第28話 峡谷での遭遇 5
「……俺が出て行く。パナセとルシナは目一杯の回復草でも作って待っていてくれ」
「そ、そんな……アクセリさまにもしものことがあれば、わたしは心中しますです~うぐっうぐっ、ぐずっ……」
「ちょっと、パナ! 何ですでに泣きじゃくってるの!? アクセリがやられるって決めつけるのは駄目でしょ!」
パナセの涙は大体予想に合っていそうではあるが、あんな黒い勇者ごときにやられているようでは、賢者に限らず生きる意味を持たないだろう。
ロサの様子も気になる所でもあるし、竜の亡骸……どんな竜であったのかを確かめたいというのもある。
「そ、そそそ、そうです! アクセリさま、もう一度お口をわたしに貸してください~」
「まさかと思うが、口づけでもして俺の力でも上げてくれるのか?」
「それは無理ですよ~! そ、そうじゃなくて、もう一度お姿をですね……」
「それはもういい。それを役立てるつもりがあるなら、口づけ以外で姿を見せられるようにしておけ。そうじゃなければ、俺以外の者に使用したとして毎回口づけをする羽目になるぞ?」
「い、嫌です嫌です!! アクセリさまだけがいいんです~」
握りこぶしを作り、両腕をバタバタと振りまくるパナセは、出会った頃よりも更に幼く見える。
しかも俺専用の消える薬で、口づけも専用とまで言い放つとは、これは素直に喜んでいいものではないだろう。
「ルシナ、姉をしっかりと見ておけよ? 下手な動きをされても困る。俺はルシナの力も必要としているのだからな!」
「ふ、ふん……言われなくてもやるつもりだから! そ、それより、あんたがやられでもしたら、本当に困る。困るし、何のために里を出て来たのか、意味を無くすことになるんだからやめてよね!」
妹のハーフエルフは素直じゃないらしい。パナセばかりを甘やかしているのを間近で見せているだけに、ルシナにも何かしらの褒美をすることにしよう。
「案ずるな。腐っても賢者だ……そう泣きそうにされても困るぞ、パナセ」
「そ、そんな顔していないです~あっ! そ、そうです! わたし、こう見えて力持ちなのです! その力をアクセリさまにお分け致すとしましょう!」
「何を絵空事を……」
ルシナは首を左右に振りながらお手上げ状態となっているし、パナセはいつもの偉ぶり姿で俺を誘っている。
「……分かった。それで、どうやって俺に力を授ける?」
「おぶさってくださ~い!」
「おんぶか? お前に密着すれば得られるとでも?」
「さささ、お早く~」
愉快すぎるが、パナセなりの勇気づけなら俺もそれに従ってみるか。
「そのまま屈んでいろよ?」
「望むところです!」
「いいぞ、立ってみろ」
「……っととと、ぎゃん!?」
まぁ、そうなるだろうな。体格差もあるが、力を授ける以前に俺の重さを受けきれなかったようだ。
「くっくく、はっははは! いや、十分貰ったぞ。パナセ、ありがとうな!」
「ほえ?」
「じゃあ、ルシナ。頼んだ」
「ご無事で!」
薬師に元気づけられるほど劣弱賢者となってしまっているが、せめて黒い勇者には一泡吹かせてやらねばなるまい。
『望み通り出て来てやったぞ、勇者とやら!』
竜がいたらしき辺りは、亡骸は見えず、勇者に値しない風貌の男が一人、片手剣を地面に突き刺して突っ立っていた。
元は山賊あるいは、海賊か。似合わぬ髭を顎一面にたくわえ、顔には弱さを象徴する切り傷を表わしている。
「男が一人? あの薬師二匹はどこへやった? アレらは貴様の仲間、もしくは奴隷だろう?」
「はっははは! 奴隷とまで言うのか。その風貌で勇者を名乗るお前には、薬師と奴隷の見わけもつかない視力を備えておいでのようだ」
どうやらこの場にはロサがいないようだ。気配をたどればすぐに分かることではあるが、勇者が連れていた者どもの気配はすでに消えている。
ともすれば、あの者らはロサの手によって消されているとみるのが正しいだろう。
「雑魚が……竜ではない羽根の生えた雑魚ですら退けなかった雑魚め。それすら見抜けず、手を煩わせた罪は重い! ここに出て来たということは、相応の罪を受ける覚悟があるのだろうな?」
竜では無かったか……ということは、何かの妖鳥だったか。
竜だとすれば、たとえそこそこの勇者であろうとも、そう簡単には倒せるはずもないのだからな。
ではパナセとルシナの怖れは何だったというのか。
「……一応聞いておく。お前……勇者とやらに大層な名前はあるのか? 俺は義賊アクセリだ」
「義賊ごときが薬師とダークエルフを連れ歩いているとはな。俺の名を聞いて、そのまま逝け! 俺は四天王が一人、勇者ラットン! 光栄に思え!」
俺の名を聞いても何の反応も示さなかったということは、ベナークの野郎の作り出した世界からの勇者か。
自分で四天王を名乗る阿呆がいるとは驚いた。この程度であれば、三要素で事足りるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます