コイン磨きの聖女様 カクヨム版

聖魔鶏カルテペンギン

第1話 001枚目 牧師の娘、アップルパイ片手にむせび泣く

 神様は人を創り、祝福そして愛するために地上に置かれた。

 生まれる前からもう神様に愛されているのだ。

 お前は幸せになるために、生まれてきたのだよ。

 と両親はいつも言っていた。

 今度こそ幸せになれると信じていた。

 過去に何回か、勇気を出して告白してみたが、駄目だった。そのたびに心が砕けていく。それでもいつかは幸せになれると東海林(しょうじ)琴花(こいろ)は信じていた。

 今度こそ大丈夫。何回かデートや食事もした。趣味や年齢も近いこともあり、共通の話題で盛り上がりもした。

 彼なら大丈夫。

 今度こそ幸せになれる。

 そう信じて……。

「あぁごめん。尽くす女っての俺っちダメなんだわ」

 ショッピングモールで一通り買い物を済ませて、琴花お手製のアップルパイを食べ終えた彼は、指についた粉を舐めながらそう答えた。

「なんでもかんでもやってあげますって奴? 正直重いし、それに好きな子いるし」

  手作りのアップルパイを喜んで食べてくれた口から、琴花を否定する言葉が紡がれていく。

「君さ、料理上手ですっげぇ〜いい子なんだけどさ。向こうのほうが大人っぽいし、スリムだし、巨乳だし、性格も俺っち好みなんだよね〜」

「……そ、そうなんだ」

 毎日のお祈りも、感謝の祈りも欠かしたことはなかった。これが熱心に神様に祈りを捧げてきた者への答えなんだろうか。なら神様はとても残酷だ。

「まぁ君は真面目だからさ、そのうち良い奴見つかるって。俺っち応援すっからさ。ほいじゃね〜」

 一方的に喋ると彼はポンと琴花の肩を叩き、去っていく。

 その場に残されたのは手作りアップルパイの入った紙袋をぶら下げた琴花だけだった。


 東海林 琴花はセミロングで前髪を少し斜めに分けた髪型と黒縁の眼鏡。小柄な体型のせいか、女性というよりか少女とよく間違えられることがある。

 アルコールを買うとき、たまに店員に未成年にはお売りできませんと言われることもある。

 大人っぽいだの、スリムだの、巨乳だのと先程、彼に言われた言葉は、まさに琴花という女性を全否定したものだった。

 見た目もどことなく幼く見えてしまうし、何より体型も普通である。馬鹿な男ほど外見に走り、内面の良さに気づかない。嘆かわしいものである。

 そんな外見をした少女Aならぬ東海林 琴花は、車の中にいた。

 両目には涙を。

 手にはアップルパイを。

 口にはパイの粉を。

 お手製のアップルパイは、今胃袋へと引っ越しの途中だ。

 美味しい物を食べれば、大概笑顔になる琴花も、さすがに悲しみという感情には勝てなかった。

 ひとしきり泣きながらアップルパイ2切を食べ終えた彼女は、自分の顔を確認すべく、手鏡を取ろうとバックの中に手を入れた。

 しばらくバックの中を手でガサガサすると、さっきまで真っ赤にしていた顔がスーッと青くなっていく。

「え? え、ちょっと。えぇッ?」

 バックに視線を向ける。どこを見てもない。

 外ポケットや内ポケット探しても見つからない。

 逆さまにし、中身を床にぶち撒けてみてもない。

 中身の入ってないバックとぶち撒けたものを交互に見る。

 やはりない。

 どこにもない……。


 そう……。

 財布が……。

 生活費など必要な資金やカードが入った財布が……。

 小さいバックだったので、もしかしたら気づかない内にバックから落ちてしまったのかもしれない。いつもなら気づいたかもしれない。

  だが、失意のどん底であった琴花は落ちた財布のことに全く気づきもしなかったのだ。

「もうやだよ、なんでなんで」

 枯れたはずの涙がまた溢れてくる。

 お化粧など知ったことではない。

 もうグチャグチャである。

「ずっといい子でいたつもりなのに」

  何も悪いことなんかしていない。なのに振られたうえに財布まで落とさなくてはならないのか。財布の中には免許証から銀行のカードまで入っている。

 しかもよりにもよって給料が入ったばかりだった。

【神様はいつもお前を見ているよ、いいことをすれば、ちゃーんと幸せをプレゼントしてくれるよ】

 脳裏に浮かぶ両親の言葉を琴花は「嘘だッ!!」と否定する。

「いつも見てるなら、何とかしてよッ! あたしは幸せになるために生まれたんじゃないのッ! ちゃんと毎日神様に祈ってるじゃないッ! 食事の前の祈りだってしてるじゃないッ!」

 怒りと悲しみ、二つの感情がぶつかり合う。

 手に力が入った。少なくとも自分の周りには神様はいないのだろう。

 いるなら、こんな酷い状況にまで追い込まれているはずはないのだから。

 手鏡に映る琴花の顔は、ひどく歪んで見えた。

 涙で視界が歪んでいるからか、化粧が崩れてしまったのからか、原因は分からない。

 もしかしたらその両方なのかもしれない。

 眼鏡を外して、持っていたハンカチタオルで涙を拭う。

「とにかく探しに行かなくちゃ」

 眼鏡を掛け直した琴花は車のドアを開けて、外に飛び出した。

  この辺で今作のヒロインについて簡単に説明しておこう。東海林(しょうじ) 琴花(こいろ)は日本生まれの21歳である。実家は教会であり、父親は牧師である。母親も、もちろん熱心な信者である。

  幼少期からそういう環境にいたので、必然的に実家の手伝いや神様への祈りを捧げてきた。

  高校を卒業して実家を出て、大阪か名古屋の企業に就職したいと思っていたが、親の猛烈な反対により、渋々実家近くの企業に就職した。

  仕事と日曜日には実家の手伝いを両立した生活も、3年経てば慣れてきた。

  不満がないと言えば嘘になるが、男性運の悪さを除けば順風満帆な生活ともいえた。


 これからも続いてゆくであろう平和で退屈な日常。

「……あれ?」

 少なくとも今日までは続いていた。

 続いていたのだ……。

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