴァルト・アイゼンシュタット。変な呼称で呼ぶんじゃない」

「なるほど……ちなみにいくらくらいでしょうか」

「俺のだけでもシル金貨10くらい、店も合わせると50くらいじゃないか?」

※シル銅貨1000枚=シル銀貨1枚、シル銀貨1000枚=シル金貨1枚(シル銅貨≒1円)

「アハハハそんなの一介の冒険者に払えるわけないじゃないですか……冗談ですよね?」

「冗談だと思うか?お前の壊したものの価値が分かってないのか?」

「……ではコーネリアさん。ジノの治療以外に頼みがあります」

キャルフが急に真剣な目でこちらを見つめてきた。この状況で新たな頼みか、弁償代チャラにしてくれとでも言うつもりか?その分の依頼でもくれとか言うつもりか?

「なんだ?弁償代をまける気は俺もマスターもないぞ」

「そんなこと言わずに!どうか、どうか弁償は勘弁してください!これ以上借金重ねたら私死んじゃいます!」

地に額を叩きつけ頼みこんでくるキャルフ。その衝撃で店の床にまたひびが入ってるぞ。もう大差ないだろうけど。

「借金ってあんた何かでかい借金を既に持ってるのか?」

「ちょっと酔った勢いというかなんというかでやらかしてまして……その件で有り金全部消えてそれでも足りなくて受けれる依頼バンバン増やしてる状態でしてぇ……故郷に帰るお金すらなく……」

「具体的に何したらそうなるんだ?」

「あー、飲み屋で突っかかってきた奴に頭来てぶっ飛ばしたらそいつが憲兵だったらしく、牢屋にぶち込まれそうだったんで暴れちゃいまして……」

「その程度でそんな大量の借金を背負うか?」

「まあそのあとなんやかんやで憲兵団とのもめ事になり、詰所にいた全員病院送りにした挙句戦いに巻き込んで多くの民家やら倉庫ぶっ壊しちゃいましてですね、はい。加えて憲兵全滅させたせいで街の周りの警備する奴がいなくて魔物や盗賊共は攻めてくるわでまた街に被害出て借金が雪だるま式に嵩むわで……憲兵が治るまでの1月でありえない額になりました」

「そうか、自業自得だな。びた一文まけてやらない」

「そんなこと言わずにお願いしますよぉおおおおお!狩りしても高い部位は売らなきゃいけないから売れないカスみたいな部分しか最近食べてないんですよぉお!」

泣きべそかきながら俺の足にへばりついてきやがった。細腕だがこいつは機人だ、見た目が何の参考にもならん。マスターとやりあう化け物腕力の持ち主に足をつかまれた恐怖が俺を襲う。発言を間違えたら持ってかれかねん。

「は、放せ。鼻水と涙が服につくだろ」

「お願いしますよぉお!まだ街の修繕でシル金貨200も借金あるんですよぉおお!」

「そこまであるなら200も250も大差ないだろ。放せ、汚いだろ」

「変わりますよ!?その額稼ぐのにどんだけかかると思ってんですか!?まだ金貨10しか返せてないんですよ!?あっそれに美少女の鼻水ですよ、これは需要があります。いっそこれで値引きを」

「ふざけたこと抜かすと請求額に服のクリーニング代金も足すからな」

「ごめんなさい。放しますのでどうか、どうかご勘弁をぉおお。さっきのハゲの人にもコーネリアさんから言ってください。むしろ減らさないなら力入れます」

こいつついに泣き脅しから物理的な脅迫にシフトしやがった。

「よし、落ち着け。そんなことしたら俺の治療費と慰謝料がかさむだけだ」

「むしろ、もうここでまた暴れて全部なかったことにするのもありなんじゃないかと私は思うんですよ。実際本気の私とやりあえる人なんてそう簡単にいないと思うので」

何この娘怖い。目から段々光が消えてってない!?いけない、このままだとマジで殺られる。どうする、今の手持ちで何か役立つものは……

「さあ、どうします?半ば今の私は自棄ですよ。自棄になった私は昔から面倒だと皆から言われたものです。諦めて弁償はなかったことにもしくは減額をってなんですその紙は?」

まだ懐に蘇生スクロールがあったのでそれをキャルフの目の前で勢いよく破る。スクロールに封じられていた雷属性の魔力が強い光となって放出される。それ程多量の魔力を込めることができないもののためすぐに消滅したが、キャルフは眼前で小さな雷を見ることに。良い子は真似したらダメだぞ。

「おあああああ目がぁああああああ!」

目の前で強い光を浴びたせいで焼けるような痛みがキャルフの目に走ってることだろう。機人の中には目の構造すら違うやつもいるから効いてよかった。にしてもなんかこの光景見たことあるような……ああ、あれだセッカが扉にぶつかって鼻押さえてた時こんな感じだったな。師弟で似たようなことしてんのか、それとも流派かなんかの教えなんだろうか?

「これも代金に付けとくな。マスター、催涙スプレーと猛獣用の枷も追加で請求頼むわ」

店の奥から了承の返事が聞こえてしばらくしてからマスターが薬草とごつい手錠を持って出てきた。光の効果が切れる前にカウンター裏にあった暴徒撃退用の催涙スプレーを追加でキャルフにかけておく。声にならない悲鳴をあげながら陸に揚がった魚のように跳ねている。

「なに、この娘逃げようとしたの?うわっ、顔が涙と鼻水ですごいことに……てか全く動く気配ないけど何したの?」

そう言いながら枷を手と足に取り付ける。

「いや、弁償は勘弁してくれって言われたから断っただけだ。……催涙スプレーかけすぎたな」

反応が面白くてつい一缶まるまるかけ続けてしまった。結果キャルフは床に倒れ伏し、気絶したようだ。

「この臭いやっぱりあれ使ったのね……すごく臭いんだけど」

「あとで消臭処理でもしておけ、立てば多少ましだぞ。拡散タイプじゃなくてよかったな」

中身が空になった【超臭ハナマガル、オヤジの加齢臭ー滞留タイプー 鼻の利く種族の嫌がらせ・拷問に♪】の缶を見せる。

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