33歳で自動車免許取りに行きます。何か問題でも?
伊可乃万
第1話 俺、彼女が出来る
33歳の春、俺に本当の春がやってきた。生まれて初めて十歳年下の可愛い彼女が出来たのだ。俺の心は舞い上がり、棚の猥褻物を処分して清い心で過ごそうと決めたぐらいだ。彼女が出来ただけで、世界ってこんなにも輝いて見える。通りすがりのお婆ちゃんにも優しくしてあげたくなる気分だ。公園で遊んでいる老人と子供の輪に入って混じりたい。
しかし、彼女が出来て早々、俺に試練がやってきた。
俺の彼女がドライブに行きたいと言い出したのだ。
いっておくが俺は東京育ちの江戸っ子で車の必要がない生活を送ってきた。電車こそ最強の移動手段である都会において、自動車免許を取るメリットは薄いと考え、33歳の今までスルーしてきた。それでも身分証の提示に困ってしまったり、色々不便は感じていたのでそろそろ免許を取らなければとは考えていた。
俺は一念発起して自動車免許を取りに行くことにした。
おしゃれなカフェでデートの最中、俺は彼女にその旨を告げた。
「まあ、嬉しい。頑張って」
俺の決意を聞いた彼女、露木莉央は嬉しそうに笑ってくれた。良かった。愛する彼女のためにも、俺は免許を取らないといけない。しかし大丈夫だろうか。33才という年齢で初めて免許の取得に挑むなんて、結構な挑戦じゃないだろうか。
しかしもう後には引けない。彼女にも宣言してしまったし、いよいよ自分は追い込まれた。
実家住まいの俺は貯金だけは潤沢にある。普通に働いている俺としては平日の夜と土日を利用して免許を取って行きたい。消化してない有給休暇が大量に残っているので使用することも考えておこう。
夕食の最中、俺は両親に車の免許を取りに行く旨を告げた。当然賛成してくれると思っていたのだが、両親の反応は渋かった。東京に住んでいるのに免許は必要ないだの、その分の金を家に入れてくれだの、うちの両親には毎度の事ながら失望させられる。
「悪いけど、これはもう決めたことだから」
「決めたことだからってお前、もう30過ぎだぞ。今から免許を取るのは大変だぞ。自転車にすら乗れないお前に出来るのか?」
父親の一切遠慮のない容赦ない指摘に俺は一瞬口ごもったが、
「どうしても免許がいるんだ。免許を取るんだ。覚悟は出来てる」
と無駄にかっこよく言い返してやった。
「あんたが心配だから言ってやってるのに、その言い草はなんだい」
母親も父親の味方をして俺を責めてくる。
敵だ。
免許取得を目指す俺にとって、この二人はもはや障害でしかない。普通なら快く応援してくれるもんだろう。ウチの両親はどこか世間とずれていておかしい。まあ以前から考えていたことだが、改めてはっきりした。ちなみに彼女が出来たことは彼らには伏せておこう。どうせ言ったところでまた難癖を付けてくるに決まっている。
夕食を平らげ、自分の部屋に引きこもった俺は、ネットサーフィンで通うべき自動車教習所を探すことにした。出来るだけ家と職場両方に近いところがいい。しかし近いだけでヤクザくずれの危ない教習員がいる教習所はパスしたい。しかし実際に通ってみないと教習員のことまではわからない。ここは教習所の実績で攻めるべきか、それとも通学しやすさを優先するべきか、俺は迷いに迷った。
地方に泊り込みタイプの教習所は俺の選択肢には無かった。大都会に住んでいる俺が田舎で免許を取っても都会のスクランブル交差点でオロオロするのは目に見えている。俺は都会に適応できるドライバーになりたいんだ。単に免許が欲しいんじゃない。
免許を取るに当たって、俺は年下の親友の東矢宗継に助言を求めた。俺と東矢は居酒屋で知り合った。互いに一人飲みしていたので、俺のほうから良かったら一緒に飲まないかと誘ったところ、ノリのよい彼は乗ってきていろんなことを語り合い、友情が芽生えたのだ。そんな東矢と出会った居酒屋に彼を呼び出し、酒を飲みながら、まずは互いの近況を語り合った。そしてその後に俺は東矢に彼女が出来たことと、免許を取得したい旨を告げた。
彼女に関しては素直に羨ましがられ、写真を見せろと言って来たのでスマホで撮った写真を見せつけてやった。
「かっ可愛い。段ちんどこでこんな可愛い彼女をゲットしたんだよ」
「職場の後輩なんだよ」
「社内恋愛かよ、ありえねえ」
そう、まじありえない出会いが俺に起こったのだ。コールセンターでスーパーバイザーの仕事をしている俺は、たまたま若い女性の多い部署に配属され、彼女と知り合った。最初は全然仕事がうまくいかなくて悩んでる莉来に優しくアドバイスをしたところ、彼女は自信を身につけ、仕事を順調にこなしてくれるようになった。それから仕事の合間にプライベートな会話をするようになり、お互いうどん好きだったので一緒にうどん屋に食べにいったことがきっかけで定期的に外で会ううちに恋愛関係に発展し、彼女の方から俺に告白してきたのだ。
「羨ましいな、ホントに。死ねばいいのに」
「そういうお前はどうなんだよ。例の歌姫との関係は」
「平行線だよ、全然相手にしてもらえないんだ。俺のほうが年上なのにイニシアチブ握られちゃってる」
「そうか、お互いうまく行くといいな」
「ああ、それより自動車免許を取りに行くって本気なのか?」
「勿論本気だぞ」
「悪いこと言わないから止めておけよ。怪我するぞ」
「怪我はしないだろう」
「違うよ、心の怪我だよ」
「どういうことだよ」
「俺が免許を取ったときは、マジで最悪だったからな。教習員がえばりくさって俺に高圧的に命令口調でああしろ、こうしろってうるせえのなんの。俺も負けじと言い返して教習中に教習員の野郎と喧嘩になっちまってさ。まあ苦い思い出しかないわ」
「そんなに偉そうなのか、教習員って」
「そりゃもう神様気取り、警官にでもなった気分だろうよ。上から上から言うわ言うわの大合唱。流石のオイラも怒りでスーパーサイヤ人になっちまったよ」
「そっそんなに高圧的なのか」
「若いからまだなんとか耐えられたけど、段ちんの年齢であのしごきに耐えられるかな。相当屈辱的だぜ。そもそも何で突然免許を取ろうなんて思ったんだよ」
「彼女がドライブに連れて行って欲しいって言ったからだよ」
俺の言い終わる前に、東矢は奇声を発した。余程心に堪えたらしく、しばし悶絶していた。
「ぐおお、なんだそのピュアな理由は。そんな理由聞いたら応援したくなっちまうじゃねえかよ。ホント死ねばいいのに」
「実際33歳で免許取得って大変かな」
「当たり前だろ。さっきも言ったように教習員のしごきはきついし、反射神経だって若い頃より衰えてる。しかもお前仕事しながら取るんだろ。一気に取らないと勘が鈍って苦労することになるぞ。それだけの時間的余裕があるのか?」
「一応仕事終わりの夜と土日をメインに行こうと思ってる。あとは有給も消化しようかと」
「止めとけ止めとけ。教習所ごときに有給はもったいない。平日の夜と土日集中で頑張れ」
「ああ、そうするよ。ありがとう」
「それより車買うお金あるの? 都内で車持つとコストがかかるぜ。」
そうだ。車だ。俺は免許を取ることばかりに集中して、車のことをこれっぽちも考えていなかった。東矢の言うとおり、都内で車を持つとなると駐車場代は高いし、ローンの支払いや車検とかその他もろもろ維持費がかかる。俺はそんな当たり前のことを失念していた。
「まあドライブに行くだけなら誰かから車借りればいいんじゃね」
「そっそうか。その手があったな」
「で、始めにいっておくが俺はマイカーを所持しているが、貸さないからな」
「なんでだよ、冷たい奴だな」
「そんな若葉マークの奴に車貸す男がどこの世界にいるんだよ、悪いことは言わないから親父さんに頼むんだな」
父さんか。確かに車は持っているが、果たして素直に貸してくれるだろうか。父親は車が趣味だから、金をかけて改造もしている。そもそもそんな改造車を乗り回せる自信が自分にはない。困ったな、免許を取る前から問題発生だ。
派生元作品はこちら
https://kakuyomu.jp/works/1177354054890338560/episodes/1177354054890338592
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