第25話 八章 没原稿(正式タイトル不明) その1



  八章 没原稿(正式タイトル不明)



 筆者は本書のために百人近い人物にインタビューしてきた。

 多くの犠牲を払って『トレメル村事件』が我々に残したものとは何だろうか。

 インタビューの最後に同じ質問をぶつけている。

 重複している内容もあるため、ここでは代表的な回答を紹介させていただく。


 エーリッヒ・カウフマン氏は言った。

「思い込みで判断するとえらい目にあう、でしょうか」

 クラリッサ・ロイス氏は言った。

「知らない、ということは怖いことですね」

 ウーリ・コルネリウス氏は言った。

「情報共有の確かさでしょうか」

 ハロルド・ラングニック教授は言った。

「弱い、ということをなめてはいけない。ですかね」

 トルーデ・ハルクマン氏は言った。

「いざという時の備えをしっかりしないといけない、でしょうか」

 

「それは、『すべて神の御意志のままに』でしょう」

 アルマ・ヴィーグ氏はそう言った。

 経典の一節である。聖者ゲオルグが捕らえられ、刑場まで連行されるときに民に向かって呼びかけたという。

 神、という言葉には違和感を抱いた。

「スライムの大量発生も神の意志だと?」

「そうです」

 きっぱりと彼女は言った。

「万物は神が作り給うたものですから」

「なるほど」

 正直なところ、彼女の考えには同意しかねるが、あえてそのまま受け流した。インタビューの目的は宗教論を戦わせるためではない。トレメル村の事件について、彼女しか知り得ない事実を聞き出すためである。焦れてはいけない、と自分に言い聞かせる。

 代わりに気になっていることを改めて尋ねてみた。

「何故、今回インタビューを受けていただいたのですか? ほかのインタビューは全て断られているとお聞きしました」

 彼女は寂しそうに笑った。

「実を言うとね、私もう長くないのよ」

「ガン、だそうですね」

 既に全身に転移しており、手の施しようがないと医者からも告知を受けたそうだ。現在では苦痛を取り除く治療にシフトしているという。

「あと半年だそうよ」

 やせ細った手でベッドのシーツを握りしめる。しわ寄った白いシーツが、手の甲の細い筋目が広がったように見える。

「家族もいないし、看取ってくれる人もいなくてねえ……少しでもこの世に生きた証を残したかったのね」

「わかります」

 私は大きくうなずいてみせる。

「あなたにとって、トレメル村の事件とは何だったのでしょうか」

 彼女は少し困ったような顔をした。

「私にとっては人生を変える出来事でした。本当に色々なものが変わりました。でもそのおかげで村を出ることが出来た。感謝とまでは言いませんが前向きにとらえることにしているんです」

「素晴らしいですね」と返事をしながら次の言葉を冷静に組み立てていく。 

「事件の後、トレメル村には戻られましたか?」

「いいえ」彼女は静かに首を振った。

「あの日以来、一度たりとも戻っていません」

「一度も、ですか?」

「一度も、です」

 彼女はきっぱりと言った。私の調査でもアルマ氏は事件後、入院のために離れて以来、村には戻らなかった。その後村が消滅するまで、いや、してからも一度も帰村していない。

「帰りたいと思われたことは?」

「もちろん、ありますよ」当然でしょう、と言わんばかりの口調でうなずいた。「むしろ村が滅んでからは何度も思いました。一度は仕事を休んで列車のチケットまで取りましたよ。でもねえ、どうしてもあの日のことを思い出してしまって、寸前でやめちゃったのよ。で、結局行かずじまい」

 長く話して疲れたのだろう。失礼、と言い置いてまた横になった。目を閉じ、ほっと息を吐く。

 ここだ、と私は意を決し、胸の中にしまい込んでいた言葉を口にする。

「戻りたくても戻れなかった、の間違いではないですか?」

 彼女は一瞬、意味を図りかねたらしく、きょとんした表情になった。

「正確に言うなら戻りたくても戻るわけにはいかなかった。何故なら戻ればすぐに手品の種が割れてしまいますから」

「どういうこと?」

「先に行っておきますと、私はあなたを非難するつもりは毛頭ありません。あなたが過去に何をしたとしても訴えるつもりもありません。ご希望でしたら本にしないこともお約束します」

 そこで言葉を句切ると私は彼女の目を見つめ、改めて呼びかけた。 

「私が知りたいのは真実です。お話しいただけませんか? アルマ・ヴィーグさん、いえ、ドミニク神父・・・・・・

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