第46話 カジノ×宿泊先×一抹の不安

 宿泊先の住所を登録したナビの案内を頼りに車を走らせていく。駅から市街に出ると観光地ならではの高層ホテルが乱立している。その周りにはテレビでよく取り上げられる有名なお店が並び、イ・ラプセルに訪れた観光客がショッピングを楽しむ。その身なりから観光客が富裕層であることが一目でわかる。そもそも市内のホテルは高額で一般人が簡単に宿泊できる施設ではない。そのため一般の観光客はおのずと市外のホテルに宿泊することになるのだが、割合的に富裕層よりも一般の客層が多いことから市外に建つホテルの周囲も栄えている。そして二つの街に挟まれる形でカジノが聳え立つ。夜になれば建物から敷地全体まで豪華絢爛に輝きを放つ。イ・ラプセルが誇る最大の観光スポットであり、同時に犯罪が横行する巣窟でもある。


 カジノの前を車で通ると皆の視線がカジノに向けられた。


「すっげー! これがカジノか!」


 窓に顔を寄せて喰いつくように見るのは哲哉だ。年齢制限からカジノに出入りできない学生が知るのは噂程度の情報。一夜にして一生暮らせる大金が手に入る夢の場所という表面的なものだ。その実態は大金に目が眩んで金をつぎ込んでは失い、取り戻そうと借金して勝負に挑んではまたしても敗北して泥沼に嵌っていく大人たちだ。そうなったら最後は犯罪の片棒を担ぐ者もいれば、自ら主犯となって犯罪に手を染める者が多い。


 カジノに憧れを抱く哲哉に一抹の不安を覚えた那月は注意を促す。


「もしカジノで一攫千金の夢を見ているのなら諦めなさい」


「どうして? それは簡単な話ではないのは分かるけど、可能性がゼロではありませんよね?」


「もちろん、ゼロではない。でもそれは対抗できる腕を持っていることが前提よ」


「対抗できる腕?」


「経営側も慈善事業で経営しているわけではないの。客に一定の勝利を味わせながら。でも最終的には運営側に利益が生まれるように操る技術を持っているのよ」


「な、なんだよ! それ⁉ インチキじゃないですか⁉」


「博打なんてそんなもの。特に人間を相手にする勝負では両者共に必ずイカサマが入るし、それをいかに気付かれないようにするのがギャンブラーの腕の見せ所よ」


「つまり騙し合いで勝てるような技術がなければカジノに通う資格もないということか……」


「運だけで一攫千金を狙えるのなら今頃、どのカジノも火の車よ」


 那月はバックミラー越しに肩を落とした哲哉を確認した。露骨にも思える落胆した様子に安堵の息を漏らす。


 年々、カジノに関わる事件が起きている。なかでも成人して間もない若者の男女が増加傾向にあることが問題視されている。犯罪に手を染めた若者は決まって一夜で大金を手に入れた者が多い。それに味を占めて何度もカジノに足を運ぶうちに負けが積み重なっていく。典型的なパターンだ。


 カジノというものをただの娯楽施設と認識している哲哉を踏み止まらせることが出来たことに安堵していたのは陽も一緒だ。友人がカジノに通い続けた果てに犯罪者となる姿など見たくもない。ただ那月の言葉に一部の真実が意図的に排除されていることにも陽は気付いていた。


 カジノで一攫千金を狙えるのは何も技術を持った者だけではない。稀に女神に愛された本物の幸運を持ってして何もかも手中に収めてしまう人種がいるのだ。中学生時代から付き合いのある哲哉が女神に愛されているような幸運を発揮したことはないことから同種ではないだろう。


 車はカジノの前を通り過ぎて市外区画に入る。そこで調が運転席と助手席の間に顔を見せた。


「スーパーがあったら寄ってください。食糧と飲み物を買っていきますので」


「自炊するのですか?」


「部費だけだと宿泊料金で精一杯だったのよ。それでもホテルは無理だから一軒家タイプの宿を借りて宿泊先は確保できたのだけど、自炊やお風呂を焚くのも自分たちの手でしなくちゃならないの」


 よもや宿泊先で自炊をするはめになるとは考えていなかった一行は戸惑いの様子を見せるも、陽がその空気を払拭させる。


「いかにも合宿らしくていいじゃないですか。それにこのメンバーなら家事全般問題なく熟せるだろうし」


 家族を支えてきたイゼッタはもちろん、那月や陽も任務で潜入する際は自炊をすることも多く、人並み以上の技術はある。


「ありがとう。でもその代わりとは言ってはなんだけど、宿はとても雰囲気があるのよ!」


 宿泊先の宿がどんなものなのか知らない一行からは期待の声が高まる。そのなかで陽だけが不安を募らせていた。調が言う雰囲気が何を意味しているのか、この中で一番付き合い彼だからこそ募らせてしまう一抹の不安だ。そしてそれは的中することとなるのだった。

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