第21話 不在×行先×模索

 河川敷を離れた後、車を足に行政区に向かった。那月の荒々しい運転に気分を悪くしながらも昼前に到着した。急ぎニールセンの執務室へと向かうが、もぬけの殻。何でも昨日に長期休暇の申請を出し、行政の長であるオルガが認可したようだ。休暇の理由は私用という形で提出されており、彼の行き先を知る者はいない。認可を出したオルガであれば何か事情を訊きだしている可能性があるが、その当人も席を外している。


 目的の人物と邂逅することの出来なかった三人は行政区を後にして車に戻る。車体を背に作戦会議を開く。


「ニールセンがこのタイミングで長期休暇を取ったのは俺たちの抹殺に失敗したからだろ」


「列車を襲う大胆な方法を取っておきながら失敗したから焦ったようね」


 ニールセンとしては陽たちを抹殺するのは簡単なことだと踏んでいたのだろう。行政事務次官という地位に立つのだから陽たちが所属する部署や肩書きは当然知っているはず。それにも関わらず抹殺計画は杜撰の一言に尽きる。そもそも白昼に堂々と戦闘部隊を送ってくること事態、正気の沙汰とは思えない。


「オルガが席を外しているのはどう思う?」


 陽の質問で那月は思考に入る。オルガの立場を考えれば多忙なのも頷ける。宗教特区は今でこそ平和を保ってはいるが、何をきっかけで導火線に火が点くのかわからない状況だ。そうならない為にオルガは定期的に各宗教組織や団体に赴いては不満を募らせないようにしている、とクラリッサは言う。


「なので席を外している理由はニールセンとは関係ないと思います。そもそもオルガ様であれば回りくどいことせずに疑った時点で押さえてしまう、そういう御方ですから」


「確かにあれこれ考えるより力づくで潰すタイプではあるな」


 那月は宗教戦争に明け暮れていた宗教特区をオルガがどのように治めたのかを思い出した。武力による解決は彼女の十八番と言っても過言ではない。仮にニールセンをオルガが少しでも不審に思っていたら既に身柄を拘束しているだろう。


「いない人のことを言っていても仕方ないわ。それよりもニールセンの居場所よ」


 那月は掌を打ち合わせて話題を断ち、本題に戻す。彼女としてはオルガから依頼を請け負っているからには極力、力を借りずに終わらせたいのが本音だ。下手に力を借りることは依頼の成功が不十分だったと文句をつけられる可能性があるからだ。


(まあ、オルガの性格からして考えにくくはあるけど……)


 それでも特区の頂点に立つ人物。狡賢さと強かさを兼ね揃えているのは間違いないだろう。


 那月はクラリッサに視線を向ける。


「ニールセンが隠れ家としているような場所を知らない?」


「別荘は持っている話を聞いたことがあります。ただどこにあるかまでは……」


「行政区で問い合わせることはできないのか?」


「緊急事態に備えて自宅の位置情報は登録されていますが、別荘はその限りではありませんので」


「それに別荘のような足がつきそうな場所を潜伏先としては選ばないでしょう」


 那月の本音としてはそこまで考えなしの馬鹿でないことを願う。そこにクラリッサがおずおずと挙手した。


「科学特区に逃げたということは考えられませんか? 関係性の優劣はわかりませんが、それでも協力者であれば頼るかと思います」


 クラリッサが声にした可能性は陽たちも考えていた。主導権がどちらにあるとしても片方が失敗をすればもう片方も被害の煽りを受ける。協力関係とはそういうものだ。だからこそ賢い人物は被害を最小限に抑えることを考えて接触することに慎重になる。仮に尾行されるようなことがあれば一網打尽になり得るからだ。


 それでも可能性のひとつとして常に上位に立つ。それはニールセンの危機感のなさが際立っているからだ。


「……仮に科学特区を頼って逃げたとして、どうやって調査しますか?」


 科学特区に限らず特区の行き来は許可が必要になる。その手続き審査は厳しく時間がかかる。行政区から正式な許可書を持っていれば時間を要することはないのだが、許可書を貰うには大義名分が必要になる。


 今回の依頼は異能特区と宗教特区が極秘裏で結んだもの。表立って協力を結ばなかったのは公表できない思惑や理由が絡んでいるからだ。それこそ特区をあげて隠蔽することも厭わないような内容に違いない。


「こんなことになるなら時間をケチらずに正式に手続きをするべきだったわね」


 那月が言っているのはクラリッサたちを救出しに行った日のことだ。緊急に任務を言い渡されたことで許可なしに侵入を実行した。おかげでクラリッサを無事に救えたわけだが、思わぬ形で代償となって降りかかってきた。


「十中八九、警備を強化しているわよね」


「魔術師集団の何人かの命も奪っていますから当然です」


「そういえばそうだったわね」


 あまりにも手応えのない相手だったことから那月の記憶から欠落していた。興味のない人物や出来事は記憶の片隅にも残して置かないのは彼女の悪い癖と言える。


「では、実力行使ですか?」


 小首を傾げながらクラリッサは訊いた。


「見事なまでの脳筋発言ね。そんなことをすれば全面戦争になるじゃない。……それはそれで面白そうね!」


「馬鹿言うな。そうなったら何もかも失ってしまう」


 陽が一蹴した。戦争が人間や世界にもたらしてきた背景は歴史から分かる。それでも戦争屋や上層部の一部には戦争による闘争が人間の成長に一役買っていると主張する者はいなくならない。陽自身、それを真っ向から否定することは出来ないが、親しき相手が凶弾に倒れて命を落とす痛みと辛さは地下組織に囚われていた頃に嫌と体験してきた。


「そんな馬鹿な話をしていないで行きますよ」


 那月とクラリッサが言葉を返す暇も与えることなく陽は車の助手席に腰を下ろした。二人も急ぎ車に乗り込んだ。那月はエンジンを動作させながら口を開く。


「それで? どこへ向かえばいいのかしら?」


「異能特区の湾岸指定区域。そういえば目的がわかるだろ?」


「なるほど、渡し屋か。私としたことが失念していたよ」


 話がついていけずにきょとんとするクラリッサを傍目に那月はアクセルを踏んで目的地に車を走らせた。

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