第4話 004枚目 油汚れに……J🔴Y
★
「明らかに油汚れっぽかったけど、磨いたら普通に汚れが取れたよ」
琴花は磨いたコインを頭上にかがけた。
我ながら綺麗に磨けたと自画自賛したくなった。
台所の油汚れもこれくらい簡単に落ちてくれると主婦は大助かりだ。
「……ん?」
ふと視線を向けると、白い人影か何かを感じた。
森の向こう側にある草むらから、こちらを見ているような気配。
琴花は見間違いかと思い、眼鏡を拭い装着するも、そこには誰もいなかった。
コインを磨き終えた琴花。
コインを太陽にかざすように眺める。
一仕事を終えたような満面な笑みを浮かべて……。
「7枚とも綺麗になった。凝縮J◯Yもビックリね」
我ながら綺麗に磨けたと琴花は思っている。
ちょいと待て。
コインは1枚だけではなかったのかと。
そう、話は少し前に遡る。
少し前、コインを磨くためにバックに手を入れたときに、何の偶然かはわからないが、汚れたコインを引き当ててしまった。
「うわッ」
琴花は、反射的に汚れたコインを草むらに投げ捨てた。条件反射のごとく、二回目の反応。
「え? どいうこと?」
さっきバックの中を確認したときは、たしかに入っていなかった。
いつの間にしのばされていたのだろうか。嫌がらせにしてはたちが悪い。
「なんか、気味が悪いな〜。まだ出てくるんだろうか」
琴花は恐る恐るバックを逆さまにして、中身を出す。
バックの中にはコインらしきものはない。一旦ホッとしようと思うも、琴花は何となく引っかかりを覚え、携帯(スマホ)を入れていた布袋に手を伸ばす。
「あぁあった」
げんなりとした表情で、琴花は布袋からスマートフォンと汚れたコインを取り出した。
さすがに3枚目ということもあってか、草むらに投げ捨てることはしなかった。
その後、バックを調べてみると4枚ほどコインを見つけた。あとはひっくり返しても出てこなかった。
とりあえず見つけた以上やることは一つ。
琴花は予定通りにコインを磨くのを再開し、試行錯誤のうえ今に至る。
「これ7枚集めると、願いを一つ叶えてくれるとか……いでよッ!……うん、何も起きない」
コインを眺めながら呟くも、残念ながらコインには星の形が彫られているわけではなく、何やらよく分からない鳥みたいなものが彫られている。
何となくペンギンに見えなくもないが、こんな不細工なペンギンを琴花は水族館でも見たことがない。
誰かがノートの隅っことかに書くような落書きといったほうがいいだろう。
たぶん美術の成績は下から数えたほうが早いかもしれない。
「よほど授業中、暇だったんだろうな〜」
かつては学生だった琴花は、しみじみと感想を呟く。
50分も机にかじりついて黒板の文字をひたすら書き写す作業。
そしてたまに日にちと同じ出席番号だからという理由で、前の黒板に答えを書きに行く作業。
どれもこれも苦痛でしかなかった。
その苦痛を紛らわすために、好きな作品の世界を妄想したり、ノートの隅に落書きしたりして時間を潰すのは仕方のないことだ。
「……と回想に浸るのは後にして、よっと」
コインを空中に投げてそれを掌に乗せて、もう片方の手で隠した。
「表なら左、裏なら右へ行こう」
琴花は被せていた手をどけて、コインを確認する。
不細工な鳥か、何かのキャラクターが彫られているのがチャームポイントといえばチャームポイントだ。
「あれ? そういえばコインの表ってどっちだっけ?」
今更ながら致命的な問題にぶち当たる。
当たり前の話だが、日本円の10円玉の表はどちらかご存知だろうか。
表の図面には平等院鳳凰堂、裏の図面は常盤木と10という数字が彫られている。
恥ずかしながら、幼少期は10と彫られているほうが表だと信じていた時期もあったが、今や遠い過去の話である。
「10円と同じ考えでいくなら、この不細工な鳥は裏ってことになるのかな〜」
裏は右へ行く。
コイントスする前に決めたルール。
琴花は右側に視線を向ける。
生い茂った暗い森へと続く、いかにも歩きにくそうな道。
左側に視線を向けても薄暗い森へと続く歩きにくそうな道。
「……あぁコイントスする前に気づくべきだった。どっちも同じような道だった」
★
今後の方針を決めて立ち上がり、左側に足を進めようとすると、草むらからガサガサと音が聞こえた。
さっきの白い人影か何かだろうか。
それならこの森の出口に案内してもらいたいところだが。残念ながら違った。
ピョコンと顔を出したのは白い兎だった。
「わぁ〜この世界にもウサ……」
だがその台詞を最後まで言うことはできなかった。
突然、前方にあった草がスパッと何かに斬られて宙を舞った。背筋がゾクっと走ったのと同時に、兎がピョーンと跳ねて着地した。
見た目は兎だ。しかし、兎の右手には明らかに普通の兎では持てないであろう大きさの人参があった。
普通の兎が片手で人参は持てない。
少なくとも琴花は、そんな兎を知らない。知ってるわけがない。聞いたことも見たこともない。
異世界だし、生態系が違うと言われればそれまでだが、それでもこの兎は明らかに異質な存在だと琴花は感じた。
全身が柔らかい体毛で覆われているのは琴花がいた世界とは変わらない。
体長も30センチ程度だ。
違うのはその手に持っている人参のほうだ。
通常に比べて、遥かに太くて大きい。
色も、なぜか紫色でそれが一層不気味さを醸し出している。
ウサギの体長の約3倍ほどの長さの人参は、まるでどこかの戦士が担ぐ大剣のようなイメージを湧かせた。
友好的な雰囲気とは程遠い空気が流れる。
どう見てもその持ってる人参を食べ物としてくれる様子もない。
この兎は兎の姿をした全く違う何かだと琴花は推測する。
ジリジリと近寄ってくる兎。
ジリジリとその兎から、距離を置こうとする琴花。琴花と同じく向こうも警戒している。
相手が自分より強いのか弱いのかを見極めているのだろうか。
琴花は周囲および状況を確認する。
だが 残念ながら、武器らしきものはなかった。
さらに間の悪いことに視線を逸らしたことにより、兎は琴花を自分より弱い奴だと認識したようだ。
威嚇に近い鳴き声をあげて、人参の先を琴花に向けた。
これはマズイと琴花は判断する。
狩られる側として認識された。
どうするか……。
武器もなければ、戦う方法もない。
特殊な能力もなければ、ユニークアイテムもない。
ないないづくとはこのことか。
「いや、ある」
弱気になってはいけない。
ユニークアイテムかは分からないが、この世界に降り立ってから手に入れた物がここにある。
琴花はポケットの中から、先程のコインを取り出した。
「たぶん、ここでこのコインを使うんだ」
ラノベ的な展開ならば、ここでコインに何かしらの力が宿っていて、この窮地を救ってくれるはずだと。
ありきたりではあるが、答えは明白である。
こんな森の中で放置プレイ。
仲間もいなければ、説明も何もなし。
あるのは【元 汚れたコイン】だけ。
ここで使わなければ、いつ使うか。
今でしょッ!
思わず予備校講師ばりにポーズを決めたくなるが、今はそれをやってる余裕も暇もない。
この窮地を脱する事が最優先事項なのだ。
ポーズはその後、気が済むまでやればいいのだ。
琴花は、キッと人参を持つ兎を睨みつけた。
ユニークアイテムの効果がどんなものか分からない。だが、何もないのと比べると心強く感じる。
兎との距離が徐々に狭まる。
琴花は、コインを空に向けてかざす。
「コインよッ! この不浄なる者を倒したまえッ!」
少し中二病的なセリフに赤面しそうになったが、そんなことを言っている場合ではない。今こそ謎のアイテム【コイン】の真価が問われる時なのだ。<PBR>
ここらでスバーンと……。
ズバーンと……。
ズバー……。
ズ……。
「あ…………れ?」
しかし、何も起こらなかった。
うんともすんとも起こりゃしなかった。
コイン残数 7枚。
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