第23話 棟梁×情報屋×前夜

 陽たちが案内されたのは二階建てのプレハブだ。大橋組の看板が飾られた入り口を潜れば外観からは想像できない豪華絢爛な装飾が施された室内が広がる。床に敷かれた絨毯から革張りのソファーに至るまで一級品の家具が揃っている。


 大橋組の棟梁、大橋ブンガイは一人用のソファーに座った形で陽たちを出迎えた。足を組み、葉巻を咥えた大柄な態度は客人を迎えるものではない。連絡や約束もしていない急遽な訪問で迎える準備ができないにしても態度だけはその人次第である。そんな威圧的な態度が一般市民に煙たがれる要因のひとつだ。そのことで苦情の声が届けられることも多くある。それでも態度を改めないのは舐められないためだ。陽たちのような特殊な人物や憚られる理由で逃亡したい特殊な事情を持つ人物に舐められることは依頼者を調子づかせてしまう。そして調子づいた人物が取る行動は決まって脅迫に似た交渉だ。無断での渡航は法律に触れる行為だと脅迫することで常に優位に立とうとしてくる。それらを未然に防ぐためにブンガイは態度を威圧的なものから崩すことはない。


 しかし、陽と那月が来客用のソファー前に立つと、ブンガイは葉巻を灰皿に置いて立ち上がって頭を下げた。


「兄貴にお嬢も、お元気そうで何よりです。どうぞお座りください」


 ブンガイの言葉に甘えて陽たちは腰を下ろす。クラリッサが座った際にスリット部分から太股が露わになり、それをロニが凝視する視線に気付いた彼女は恥じらう表情を浮かべながら服装を整えた。露骨に落ち込むロニの顔面に衝撃が走った。


 ブンガイによる裏拳だ。無防備かつ予想外の一撃が直撃した痛みにロニは苦悶の声を漏らしながら顔を手で覆い隠す。


「うちの者が失礼した、お嬢さん」


「い、いえ。大丈夫です……」


 ロニに劣らない強面の容貌と息苦しさを感じさせるブンガイの独特な雰囲気に呑まれないようにするクラリッサは返事するだけで精一杯だった。彼女の心情を悟ったブンガイは視線を陽たちに戻す。


「彼女は?」


「彼女はクラリッサ=ハーヴェイ。宗教特区の行政に所属する“狩り”専門の修道女だ」


「その割には随分と頼りない」


「はぅ⁉」


 ブンガイの包み隠さない評価にクラリッサは思わず声をあげて落ち込んでしまった。自身でも実力不足だと実感していても面向かって言われたときの辛さは別格だ。陽と那月と共に行動してきたことでその気持ちはより強くなった。


「まあ、そう言うな。経験が不足しているだけで、潜在能力は相当なものだと思うぞ」


「ほう、兄貴が認める逸材というわけですか……」


 ブンガイは改めてクラリッサに視線を向けると、またしても萎縮する姿を見せた。そんなことを気にせず視線を上下に動かして全体を見るブンガイだったが、自分には人の内に秘められた力を見極めるだけの慧眼の才はないと諦めて、再び視線を陽たちに戻す。


「それで? 本日はどういった御用で?」


「科学特区に潜り込みたい」


「……他には?」


「最近で科学特区に妙な動きはなかった?」


「妙な動きですか……」


 ブンガイは記憶を遡る。その最中にクラリッサは疑問に思ったことを陽に尋ねた。


「渡し屋をしていると色々な情報が入ってくるそうだ」


 渡し屋を利用する人物の背景を考えれば否応でも情報が入ってくることから情報屋としての一面もある。


「お求めの情報かはわかりませんが、昨日の夜に宗教特区の行政事務次官を科学特区に送りましたよ」


「ビンゴ! どうやら潜伏先は科学特区で決まりのようね」


 ピンポイントで欲していた情報が手に入った那月は歓喜の声をあげた。予想が確信に変わったのは大きい。仮に科学特区にいなければ無駄足になって事件解決が延びてしまうところだった。それだけは避けたい事態だっただけに今回の情報はかなり有効なものである。


「早速、送ってくれ。上陸場所はその男と同じ所に着けて欲しい」


「わかりました」


 立ち上がったブンガイはロニを引き連れて事務所の奥へと入って行った。その後を陽たちが続く。


 奥の部屋に入ると下りの階段がある。階段の先は波止場と直接繋がっていて、そこに大橋組専用の船が着けられていた。高速型の小型船が水面に浮かぶ。船体の色が黒で統一されているのは夜に渡航が決行されるからだ。


 陽は腕時計で時間を確認した。宗教特区から異能特区への移動である程度の時間が経過したとはいえ、早朝から活動していたこともあり現在は夕方である。宗教特区と異能特区の両者がいることで関所の通過がスムーズになったことも影響していた。


「ひとまず海に出ます。本日開催される花火大会に合わせて船上観光が実施されるので、今から海に出ても不審に思われることはないでしょう」


「観光船を隠れ蓑にするわけね」


「はい。そして打ち上げられた花火に乗じて渡航を慣行します」


 渡航の説明をしたブンガイは船上に飛び乗って船の扉を開けた。


「少し狭いですが、それでも生活できる設備は一通り揃っていますので、作戦を決行するまでお寛ぎください」


 ブンガイの気遣いに甘える形で陽たちは船上で作戦決行の夜を待つのだった。

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