29話 私は初のデートに挑む
此処は、王都の大通り。
私は今、トレーニ様の少し後ろを歩いている。
私はメイド服の為、他人からは主人と侍女の様に見えているのでしょうね、きっと。
トレーニ様としては私と並んで歩きたいのかもしれないけれど、私の格好でそれをすると礼儀のなっていない侍女ということになって悪目立ちしてしまう。
それは大変困る。
トレーニ様は人気のある騎士様。
只でさえ女性の注目を集めるので私を知る者が万が一目撃し、恋仲と思われてしまうと都合がわるいのだ。
トレーニ様もその辺りを配慮してくれてこの様な形のデートになっているのだけど、この状況をデートと呼んでいいのかは正直首を傾げてしまう。
それにしてもどこに連れていこうとしているのでしょう?
話しかけて立ち止まらせてしまうのも申し訳無い。
今は侍女として黙って付いていくしかないよね。
トレーニ様がある店の前で立ち止まった。
それはアクセサリショップだった。
「王都で人気の店らしい。寄っていこう」
「畏まりました」
あくまでも主人と侍女を装った会話をする私達。
これは出発前に私がお願いしたことである。
トレーニ様は驚いたけど、納得してくれた。
ただし、あくまで人前ではという条件をつけられてしまったけど。
折角だからアイリに似合いそうなアクセサリーを探そうかな。
学園では指輪、ネックレス、ブレスレッド、ブローチ、ピアス、イヤリング等のアクセサリは禁止されているけど、装飾の少ない髪留めや、カチューシャ、リボンなどは許されるし、ハンカチだって可愛いものはある。
アクセサリでは無いけど最近は筆記用具にも乙女心をくすぐるデザインの物があるらしい。
「コレなどどうだ」
トレーニ様が持ってきたのは装飾と宝石がたくさんはめられた髪留めだった。
「そちらは華美過ぎて学園では身につけられません」
「そ、そうか髪留めは大丈夫と聞いたのだがな」
「ふふふ、ありがとうございます。どちらにしてもその様な高価な品は私には買えません」
「いや、コレくらいは私が出すさ」
「お気持ちだけ頂戴致しますね」
「そうか、でも折角きたのだ、何か贈らさせてくれないか?」
トレーニ様はどうしても私に何か贈りたいみたい。
「それでしたら、こちらのハンカチを2枚お願いします」
「ハンカチでいいのか?アクセサリでもいいんだぞ?」
「ありがとうございます。でもハンカチならこっそりアイリとお揃いにできます」
自分で言って何だけど、〝アイリとお揃い〟というフレーズについつい笑顔が出てしまう。
あら?トレーニ様の顔が赤い。
どうしたのかしら?
ん、あれ?
よく考えると、アイリとお揃いってこれが初めてなんでは?
ああ、今まではアイリを最優先にして私の事を疎かにしてきたから、お揃いって新鮮。
まてよ?折角の人生初のお揃いを貰い物ってどうだろう?
私の手作り品の方がいいのでは。
いえいえ、私が作ったら全てアイリに渡してしまいそう。
でも、それは仕方の無い事、アイリはあんなにも可愛いのだから。
もうアイリの可愛さと言ったら……うふふ…… (うっとり)
「リリー?」
「あ、すみません」
ついついアイリの事を考えて飛んでしまった。
トレーニ様を不審がらせてしまったわ。
変な顔してなかったわよね。
「リリーが望むなら、ハンカチにしよう」
「気を遣わせてしまって……でも嬉しいです(アイリとのお揃い)」
「よ、喜んでもらえて何よりだ」
トレーニ様、本当に顔が赤いわ、ひょっとして風邪かしら?
私はこっそり力を使った。
<体温は常温の範囲だけど少し高め。すこし脈拍が高いわ。風邪の初期症状かもしれない>
私の力で治療も出来るけど、力に気づかれてしまう。
どうしようか?
このあとお茶に連れて行って貰い、飲み物に免疫アップの力を注げば気づかれずに済むかもしれない。
会計を済ました後、私達はまた歩きだした。
この後どうするつもりだろう?
こちらから話すのは主従を装っている状況では難しいけど、こちらからお茶に振りたいわね。
私はあえて少し歩くペースを落とした。
「あっと、済まなかった。歩くペースが早かっただろうか?」
「トレーニ様が早いというより、私の体力が無さすぎで疲れてしまいました。こめんなさい」
本当は全然疲れていないけど、とにかく休憩でお茶に持っていこう。
「そうか、ならどこかの店に入ろうか。喉も乾いただろう」
「お気遣いありがとうございます」
「ちょうど近くに女性受けはしないが落ち着ける店があるんだ」
アクセリー店と違い、人気の店と言わないトレーニ様の優しさが少し嬉しい。
トレーニ様も人気があるお方。
そういうお店を知っているのは当然かも知れない。
案内されたお店は、喫茶店というよりレストランだった。
「お、トレーニか。今日はダンベルとご一緒じゃ…」
「ああ、今日は1人だ」
そう言ってトレーニ様はズカズカとお店に入っていくと、勝手に席についた。
随分と馴染みのお店みたいね。
お店はトレーニ様の仰った通り、どう贔屓目に見ても女子受けする感じではない。
それに、いつもは兄様と来ているみたいね。
二人がひと目をつかないこのお店を贔屓にしているのも面白いなと思う。
私はトレーニ様の後ろに立つ。
メイドが一緒に座るわけにはいかない。
「ここは、畏まらなくていい場所だから。リリーもこちらに座ってくれ」
「畏まりました」
トレーニ様に面倒な手順を踏まさせている事を申し訳無く想いながら、隣の席に着く。
「ここは、騎士団御用達の穴場でな。女子受けする店では無くて申し訳ないが、その分この時間はガラガラで落ち着ける」
「変な説明をしないでほしいな」
お店のマスターさんがメニューをトレーニ様と私に渡しながらトレーニ様を窘めた。
「これはすみませんでした先輩。あと俺はメニューは…」
「お前さんが受け取らないと、お嬢さんが受け取れないだろ」
「ありがとうございます」
「ふう、これだから良家のおぼっちゃんは」
「えっと、あの」
トレーニ様に対し余りにフランクなマスターさんの態度に言葉が詰まってしまった。
「ああ、驚かせてしまったか。この店のマスターは騎士学校時代の先輩なんだよ」
ああ、なるほど。
「俺は落ちこぼれで騎士になれなくてね。従騎士でいるってもの何なんで辞めたんだ。で、料理には自信があったからこうして店を開いたのさ。知る者のみが知る名店ってやつだ」
なるほど、ここは所謂『男の隠れ家』ってヤツなのね。
でも、アイリをここに連れて来ることは無いかな。
「リリーは何にする?」
「あーすまん、女性向けの飲み物は置いてないわ。というかお嬢さんが当店初の女性客だ。トレーニも侍女とはいえ、よく連れてきたな。はっはっは」
なんかとんでもない事を言っているわ。
「そういえば、洒落た飲み物は期待できないな。場所変えるか?」
「おいおい、折角きたんだ。なにか頼んでいけ」
「うふふ。折角なので、このスープで」
「お、お目が高い。そのスープはお勧めだ」
マスターさんもどうしたのかしら顔が赤い。
風邪が流行っているのかしらね。
出されたスープは絶品だった。
その事を素直に伝えると、マスターは喜んでくれて色々と教えてくれた。
料理の話が弾んでしまい………
私達がこのお店を出たのは夕方だった。
その間私達意外にお客さんは居なかった。
こんなに美味しいにどういうことかしら?
兎も角こうして私の初デートは終わったのだった。
帰り道、用意されていた馬車の中で、アイリにもあのお店のスープを飲ませてあげたいな、などと考えていた。
あのスープを一口飲んだ時、あまりの美味しさに力を使って分析してみたけど、難しいレシピではなさそうだった。
でも凄く絶妙な匙加減でバランスが取られた味だと思った。
たとえレシピを貰っても私では劣化版スープしか作れそうにない。
きっとマスターの感覚でしか再現出来ないスープなのだ。
兄様達はいつもこんなに美味しい食事を隠れ家でしていたのね。
スープの味に衝撃を受け、トレーニ様の飲み物に力を使うのを忘れていた事に気づいたのは、トレーニ様に御礼を言い馬車を降りた瞬間だった。
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