第42話 哲哉×悪癖×暴走

 陽と那月が到着すると大荷物を背負った哲哉が待っていた。到着した陽たちを視界に捉えると物凄い勢いで駆け寄ってきた。否、哲哉の視界に映っているのは那月のみである。そのことを証明するように哲哉は那月を目がけて一直線に駆ける。あからさまに邪まな気持ちを抱いていることを察知した那月は愛用の日傘を哲哉の額の位置に突き付けることで強制的に停止させた。


「それ以上近づくと眉間に風穴を開けるわよ」


「あふ! そんな辛辣な那月さん、マジで素敵です!」


 怖がるどころか鼻息を荒くするほどに興奮した様子を見せる哲哉に那月も顔を引き攣らせる。哲哉は無類の女好きを拗らせて変態性に拍車をかけてしまった男の末路とも呼ぶべき姿だ。容姿が優れているだけに性格で損しているタイプだ。


「この男は相も変わらずの変態ぶりね」


 呆れた声で那月は言う。陽が中学生の頃から続く友人関係であることから哲哉との付き合いも長い。それだけに年齢を重ねるに連れて拗らせていく女好きの性格を心底から心配する。いつ犯罪に手を染めてもおかしくない状態だ。


「陽、貴方も友達は選んだほうがいいわよ?」


「根は悪い奴ではないんだけどな……」


 これまで陽は良くも悪くも哲哉の性格は素直で実直なのだと思って目を瞑ってきた。ただ血の繫がりがなくても親に当たる那月に友人が熱烈に迫るというのは複雑な気持ちになる。まして鼻息が荒く、今に襲い掛かりそうな友人を目の当たりにしては本気で関係を考えてしまう。


 陽と那月、そして哲哉の間で熱量の違いと微妙な空気が発生し始めたのと同時に遠くから届けられた声によって払拭された。


 声の主は睦美だ。普段通り一本に結った髪を馬の尾っぽのように左右に振らせて駆け寄ってくる。白のTシャツに黒のショートパンツに夏サンダルと夏使用に着こなし、程よく日に焼けた小麦色の肌が扇情的に映える。


 駆け寄ってきた睦美の足が止まると怪訝な表情を浮かべた。


「……何してるの?」


 鼻息を荒くした同級生に、その同級生に日傘の先端を向けた女性とその隣で肩を並べて疲労感を漂わせる同級生の光景に睦美の理解が追いつかない。


「哲哉がいつも通り変態性を発症させただけだよ」


「ああ、そういうこと。那月さん、哲哉君がご迷惑をおかけしました」


 哲哉の悪癖を知っている睦美はあっさりと納得すると、迷惑をかけた那月に頭を下げた。


「貴方が謝る必要は一切ないわ。そもそも彼の性癖は私も承知しているし」


 哲哉に突き付けていた日傘の先端を眉間に押し当てて後ずさりさせると、日傘を頭上で差した。無礼な行為はこれでチャラにしとく、その意思表示だ。


「まったく! 那月さんは哲哉のことを知っているから許してもらえたけど、他の人にしていたら通報されちゃうよ⁉」


 哲哉の片耳を引っ張りながら睦美は叱った。彼女の言う他の人とはこの場合、合宿に参加するクラリッサとイゼッタの事を差す。調を除外するのは哲哉の性癖が学校でも有名だからだ。


 睦美のお叱りはごもっともだが、知人に当たる陽からすれば哲哉は命拾いしたと思っている。無駄な殺生を好まないクラリッサは別にしても、イゼッタは問答無用で哲哉の命を奪いかねない。大人の余裕を見せて軽く受け流す可能性も十二分に考えられるが、どちらにしても言えることは二人とも哲哉を瞬殺できるだけの力を保有していること。


「噂をすれば何とやら、ね。噂のお二人も到着したみたいよ」


 那月の声に誘われるように皆が視線を向けると、純白のワンピースに麦わら帽子を被った女の子と落ち着いた格好ながらも大人の魅力を醸し出す女性の姿が視界に入った。前者がクラリッサで後者がイゼッタである。二人を知らない者たちかすれば親子にしか見えない。そして予想通り哲哉が再び暴走を開始した。


 耳を引っ張る睦美の手を振りほどいてクラリッサとイゼッタの下に駆け寄ろうとする。その寸前で陽が襟元を掴み、喉元を締めて阻止した。急激な喉の締め付けに哲哉は泡を噴きながら気絶して倒れた。


「あのー……大丈夫なのでしょうか?」


 クラリッサが膝を折ってしゃがみ込み、気絶した哲哉を心配する。指先で頬をツンツンと何度も差す。そのうちに楽しくなってきたクラリッサは頬を連打する。遂には鼻歌まで奏で始めた。日が昇って間もない早朝から失神した男の頬を指で連打しながら鼻歌を奏でる光景は恐怖そのものである。


「一種のホラーね……。ほら、その辺りでやめておきなさい、クラリッサ」


 那月はクラリッサの腕を掴んで強引に立ち上がらせた。哲哉は気絶させた責任として陽が立ち上がらせて背負い、大荷物を片手で担ぐ。


 その直後に調が到着した。部長という立場で最後に到着してしまったことを謝罪する一方、哲哉が気絶している経緯にも興味を抱く。始発列車の時間が迫っていることから陽たちは詳細を説明しながら駅のホームを目指した。

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