47話 私のルーツ

 「嬉しい。お姉様がお兄様所に嫁ぐならいつでもお姉様に会えるもの。お兄様、絶対お姉様を離さいないでね」


 そういってアイリは喜んでくれた。

 ああ、なんてアイリは姉思いなのかしら。

 兄妹で結ばれることに嫌悪感を示すのが普通のことなのに。

 アイリの優しさが身にしみる。


「アイリありがとう……」


 私は思わず、アイリのもとに行き抱きしめてしまう。

 抱きしめながら泣いてしまった私にアイリは黙って抱かれるままになってくれた。


「お姉様くるしいよー」


 私が泣き止むのを待ってからの発言はいつものやり取りだった。


「ごめんなさい。アイリが愛おしくてつい」


 私もまた泣きそうになるのを堪えて何時ものように返した。


「お姉様で義姉様かぁ。複雑だね」


「うふふ、そうね」


「じゃあ僕は?」


 兄様もアイリに同じ様に言って欲しいみたい。


「お兄様で義兄様だね」


 アイリは素直に兄様の欲求を満たしてくれた。

 アイリの優しさが神クラスで尊い。

 目尻が下がってだらしない表情になる兄様。

 嫉妬はしませんとも、シスコン=兄様、兄様=シスコン、そんな兄様を含めて愛してしまったのだから。


「アイリも可愛い妹で、可愛い義妹よ」


 それから私が恐らくユニスリーの血を引いていないだろうことをアイリに伝えた。

 

「それなら尚更御兄様と一緒になるのに問題ないね。私お姉様の銀髪いいなーって思ってたんだよ」


 アイリはそう言ってくれた。

 それから、アイリはいっぱい私に甘えて休日を過ごした。

 私も喜んで全力で応じたのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



 年が明け、コアトレーニン様の挙式が行われた。

 兄様は招待されなかった。

 兄様は二度と友と思うことは無い奴だから気にしない様言っていたけど、私としてはやはり心が痛む。

 

 力を使って人の精神や感情への介入は、やってはならない事だと思う。(覗くのはやってるけど)

 だから、2人の意志が絶縁を望むなら仕方がない。

 でもコアトレーニン様も心根は悪い方ではないはず。

 出会った当初は思いやりのある紳士な方だった。

 私が原因だから、時間をかけてでも仲直りをさせたいと思う。



 春になり、アイリは中等位3年に進級した。

 兄様も年始めに騎士団を退き、領地経営に本腰を入れるようなった。

 兄様は領地に帰らず王都に残っている。

 王都に残っているのは私が学園の臨時講師をしているからでもあるし、領地に居る父様が健在でいらっしゃるので今まで通り王都に居ながらでも大丈夫だったからだ。

 しかし視察に行く時だけはそうも行かないので私が留守を預かることになる。

 私は寂しかったけど、私も臨時講師を受け持っているので王都を離れる訳にはいかなかった。

 私は兄様の居ない時の寂しさは秘蔵兄様ボイスを脳内再生して聞いた。


『リリー。愛している…』


 その言葉を聞く度に私はときめいてしまう。


 また、アイリが貴重なお休みも利用して会いにきてくれるのでそのお休みに向けて万全のおもてなし体勢を維持する必要もあった。

 私はアイリや兄様に手料理を振る舞えるように料理の修行も開始した。スイーツ作りとはまた違ってそれはそれで楽しい。



ーーーーーーーーーーーーーーー


 

 私と兄様はある日、お祖父様に面会を申し込んだ。

 学園には事情を話し、その日に合わせて20日程の休みを頂いた。

 私の講義は順調だったので問題は無い。

 宿題は出させて貰ったけど。


 途中、父様も合流して3人でお祖父様にお会いする事になっている。

 ちなみに父様にはまだ兄様との事を話していない。

 

 王都を出発し、途中実家に寄って父様を拾い、お祖父様の領地に向かう。

 片道12日程の道のり。

 といってもお祖父様のいるトロフォル公爵領は王都に近いので、単に王国辺境のユニスリー領に寄った為日数がかかるだけである。


 これから会うお祖父様は、母方の祖父。

前トロフォル公爵だった方で家督と爵位を息子の現トロフォル公爵に譲った際、国王から大公の位を授けられた人物である。

 通常この国で大公の爵位を賜るのは王族のみでそれも1代だけ。

 だから大公の子孫は公爵か侯爵となる。

 しかしお祖父様はあまりに功績が大きく、特別に大公位を贈られたのである。

 もっともお祖父様の場合は名誉爵位なので、実益はないのだけど。

 現在は悠々自適な隠居生活を送っている。


 「おお! リリーよく来た。会いたかったぞ!会う度に美しくなっていくのう」


 お祖父様は私の手を取り喜んでくれた。


「私もお祖父様にお会いできて嬉しゅうございます」


 私が微笑むと、お祖父様も嬉しそうにしてくれる。


「そうかそうか、相変わらず優しいじゃ」

 

 父様と兄様も当然挨拶をしたのだけど。


「おう、そなたらも息災でなにより」


 と、私の時とは温度差のある適当な対応だった。


「それで、3人揃ってわざわざ来たのじゃ。用件はなんとなく判る。ワシも頭がボケる前に話すつもりだったから、いい機会かもしれん」


 話は夕食会の席でする事になった。

 夕食会は私達3人の他にはお祖父様と伯父様(現トロフォル公爵)の5人だった。

 お祖父様の話が他に聞かせられない内容であることを物語っていた。


 無礼講でとの事なので談笑しながら食事を楽しんだ。

 そして食後の紅茶を飲みながらお祖父様の話は始まった。


「そろそろ真実を知ってもいい歳じゃろう」


 お祖父様はそう切り出した。

 内容は私の思ったとおりだった。


 私は父様と母様の子ではなかった。

 私の本当の父の名は教えて下さらず、ただ『さるお方』とだけ仰られた。

 お祖父様より身分の高い方という事はわかる。

 であればこれ以上の詮索はしない方がいいと思った。

 私は本当の父を知りたいと思わない。

 私の父は目の前にいるもの。

 

 そして、私の生母はだった。

 お祖父様には息子1人に娘3人の計4人の子がいる。

 お祖父様の息子は私の目の前にいる伯父様で、ルーミラお姉様のお父上でもある。 

 長女の伯母様は現国王様に嫁ぎ、お后様となった。

 次女の伯母様も他家に嫁いでいる。

 三女はお母様でユニスリー家に嫁いできた。

 ここまでは私も詳しく知っている。

 しかし、実は末に4女である叔母様がいる。

 その事は以前ルーミラお姉様よりチラリと聞いたけど、どの様なお方かは知らなかった。 


 4女の叔母様だけ、お祖父様の正妻、つまりお祖母様の子では無く愛妾の子だった。

 お祖父様の愛妾のお方が私の本当のお祖母様で私と同じ銀髪、碧眼だった。

 お祖父様が幼少の私の髪を愛おしそうに撫でてくれたのは、愛妾のお方を懐かしんでの事だったのだろう。

 正妻であるお祖母様は愛妾のお方を嫌っていた。

 その為、お祖父様は愛妾のお方を別邸に住まわせた。

 やがて、愛妾のお方は娘を生み、その子をお祖父様は4女として貴族籍に入れた。

 そして、愛妾のお方はその子が5歳の時に流行病でこの世を去った。 

 しかし正妻であるお祖母様は4女(叔母)の存在を認めて居なかった。

 だからお祖父様は表向きは4女(叔母)をメイドとして本邸に住まわせた。

 幸いにして4女(叔母)はお祖父様の髪と目の色を継いで、この国では一般的だったで目立つことは無く、またお祖母様に会うことが無い様にしたのでトラブル無く月日が流れた。 

 

 長女の伯母様が当時の王太子(現国王)と婚約し、王都の聖女学園に通うことになった。

 その時伯母様付きの侍女に4女(叔母)を選んだ。 

 お祖母様の目の届かない所に行くのがいいと思ったからだそうだ。

 それに長女の伯母は4女(叔母)の素性を知った上で可愛がっていたし、教育もしっかり家庭教師をつけていて学力的にも問題がなかった。

 4女(叔母)は侍女として伯母様をサポートしながら自身も勉学に勤しみ無事高等位の修了証を取得した。

 伯母様は聖女学園の卒業と共に王宮に入りその翌年、予定通り王太子妃となった。

 お付きの侍女の中には当然4女(叔母)もいた。

 

 お祖父様の元から全ての娘達が嫁いで去り、暫くは平和に過ぎた。

 ところがある日、4女(叔母)がお祖父様の元に返されてきたのだ。

 4女(叔母)は身籠っていた。

 何があったのかは想像に難くない。

 そして生まれて来た子が私だ。

 私は隔世遺伝で銀髪、碧眼で生まれてきた。

 私の生母(4女)は産後の肥立ちが悪く、私を生みまもなくこの世を去った。

 そして私の銀髪・碧眼が問題になった。

 まだお祖母様が生きており、トロフォル家で育てるのは私の命が危ぶまれた。 

 そこで国内にいて、私を匿える3女である母様が私を引き取ることになったのだ。

 父様であれば安心できる点もあったらしい。

 ただし実は私の貴族籍はユニスリー家では無く、トロフォル家で登録され、その後ユニスリー家の養女となっている。

 その事を私は内心喜んでしまった。

 予想以上に理想の状況だった。


 ちなみに私が初めてお祖父様に会ったのは、お祖母様の葬儀での事。

 お祖母様は死ぬまで私の事は、母様の実子と思い込んでいたのだった。 

 以降、お祖父様お会いする機会は度々設けられ、お会いする度に私を可愛がってくれた。

 

「そうだったのですね」


「驚かんのじゃな。知っておったか」


「私の髪の色だけがユニスリーに無い色なのに私は何故か疑問に思いませんでした。でもある時兄様と似ていないと言われたのがきっかけで気付きました」


「そうじゃったか」


「お祖父様有り難うございました。お聞き出来て良かったですわ」


「それで、素性を知りたいだけではないのじゃろう?父親を伴っった理由を教えてくれないか?」


 お祖父様の言葉に父様や伯父様も頷いた。

 私は兄様を見た。

 兄様は私の視線を受けて頷いた。


「お祖父様、伯父上、父上、僕はリリーを妻に迎えたいのです」


 暫しの沈黙。


「ダンベル、リリーは妹なのだぞ」


 父様の反応は予想通りだった。

 だから、この場で打ち明けることにしたのだった。

 お祖父様は私の目をみた。

 私は兄様の堂々とした言葉に顔を赤らめてしまっていた。


「まて、リリーの言葉を聞こうじゃないか」


 お祖父様が私にウィンクして言ってくれた。

 父様も一旦落ち着き、私の様子に驚きつつも話を聞く体勢になってくれた。

 数泊の静寂。

 私も覚悟を決めた。


「……私も兄様……ダンベル様の元に嫁ぎたく存じます……ダンベル様をお慕いしております」


「リリー……」


 父様が小さく呟く。


「なら、話は早いではないか。リリーの貴族籍はトロフォルになっておるし、ダンベルとリリーの母方の祖母は別人じゃ。リリーを一度トロフォルに戻せば何の問題もない」


 お祖父様はそう言って笑った。

 その後、厳しい目つきになった


「リリーとダンの噂は聞いておる。これではリリーを貰ってくれる者はおらんし、噂を広めているリッシルトの小僧めの元には絶対行かせられん。ユニスリーに嫁ぐならワシも安心できる」


 お祖父様は今回の噂の件、黒幕まで全てご存知だった。

 私はお祖父様から詳しい話を聞いた。

 兄様と私が爛れた関係に有るという噂の発信源はコアトレーニン様で間違いないとの事だった。

 私の貰い手を無くし、ほとぼりの覚めた頃、父様に側妻として貰いたいと申し込むつもりなのだろうとお祖父様が語ってくれた。 

 

 兄様を心配したけど、兄様は私に優しく微笑んでくれた。

 父様の目は怒りに燃えていた。

 私はコアトレーニン様がそこまで堕ちてしまった事が悲しかった。

 これでは仲直りは難しい。

 私もその気が無くなってしまった。


 大公になり、隠居しているとは言えまだ、お祖父様の権力ちからは健在だった。

 眼光もまだまだ鋭く有無を言わせない意志を、伯父様と父様に向ける。

 2人も同じ結論に達したのか静かに頷いた。

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