39話 私の兄の想い

 僕の妹リリーが仕事を手伝ってくれる様になり、妹はすっかり元気を取り戻した。

 あれだけ可愛がっていた末の妹アイリに突如NOを突きつけられたのだからショックを受けるのも当然。

 僕としてはアイリが反抗期に入り、リリーを嫌ったとは思っていない。

 きっとリリーの幸せの為なのだと思っている。

 だって、あの天使のようなアイリが意地悪なんてする筈がない。


 ともかく、リリーが僕の仕事を手伝ってくれるようになった。

 リリーとこんなに長期間一緒に居られるなんて夢のようだ。


 僕はリリーに甘えてばかりで兄らしい事を全然出来ていない。

 幼少期の僕は騎士学校に入学する為に必死だった。

 だから余りリリーやアイリに構ってあげれなかった。

 また、リリーは僕以上に神童で勉学については全く教える必要も無く、淑女の作法、礼法なども直ぐにマスターしてしまった。


 僕は騎士養成学校に入学してから一度も帰省出来なかったし、そのまま王都で暮らす事になってしまった。

 だから、妹達との再会は実に8年ぶりだ。

 アイリはより可愛らしく、リリーはとても美しく成長していた。

 妹達の自慢の兄たれと精進してきたけど、有名になりすぎて却って迷惑かけてしまった。 

 ここまで兄らしいことはまったく出来ていないダメな兄だけど、リリーに少しでも兄らしい事をしてあげたいと思う。


 とは言え、判っている。

 本心を言えば、僕が養うからずっと一緒に暮らしてほしい。

 でも、リリーの幸せを考えると、このままという訳にもいかない。

 僕は兄だ。

 リリーも兄として僕を慕ってくれている。(はず……)

 それでいい、それ以上は望んではいけない。

 彼女は妹だから。


 だが、今年18歳で成人する肝心のリリー本人に、どうも意中の男性が居ないようだ。

 今までリリーはアイリの事しか頭に無かったので男性を意識して見ていない様でもあった。

 そして、社交界に顔を出さないので知り合う機会も無い。

 嬉しいような、困ったような複雑な心境だった。



 話は遡り去年の事になる。

 学園祭の前あたりだったかな。

 ある日トレーニに決闘を申し込まれた。

 と言っても正式なものではない。

 

 以前『僕に勝てない男に可愛い妹の未来を任せる訳にはいかないよ』と奴に言った事がある。


 リリーに結婚を申し込むために僕に挑んできたのだ。

 正式な決闘をすると、理由が理由なだけにリリーに怒られそうだったので訓練場にて試合という形を取った。

 

 勝敗はどうなったかって?

 僕が負ける訳がない。

 トレーニもいい線いったのだけどね。

 僕には僕の妹愛がMAXになった時に発動するスーパーモードが有るから。

 リリーがこの男に泣かされる姿を思い浮べれば、即時発動できるのさ。

 

「それは反則だろ!」


 トレーニはそう言ったが、敗者が語っていい事など無いね。

 しかし、トレーニですら僕に勝てないとなると、リリーは生涯独身になってしまう。

 しかもその事で恨まれたら本末転倒だ。

 まぁ、あの優しいリリーが恨むとは思えないけど。

 せいぜいあの冷たい眼差しを向けられるくらいか。

 それもゾクゾクしてイイ! けどね。


 スーパーモードを使わなければ、トレーニは僕と互角だ。

 ふむ、致し方がない。

 リリーの為、ここは合格としようか。


「公式じゃ無いし記録に残らないからいいじゃないか。常勝騎士殿」


「記録などどうでもいい。貴様に勝てなければ意味がない」

 

「いや、僕に勝てなくても目的は達したさ。君ほどの強さがあれば妹を守ってくれそうだ」


 平和な世の中で武力が必要な物騒な事態はそうそう起きないけど、何がおこるのかわからないのが世の常というもの。、

 やはりリリーを守れる武力位は持ち合わせてほしいね。

 コイツなら権力の方でもリリーを守ってくれそうだ。


「いいのか?」


「僕に勝てるまで続けてもいいけど」


「いや、次の段階に進む」


「そうか、健闘を祈る。リリーは僕より手強いよ」


「今はアイリ譲に夢中か……」


「そういうことさ」



 そんなやり取りがあったのだが、それから暫く奴は動かなかった。

 そして春になり、リリーの状況が変わった。

 リリーはこの屋敷で僕の仕事を手伝うことになった。

 リリーの心にぽっかり開いた穴は徐々にだけど、仕事へのやり甲斐で埋まっているようだ。

 それに心なしか、妹分補給時にリリーから甘い雰囲気を感じる。

 僕の胸に顔を埋めてくれるにようなった。

 だから妹分の補充時間がついつい長めになるのは仕方が無い。

 だいぶ兄として信頼してくれる様になった……と思うことに。

 幼い頃に甘えられなかった反動がでているに違いない。

 

 しかし、いずれトレーニの奴がリリーを抱きしめ、リリーがうっとりとその胸に顔を埋めるとか想像すると実に凹む。

 あの時もっとコテンパンに叩きのめしておくべきだった。


 

 どういうつもりかトレーニが一向に動かない。

 リリーが体調を崩しがちの時に、何度も見舞いに来ては面会拒否されたから仕方が無いのだが。

 機会を伺っているなら、協力することにしよう。

 ただし、僕はリリーとトレーニをくっつけたい訳では無い。

 リリーにはリリーの思うところが有るはずだ。

 もし振られたらトレーニには諦めて貰うからね。


 と言うことで、僕は敢えて失言をした。

 同僚達にリリーが僕の秘書をしていると言ったのだ。

 リリーは社交界に出ては来ないがその噂は貴族達に広がっている。

 ユニスリー家ご令嬢は大層美しい才女であると。

 才女の方は聖女学園のでの活動で示されており、学長殿も褒めていた。

 そして学園祭で直にリリーを見た騎士学校の生徒達や来賓で来られた方々の証言もあり、美しさの方も事実として広がっていた。

 実はパーティーなどへの誘いも多数来ていたが、代わりに僕が出る等の対応を取りリリーの参加は丁重にお断りしていた。

 こう言ってはなんだけど、僕も華があるからね。

 それでなんとかなっていた。

 ただ、大抵の場合、翌日決闘沙汰になるのはなんでだろうね。


 そして案の定、僕の漏らした話は直ぐに広まった。

 リリーが学園から出てきて、フリーとなったのだから今がチャンスと考えたのは皆同じだった様で僕への面会が殺到した。

 僕に会いたいならリリーには会わせないよ、の様な意地悪はしないさ。


 トレーニに会うのは最後にした。一応リリーが気に入る男性が現れるかも知れないからね。

 皆、僕に会いに来るのを口実にリリーと顔見知りになりたいだけなのは判っているが、中には僕と面識もないのに僕の友達なんて挨拶をしている輩もいて苦笑するしか無かった。

 そんな僕の様子からリリーは事実を察しているようだった。

 

 結果から言えば、気に入った男は誰一人居ない様だった。

 後はトレーニ次第。

 僕がケツをひっぱたいた効果があって、トレーニも覚悟を決めてリリーに告白した。

 これでリリーが断れば万々歳と言いたい所だったが、残念ながらそうはならなかった。

 

 リリーがもしも家の為と考えているなら本末転倒になってしまう。

 ユニスリー家は既にトロフォル公爵家の後ろ盾もあり、今更リッシルト公爵家との結びつきはそれほど重要ではない。 

 家は関係なくトレーニが気のいい男だからこそ、今回協力した。

 リリーはトレーニと探りながらでも今後の自分の幸せを掴んでほしい。

 

 リリーがトレーニの告白を受け入れた以上、僕の秘書も長くは続けられない。

 せっかく妹に兄らしいところを見せようと思っていたけど、残された日は多くない。

 これから、何をしてあげれるか真剣に考えないとだ。


 

 ふぅ、それにしてもリリーが結婚するなら、父上から僕の方もと急かされるのだろうね。 

 只でさえその気が無いのに、リリーロスとなった僕が果たして結婚する気になるのか不明だけどね。

 僕にとって理想の妹はリリーだ。

 そして理想の女性もね。

 だから多くの女性に会ってきたけど心を奪われる事がなかった。

 僕にとっての問題は愛する妹を女性としても愛しているという点だ。

 当然、リリーに気取られる訳にはいかない。


 養子もらう……かな。

 リリーが子沢山で継ぐ家が無い子がいた時は成人時に養子にしてもいいな。

 それだけで僕はその子を愛せる自信が有る。

 うーんその場合、最低でも5年くらいはのらりくらりと婚姻話は躱さねばならない。

 難儀な事だなと思う。

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