第27話 峡谷での遭遇 4
危ない勇者らしき野郎から距離を取り、岩場の陰に隠れたところでパナセを岩に寄りかからせて、俺はルシナに話を聞くことにした。
「ルシナ! さっきのアレは何だ? パナセには潜在能力があるとは聞いているが、草を投げて瘴気を出すなんて、そんなのは見たことが無いぞ!」
「わ、私も知らないことですよ……パナは普通の子で、だけど薬師として優秀な姉というだけで……」
「血が駄目とか、どういうことだ?」
「あんな竜の血を見れば、私だって気分が悪くなりますよ! でも、パナの反応は初めて見ました」
パナセが里を出てから、どれくらい冒険者PTにくっついていたのかは分からん。
今までどういう扱いを受けていたにせよ、血に対する反応が尋常では無かった。
今まで関わって来たPT連中が、パナセに血を見せすぎるような戦いをして来たとすれば、それは断じて許されるものではない。
「……んん」
「パナ! だ、大丈夫?」
「おい、パナセ! 俺だ、アクセリだ!」
いつもおかしなくらい愉快な女が、こんな姿にさせられるとはな。
力なき賢者とは、何と惰弱なことか。
こんなことではベナークの野郎どころか、さっきの野郎にすらどうにも出来ないままだ。
「くそっ! 俺としたことが!」
「アクセリさま……」
「気付いたか、パナ――っ!?」
「パ、パナ!? ちょっと、あんた何して!」
急なことだったので身動きが取れなかったのだが、姿の見えない俺に対し、パナセはピンポイントに口づけを重ねて来た。
「愛するアクセリさまのお口を頂いたのです!」
「いやっ、お前……」
さすがに驚いた。こういうことを出来る一人の女であったのだと、改めて思い出した。
過去には平気でそんなことをしてくる女がいたが、パナセはして来ないと思っていただけに、ただ驚いている。
愛している……か。そんなことも言われたのは初めてだ。
「ってあれ? アクセリが見えてる……見えるんだけど? パナ、あんたのキスって浄化作用があるわけ?」
「むっふっふ! えっへん! 愛なのだ! 油断したアクセリさまの力は、とてつもなく弱くて~可愛くて~おかしかった!」
自分では姿が発現したかの判断は出来なかったのだが、どうやらパナセの口づけによって直ったらしい。
元々は不意打ちのように飲まされた変な薬によるものなのであって、パナセのせいなわけだが。
「偉ぶるな! お前が俺の姿を消したのだからな。どういうことか理解出来ないが、その何だ……何で俺とそういうことをした?」
「愛です! 愛の力なのですよ~! アクセリさまはわたしの愛するお方なのです! 悲しそうなアクセリさまを元気づけるつもりでしただけのことなのです」
「愛……か。そ、それはいいとして、お前の体内には浄化作用でも備わっているのか?」
「あぅ~……それは分からないです~でもでも~愛なのです! ビシッ!」
わざわざ擬音を言葉に出しながら、額に手をやるパナセが可愛いと思ったのは、墓場まで持って行かねばなるまい。
さっきまで血のことで騒ぎ立て、瘴気まで発生させた女は、いつもの姿に戻っていた。
一体さっきのは何だったというのか、長く賢者としておかしな事象を見て来たが、薬師にそんな特殊能力があるとは見たことも聞いたことも無い。
「パナ、あんた、さっきのことは覚えてるの?」
「ほえ? さっきって何~? ア、アクセリさまの可愛いお口は……ふごごごごもごごご」
「え? 何、どうしたの」
あまり経験したことが無い恥ずかしさをパナセの口から発せられるのも腹立たしいので、目に見えて分かるように怒りを露わにしたところで、すぐに手で口を覆ったようだ。
くそっ、何から何まで愛らしく思えて来るではないか。
「もういい、止せ。パナセ、何も覚えていないのか?」
「え~と、え~と……暴力は良くないことなのです」
「あんたねぇ……アクセリにはきちんと答えを……」
「しっ……! 二人とも、口を塞げ!」
あの勇者野郎とここは、すごく離れているわけではなく、一時的に見失わせているだけに過ぎない。
ロサがどうなっているかも気にはなるが、勇者と名乗っていながらの黒い気配は、ただ事ではないのではないか。
『近くに潜む
ちっ、隠れていても気配を察するか。
しかも姿を見せたところで、攻撃を仕掛けて来るのは必然のようだ。
『いつまでも隠れるというのなら、ダークエルフの命は無いと思え!』
「あわわわわわ!? アクセリさま、ロサさんがあぶあぶあぶあぶ」
「ハッタリのはずだ。あいつはかつて勇者PTにいた手練れのアサシンだ。捕まったとして、簡単にやられる女ではない」
「では、アクセリはこのまま姿を見せると?」
「くそ、姿を出してしまったからな。姿が消えていれば油断も生まれただろうが……」
いつまでも劣弱でいて、どうして賢者と言えるのか。
こうなれば禁忌を冒して、骸の竜を動かすか……あるいは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます