第24話 過去×仇敵×真実

 夜の帳が下りる。


 そのときを見計らって夜空に花火が打ち上がった。始まりは一発。それは綺麗な花を咲かすと、地上と水上から数々の喝采が届いた。その喝采を鳴り止ませないように次々と新しい花火が夜空に打ち上げられていく。喝采と花火音は一体感を生んで騒音と化す。


 船上で待機していた大橋組は時が熟したと言って行動を開始した。少しずつ加速しながら隠れ蓑としていた観光船の群から脱け出す。漆黒の船体は闇夜に紛れてその身を溶かす。打ち上げられた花火の光が届かない位置まで移動すれば正体が発見されることは難しく、渡航を邪魔する者はいない。それは長く渡し屋として活動してきたブンガイが持つ経験と実績からくる自信だ。しかし、これまで裏切られたことはなかった絶対的な自信にトラブルが牙を剥いた。


 それは船体を振動させたのと同時に水中が姿を現した。


 寸胴型の体躯。人間のように体部に分けられたのではなく、全てが一対となっている。闇夜だからこそ映える赤色の目玉を上部の中央に埋め込まれている。目玉を動かすたびに機械特有の稼働音が響いた。


「な、なんだこれは⁉」


 船の舵を取っていたロニが不気味な物体を発見して叫んだ。船内で身を潜めていた陽たちもロニの声に呼ばれた形で甲板に出た。


「どうした、ロニ⁉」


 叫び声から異常事態だと判断したブンガイは真っ先にロニの名前を呼んだ。棟梁の声に反応したロニが舵室から身を乗り出して姿を見せると、指で船首を差した。


「な、なんだあれは……」


 ロニのように驚きを表面に出さないブンガイだが、心の内では叫ぶほどに驚いていた。棟梁としてのプライドだけが彼に表面的な冷静さを保たせていた。


「随分と不細工なフォルムね」


 辛辣な言葉を発したのは那月だ。視線を横に逸らせば船首で船体に上ろうとしている寸胴の姿があった。だから日傘の先端で突き落とす。バランスを崩した寸胴は背から海へと落ちて飛沫を大きくあげた。


 那月は日傘を胸元に持ってきて掌にポンポンと弾ませる。


「感触は金属みたいね」


「つまりはロボット……。それじゃあ、近くに操縦者が?」


 クラリッサは周囲を確認するも闇夜に覆われていて何も見えない。それでも何かが船に近寄ってきているのは機械の駆動音で察知できた。


「これだけの数を一度で動かせるものかしら?」


 次々と姿を現して船に上がろうとする寸胴ロボットを叩き落としながら那月は疑問に思う。個体差による制限はあるだろうが、それでも一桁が限界だろう。まして寸胴ロボットは人並みの大きさを誇る。一基を操縦するだけでも相当に難しいはず。


「複数の操縦者がいるとは考えられぬか?」


 今度はブンガイが可能性を声にした。一基に一人の操縦者がいれば稼働させることも可能だが、それでは闇夜に紛れた行動だとしても目立つ。ニールセンの盛大に失敗したことで躍起になったかと疑いたくなる。


 各自が寸胴ロボットを破壊していく最中でブンガイの疑問に答えたのはこれまで沈黙を貫いていた陽だった。彼は半分に切断した寸胴ロボットを両手に持ちながら中身を確認すると、部品と思われる物を引き抜いた。


「このロボットは自分で考えて動いているようだ」


「……なんですか、それ?」


 陽の掌で鼓動する物体にクラリッサは顔を歪めた。不気味さに顔色も青褪めている。


「見ての通り脳みそだ。一定の時間なら本体から切り離されても生きられるように生命維持装置まで装着されている」


 脳を覆う障壁を破壊すると脈が止まって活動を停止した。


「も、もしかして人間の……」


「いいや。人間のものではないな」


 クラリッサの不安をあっさりと切り捨てた陽は活動停止した脳を海に捨てた。残酷で冷酷とも取れる行動に那月も含めたメンバーが嫌悪感を覚えるも、陽の表情を見た瞬間に心臓を鷲掴みにされたかのような息苦しさを感じた。


 この空気の中でも陽に話せるのは那月だけだった。


「酷い顔をしているけど、大丈夫?」


 当たり障りのない言葉で包んでも相手に不信感を抱かせるだけだと那月は考えた。


「そんなに酷い顔をしているか?」


「ええ。まるで仇を見つけたような鬼の形相よ」


「仇か……。あながち間違ってはいないな……」


 会話を阻むように新たな寸胴ロボットが陽を襲うも、彼は一切目もくれることなく刀で切断した。


「この寸胴ロボットに見覚えがあるの?」


 那月もまた襲い掛かる寸胴ロボットに目もくれず、日傘の仕込み銃を発射して銃撃した。まるで息をするように相手を殺める姿は傍から見れば恐怖そのものに映る。


「見覚えがあるのは脳のほうさ」


 切断した寸胴ロボットの中から脳が弾き飛ばされた。自然と視線が脳みそに流れる。


「那月さんにも覚えがあるはずさ。俺たちを救うためにあの施設に踏み込んだ那月さんなら必ず目にしている」


「私も目にしている……」


 那月は過去に記憶を遡らせた。酷い事件だっただけに記憶は鮮明に残っている。あの事件は異能者の子供を精神支配して忠実な駒とする実験だった。ただ記録では組織壊滅後に施設を調査すると人体解剖された痕跡が残っていたとされていて、那月は写真付きの報告書を読んだ。


 その写真には――。


「……そうか。あの写真……」


 那月はホルマリンで満たされていた巨大な試験管を思い出した。その中身は生命維持装置の管に繋げられた脳が浸されていた。そこから暴かれる真実に那月は驚きを隠せなかった。


 つまり――。


「あの事件に科学特区が関わっていたというの⁉」


「思わぬ形で仇討ちに繋がる証拠が手にはいるとは思わなかった」


「待ってちょうだい! 施設を運用していた主導者と部下は貴方が殺した。組員と死亡者を照らし合わせて逃亡者がいないことを確認できている」


 それでも陽の言葉を真っ向から否定できないのは施設にあった数々の装置だ。装置を集めるだけならば闇業者を利用することで可能だが、扱える人材を見つけるのは難しい。それは精密機械であればあるほど難しく、施設に装備されていた装置は最高位に匹敵した。


 だが、もしも科学特区の人間が施設に出入りしていれば全てに合点が行く。もちろんそこに確たる証拠はない。


「好都合だな。科学特区に向かう理由がもうひとつ出来た」


「……仮に陽の推理通りなら私も見届ける必要がある。過去の事件がまだ終わっていなくて、吸血鬼事件に繋がっているとするならば解決するのが私の役目――」


 七年にも渡る計画の末に吸血鬼事件が勃発したのならその背景を全て明るみにする必要がある。それはあの事件の根本から当事者として関わっていた自分たち与えられた使命だと陽と那月は本能からそう思った。

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