第5話 雷閃×統括者 異能者×シスター
陽と那月が術式の内部に侵入したのを察知した者がいた。
巡回に当たる魔術師の統括者だ。空に展開している術式は通信機器の使用を不能にするのが目的だが、統括者はそれに加えて術式外からの侵入者を察知できる術式も組み込んでいた。それは無関係の一般市民を巻き込まないこと。そして標的を助けに来た敵を把握するためである。
「捜索を初めて四日目。もう少し早く動きがあると踏んでいたんだがな……」
想定していたより遅かった敵の援軍に統括者は肩透かしを受けた。明確な敵対関係はなくとも各特区の関係は冷戦状態にある。そして許可を得て入国したとはいえ、そこで連絡が取れなくなったら緊急事態だ。即刻に救援を送るのがセオリーなところ、四日という遅れは致命的である。
「何かしらの準備が必要だった?」
救援の対応に遅れたのではなく、四日という日数が必要だったと考えれば対応の悪さも納得がいく。だが救援を送るのに四日の準備も要する理由は何か、統括者は思考を巡らせ、そして一つの予想を打ち立てた。
「特区間の同盟か⁉」
「見つけました」
統括者の前にゴスロリ衣装を纏った可憐な少女が降り立った。
「……君は?」
「人に名前を訊くときは自分から名乗る、などと礼儀を語る資格は私にもありません
ね」
可憐な少女は胸に片手を当てた。
「異能特区行政執行部、
「《
「あら? 総術特区にも私の名前は知られているのね」
可憐な少女、天瀬那月は驚いた表情を一瞬見せた後、嬉しそうに笑った。対して相
対する統括者の表情は堅く険しいものだ。既に臨戦態勢を取って那月の攻撃に備えている。比べて那月は愛用の日傘を杖代わりに地面に立て、杖に両手を置いて重心を預けている。統括者とは反してリラックスした状態を保つ。
「……確か侵入者の反応は二つ。つまりもう一人は奴らの探索に当たっているわけだ
な」
「そう、あの魔術には侵入者を感知する術式も組まれていたのね。抜かりがないこと」
那月は上空を見上げて展開されている術式を睨んだ。魔術が通信妨害を起こすものだということは術内に踏み込んですぐに確認した端末から分かった。端末をすぐに確認したのは魔術師の立場として考えた時に真っ先に潰しておきたいことが外部との連絡手段だったからだ。
「しかし驚いたよ。よもや宗教特区と異能特区が同盟を組むとはな」
「同盟? ……そう。貴方たちからするとそう映るのね」
「――?」
「わからないのならいいのよ。どのみち知ったところで冥土の土産になるだけだしね」
那月は日傘を持ち上げて片手持ちにすると、その先端を統括者に向けた。まるで銃口を突き付けるかのような仕草に統括者は訝しみ、そしてすぐに表情を歪めることになった。
日傘の先端が開いて火を噴くと共に一発の銃弾が放たれて統括者の腹を穿ったのだ。硝煙が立ち昇り、統括者の腹からは大量の鮮血が零れ落ちる。
統括者の憎々しい視線が那月を刺した。
「卑怯だとでも言いたそうだな」
那月は鼻で笑った。
「殺し合いに卑怯も何もない。お前が敵を前に油断しただけのこと」
苦しむ統括者の前に那月は膝を折って腰を下ろした。その瞳は冷酷に満ちたものだ。
「お前さ殺し合いは初めてだろ? 一度でも生と死を味わえば敵を前に甘さと隙を見せるような奴はいない」
那月は統括者の髪を掴んで目の前まで持ち上げた。鋭くて冷たい瞳に睨まれた統括者は脅える声を漏らしながら恐怖で顔を引き攣り、挙句には涙を流し始めた。そんな情けない姿に那月も呆気を取られ、それから興味を失ったかのように統括者の髪を掴む手を離して突き飛ばした。
「こうなったらさっさと済ませてビールを飲むに限るわね」
統括者を放置したまま那月は陽を探すべくその場を後にした。統括者は薄れゆく意識の最中、離れていく那月の後ろ姿を見届けることしかできず、命と共に完全に失った。
一方、ブルーノとクラリッサの探索をしていた陽は魔術師に襲撃されていたクラリッサを救い出し、疲労が見えたことから休ませていた。その間に自分たちが助けに来た経緯を伝えていく。当初は異能特区からの救援に警戒していたクラリッサも納得した。それと同じくして上空に展開されていた魔術が消失した。
「那月さんの方は随分とあっさり済んだみたいだな」
魔術が消滅したことが那月からの報せと取った陽は使用不可になっていた端末を取り出して操作して那月に電話をかけた。
「お疲れ様です、那月さん」
「ああ。それよりも対象者は発見したのか?」
「シスター、クラリッサと合流できました。これから神父ブルーノが潜伏している教
会へと向かいます」
「重畳だな。それなら教会を合流地点としよう。場所の情報を送ってくれ」
「了解です」
陽は電話を切って教会のある場所の情報を送信してから端末の電源を切り、クラリッサに振り返った。
「俺たちもそろそろ動こう。行けるか?」
「もちろんです!」
無理にたち上ろうとしたクラリッサは立ち眩みを起こして膝から崩れ落ちる。その寸前に陽は彼女の腕を掴むことで支えた。
「あまり無理をするな。目立った怪我がないとはいえ、緊張状態の中で潜伏していたんだ。自覚しているよりも体力が減っているはずだ」
「あ、ありがとうございます」
頬を紅く染めたクラリッサは表情を隠すように陽から顔を背けた。咄嗟のことでクラリッサの顔色まで把握できなかった陽は小首を傾げるも、教会に向かうことを最優先とすることで疑問を消した。
「それじゃあ行こうか。敵と遭遇することがあれば戦闘は俺に任せて、君は援護に徹してくれ」
「わ、わかりました」
二人で取り決めを交わした後、合流地点となる教会を目指して動き出した。
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