第30話 潜在なる万能者の目覚め? 前編

「はぅぅ……ルシナちゃんがうぅっ……ぐすっ、っずず……」

「やられてもいないのにすでに泣きじゃくるのはどうなんだ……」

「でもぉ、でもぉ……ロサさんは仲間なんです~ロサさんに怪我を負わせて、ルシナちゃんを救い出すなんてそんなのは無理です~うぅぅ」


 愉快な感情を兼ね備えているパナセだとずっと思っていたが、想像以上に感情の起伏が激しいようだ。


 しかもすでに本人には何の記憶も残っていない、血を見た直後の特殊能力発動。


 コイツの潜在能力は、本人として自覚の無い時に発動されるものなのではないだろうか。


「パナセ、俺の元に来い」

「は、はいっ」

「ルシナを……妹を助けたいか?」

「は、はいです! も、もちろん、ロサさんも!」

「……分かった。ならば、お前の根性と勇気……いや、頑丈さを見込んでやる。覚悟はいいな?」

「ほえ?」


 あまり賢者らしからぬ行動になるが、危機的状況を自ら生み出せば、パナセの能力が発動するかもしれないという期待感はある。


 パナセのおかしすぎる行動と発言と……そうしたものを全て、見届けてみたくなった。


「え、え? あ、あのぅ……?」

「じっとしてろ」

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!? ア、アァァァ……アクセリさま!? わたしをどうされるおつもりがぁぁぁ」

「――こうする」


 恥ずかしがるパナセにはこの際、気にしないことにして、俺は彼女の腰に手を入れて抱っこをした。


「あわわわわわ!? ふ、二人に見せつけて、どうす――えっ?」

「そのまま飛んで来い! ロサを目がけて投げたぞ。後はパナセに任せた!」

「えぇぇぇぇぇぇぇ?! わ、わたしはぁぁぁぁ、武器にもなれないですよぉぉぉぉ!」

「頑張れ。そして、目覚めて来い!」

「ほえええええええ!?」


 非人道的行為ではあるが、俺はロサたちに向けてパナセをぶん投げた。


 もちろん、パナセの全身には密かに氷の要素を付与してある。


 これにはパナセの万能能力における、潜在的な期待が込められている。


 自称勇者に発動した瘴気といい、薬師として度を越えている調合力といい……一度、危機的状況を与えてみれば、潜在的な能力が開放、あるいは垣間見えることが出来ると踏んだ。


 加えて、ロサは氷を苦手とするダークエルフだ。氷を漂わせているパナセが飛び込んでくれば、傀儡状態であっても、苦手意識が働いて自我を取り戻すことが出来るかもしれない。


『――っ!? な、何を」

『う、嘘……? パナが飛んで来てる!?』


 一見するとふざけた光景と行為だが、真にパナセを信じてしまっているからに他ならない。


 仮に潜在的なことが起きなくても、要素に命じた氷の壁が発動してしまえば、パナセを含めた彼女らはその場から、一切の動きを封じることが可能だ。


 ここに来て、俺自身も力が戻って来たおかげで、要素も言うことを聞いてくれるようになったのはでかい。


「ど、どいてどいてどいてーーー!!」

「どけるはずがないでしょう!」

「あぁ……賢者のせいでここで終わるなんて……」


 終わらせるはずがないが、まずはパナセの様子を見るしかなさそうだ。

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