38話 私の決断

「ふう疲れた。リリーも大変だったね」


「ふふ。お疲れ様です」


 お見えになられる方が私の手の甲にキスをする度に切れそうになる兄様を暗に宥めた私の方が疲れましたけどね。

 毎回兄様の手を握り、あとで妹分の補充を約束して宥めたのだ

 30分単位で入れ替わるお客様に対応する為、家中はてんてこ舞いだった。

 父のいる領地の本邸ならわかるけど、普段の王都の邸宅への来客は多くても1日に1〜2名だし、トレーニ様が圧倒的に多い。

 今回はお客様を待たせないよう、事前に時間を指定させて頂いた。


 兄様曰く、今回は皆目的が同じだからライバル同士が顔を合わせる可能性を無い様にしたほうがいい。待たせた時間で優劣を判断されても困る。だから時間も申し込み順と言っておいた。


 兄様の言うとおり、お客様方の目的は縁談を申し込む為、まずは私に挨拶する事だった。

 私は王都の舞踏会やパーティーに一切参加したことが無いので知り合う機会を持たせなかったから。


「リリー目的なのがあからさま過ぎてゲンナリしたよ。噂の美麗なる令嬢を見れて感激したとか、よく言えたものだ」


「兄様、言わないで下さい。恥ずかしいです」


「はは、すまない。さて最後はあいつか」

 

「はい最後はトレーニ様です。そろそろ到着なさる頃です」


 私はお見舞いにいらしたトレーニ様を都度追い返す等失礼をしている。

 お会いしてお詫びしなければならない。


「トレーニなら、恐らくもう来ているよ。さてアイツはなんて言ってくるかな」


 トレーニ様が私に? まさかね。 

 兄様が断じた直後ノックされた。

 私が出ると兄様の予想通りトレーニ様が既にお待ちであるとの報告を執事より受ける。

 兄様を見ると、兄様は頷いた。

 お通しする様伝えると、2分と待たずトレーニ様が入ってきた。


 私はトレーニ様に挨拶とお詫びを述べる。

 トレーニ様は柔和な笑顔を浮かべ、私の手の甲にキスをすると、気にしない様にと言ってくれた。


「トレーニ、先日会ったばかりだろう?勿論僕に用があってきたんだろうね」


 2人の会話はいきなり兄様よりの先制パンチで始まった。


「勿論だ。文句があってな」


「先日の発言に文句を言われる筋合いは無いと思うけど」


「お陰でリリーに迷惑をかけているだろう」


「口を滑らせてリリーに迷惑かけているのは事実だけど、それを君に怒られるのは違うと思うな」


「む、まぁそうだが、さては俺を最後にしたのはわざとだな?」


「真面目に答えれば、リリーに選ぶチャンスを与えたのさ」


 本来2人の会話に割って入るのは礼を欠いている。

 でも私の事で喧嘩しているとなればそうもいかない。


「トレーニ様、兄様、お話中に口を挟む無礼をお許しくださいまし。されど、わたくしは迷惑だなんて思っておりませんわ」


「ああ、こちらこそ熱くなり済まなかった」


 私の口調の変化を気にする様子もなく、トレーニ様は冷静になってくれた。


「できた妹で助かるよ。で、トレーニ本当の用を済ましたらどうかな?その為に君を最後にしたんだ」


「そうか……そうだったか」


「他の者は挨拶しかしていかなかった。君もそうするならそれでもいいさ。今日はいいお酒を揃えているよ」


「酒か」


 2人の会話に私は息を飲む。

 兄様の話しているのは私の縁談の話。

 既に覚悟はしている。

 ただ、心が締め付けられる思いがするのは何故?

 家の為に嫁ぐのが貴族の家に生まれた女の宿命。

 私も今年18歳になる。

 私の事は兄様に任せられているから、私は兄様が認めた縁談なら文句はありません。

 なのに、そのことを考えると寂しい。


「今日は重要な用で来た。返事を貰ったら帰るさ」


「そうか、外そうか?」


「いや、構わん」


 2人の会話が意図することは直ぐに判った。

 兄様もトレーニ様もずるいですよ。

 私は、兄様に自分で決めていいと言われた様だ。

 トレーニ様は公爵家。

 ユニスリーのお家にとって悪い話にはならないと思われる。

 今日お会いした方々の中で選ぶならトレーニ様が一番信用できそうだった。

 でも、兄様はそれでいいのかしら?


 トレーニ様は私の前に立ち、跪いた。

 私はトレーニ様にどんな表情を向けているだろう?


「ユニスリー辺境伯ご令嬢リリエナスタ譲。貴女を我 妻として迎えたい。生涯をかけて守り抜くと誓う」


 その言葉に、私は答えられずにいた。

 覚悟を決めているはずなのに。

 今兄様の方を向く訳にはいかない。

 私は静かに目を閉じ、自らの心に語りかける。


<リリー、お家の為よ。トレーニ様が私を想って下さっているならこれ以上の幸せは無いのよ。だからリリー……覚悟を決めなさい>


 目を開けた私の言葉を静かに待つトレーニ様。


「申し出有難うございます。喜んでお受け致します」


 私は立ち上がったトレーニ様に抱きしめられた。


「よかった!リリー、大切にする!」


 私は今トレーニ様に抱きしめられている。

 兄様以外の男性に抱きしめられている事に違和感しか感じなかった。


「トレーニ、まだ正式な婚約ではないんだ。リリーも困っている。それくらいに」


 あ、兄様の機嫌が最悪に悪くなったわね。


「済まない。喜びのあまり、ついな」


 トレーニ様が喜んでくれる。

 きっと、これでいいのだろう。


「兄様、よろしくお願いします」


「ああ、判っているとも。トレーニ、君のお父君リッシルト公爵殿と当家の主である父とで婚約の取り交わしをしたいのでとりなしをお願いしたい」


「ああ、勿論だとも」


 トレーニ様は常勝騎士と称賛され、女性に人気のあるお方。

 私と婚約したと知れ渡れば、アイリに影響出るだろうか?

 いえ、アイリはシャルと仲良くしているし、聖女学園の生徒にも人気が有る。

 大きな影響は最早出ないと思う。

 アイリは無敗の貴公子の妹でもある事が学園中に知れ渡っているのだから。


「兄様、決闘は止めて下さいましね」


「流石リリー。お見通しか」

 

 兄様は肩を竦ませてみせた。


 常勝騎士vs無敗の貴公子のカードは実現させてはいけない。

 アイリの為でも無く、私の為でも無く、トレーニ様の為でもない。

 兄様の為。

 兄様の為に実現させてはいけないと思った。

 



ーーーーーーーーーーーーーー



 忙しい一日が終わった。

 私は自室で星空を眺めていた。

 兄様の長い妹分補給も終わり、やっと訪れた一人の時間。


<こうしていられるのもあと僅かになるのかな>


 トレーニ様のご様子からすれば、年内に正式に婚約、来年の早い時期に婚礼もあり得そうだった。

 

 まずは両家で婚約を取り決め、次に王家へ打診し了承を取り付ける。

 王家の承認のもと、公式に婚約の発表となる。

 だから今日の事はまだ、当人同士の口約束でしかない。

 

<どうして心が弾まないの? 公爵家に嫁げるのは名誉な事なのに>


 答えが出るはずもなく、私は星空を見続けるのだった。

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