第21話『REVENGE ROAD (前編)』
千代田区霞ヶ関の警視庁本部庁舎12階・5:30 PM。
『都内女子児童連続誘拐事件捜査本部』では、大勢の刑事が一見その場にそぐわないと言っていい一人の女子高生を取り囲んでいた。
御堂管理官は、緊張感にゴクリと唾を飲み込んだ。
鑑識から取り寄せた遺留品である安物のライターを握り、目を閉じる彼女は——
世界でもトップクラスの能力を誇るESP(エスパー)、藤岡美奈子。
彼女は今、遺留品に残った残留思念から、犯人像を割り出そうとしていた。
従来の捜査ではまったく手がかりをつかめず、今回4人目の犠牲者を出して面目丸潰れであった警察側の威信を賭けた最後の頼みの綱は、『超能力捜査』だった。
長い沈黙の後。
美奈子は急にクワッと目を開いた。
能力を研ぎ澄ませた美奈子の瞳は、真っ赤であった。
そのあまりの迫力に、百戦錬磨の本庁捜査員たちも一瞬たじろいだ。
「……分かりました」
先月から世間を騒がせているこの 『都内女子児童連続誘拐事件』。
一番初めは、墨田区で小学校2年生の少女が行方不明となった。
目撃者も、犯人につながる物的証拠もなく、捜査は難航。
それから一週間しか経たないうちに、今度は隅田川をはさんだ向かいの台東区で、幼稚園年長組の幼女が誘拐された。この場合も、証拠をまったく残さない見事としか言いようのない完全犯罪であった。当然、目撃者もない。
怨恨の線も洗ったが、疑えるような人物は捜査線上に浮かび上がってこなかった。
誘拐の対象・あざやかすぎる犯行の手口から同一犯の可能性も検討していた矢先に、三人目が誘拐された。今度は足立区で小3の女子児童が消息を絶った。
家族に電話などの連絡も一切してこないため、身代金目的ではない。
怨恨でもない。とすると……
そこまで考えて、被害者家族は顔色を失った。
変質者や性的倒錯者であった場合、我が子を思う家族の苦しみは計り知れない。
3人の少女をあっさりと誘拐された挙句、明確な犯人像すら提示できない警視庁に、世間の風当たりはきつかった。ここまできては、警察の威信にかけて、これ以上の犯行は阻止せねばならない。
そして今朝。ついに渋谷区で4人目の女子児童が連れ去られた。
さすがの犯人も、今回だけは唯一とも言える手がかりを残していった。
目撃情報によると、少女が最後に目撃された地点に怪しい車が停まっていたという。
そしてそこに転がっていた、百円ちょっとで買えるようなライターが——
そんなある日のこと。
美奈子のケータイに、一通のメールが入った。
送り主は、かつていくつかの事件で縁のあった公安の刑事、遠藤亜希子。
『目的のためには手段を選ばない』規則破りの亜希子、との異名をとる彼女は度を越した銃火器マニアで、所持の許されていない大経口の銃やマシンガンなどを持ち出すため数限りない処分を食らっているが、そのたんびにきちっと実績も出すため、彼女に関してはたいがいのことが特例として認められていた。
メールの内容は、世を騒がせているこの事件の捜査に協力して欲しい、という主旨のものだった。美奈子は、早速亜希子に電話をかけた。
「ああ魔美ちゃん、お久しぶりぃ」
「……あの。魔美ちゃんって誰ですか」
ムッとして美奈子は送話口に悪態をついた。
「ゴメンゴメン、さっきまで『エスパー魔美』見てたもんだから、つい」
……そんなもん、今見るな!(美奈子、心の声)
「今って、亜希子さん勤務時間中じゃあないんですか?」
クラスメイトの井戸端会議がうるさくなったので、ケータイ片手に美奈子は教室から廊下に出て通話を続けた。
美奈子の高校は、今がちょうど昼休みなのであった。
「まぁまぁ。おカタいこと言わないの! 超能力の研究、ってことでこれも仕事のうち。この後 『バビル二世』 と 『超人ロック』 も見るんだけど、あんたもどう?」
美奈子はガックリきて、廊下の窓の桟に頭をぶつけそうになった。
「け、結構ですっ。あと、そんなもん見ても超能力の研究になんかぜ~んぜんっなりませんからぁ!」
ギター侍のような絶叫が、廊下に響く。
その後のやりとりで、警視庁から迎えが来て美奈子はすぐにでも出頭することになった。
学校への対応は任せとき! と亜希子の鼻息は荒かった。
「でも、どうして公安の亜希子さんが、警視庁の捜査に口出しできるんです? よく超能力捜査なんて納得させましたね」
「……よくぞ聞いてくれましたっ」
あまりにも大きな声だったので、思わず美奈子はケータイを耳から離した。
「この前の戦闘機強奪事件での私の美奈子ちゃんと麻美ちゃんの起用が大成功だったでしょ? それでね、総理から直々に表彰されてね。非公式だけど内閣調査室の特殊捜査員にもなったのよ。もう公安だろうが警視庁だろうがオダギリジョーだろうが、あたしにゃ怖いもんはないんだからぁ」
美奈子は、ハァと深いため息をついた。
勤務中に捜査の一環とか言ってヘンなアニメを見るような人に、そんな大役を与える国のトップはいかがなものかと本気で思った。あと、『オダギリジョーって、別に怖くありません!』と心でツッコミを入れることを忘れなかった。
とりあえず通話を切った美奈子は、思わず独り言を言った。
……亜希子さんと麗子先生を会わせるのだけは、絶対にマズイ。
この似たタイプの二人の豆台風を出会わせるのだけは、避けたい。
意気投合して仲良くなんてなられた日には、まともな神経を持つ者の苦労は計り知れない。
美奈子が教室に戻ろうとしたその時ー。
「誰と誰が会うとまずいんですって~~~?」
ゾクリ、と美奈子の背中を悪寒が走りぬけた。
「ひいいいいいっ」
30分後、一台のヘリが校庭に着陸した。
これがために、一年二組の体育の授業が犠牲になった。
「何だ何だ!?」
全校生徒が教室の窓から見守る中、美奈子・麻美・麗子の三人はEH101に乗り込む。
中には、SAT隊員のようなコスチュームで身を固めた亜希子の姿があった。
男でも簡単には扱えない大口径の銃を自在に使いこなす亜希子は、女性ながらがっしりとした体格とグラマラスボディの持ち主であった。ファッションはいつもイケイケのお姉ちゃんっぽい派手な服装でちょっとした美人でもある亜希子は、例えて言うなら『ルパン三世に出てくる不二子ちゃん』にちょっとイメージが似ていた。
佐伯麗子と目が合った亜希子の目が鋭くなった。
……あっちゃ~~~。
美奈子はもう、あきらめの境地に入った。
「あ~ら、お噂は聞いていますわ。あなたが美奈子ちゃんたちの『超能力先生』ですわね。今回はひとつお手柔らかにご協力くださいませねぇ。ところで、授業のほうはよかったんですの?」
麗子も、同志を見つけたかのように、うれしそうに目を三日月型に細めた。
「あ~ら、授業なんて勝手にシンドバッド、森の木陰でドンジャラホイ、ですわ! オーッホッホ」
…おお神よ!
常人に近い感性をもつ美奈子と麻美は、ただあきれてうつむくのみである。
「先生、あなた気に入ったわ! これからもよろしくお付き合いくださいな。事件が一段落したら、一緒に『バビル二世』の鑑賞会をしましょうね」
「遠藤さん、あなたもなかなかのツワモノですわね。でも『超少女明日香』と『光速エスパー』が出てこないとは、あなたもまだまだですわね」
亜希子はしてやられた! といった感じでブンブンと上半身を振った。
心なしか、好敵手(?)の出現に、かなりうれしそうである。
ヘリの飛行中、似た者同士の二人は、超マニアックな話題をしゃべり続けた。
美奈子と麻美は、居心地の悪さにただただ身を縮こまらせていた。
「……分かりました。犯人像が」
捜査本部に、美奈子の声が静かに響く。
その場にいた70名あまりの捜査官は、色めきたった。
「犯人は、30歳男性、中肉中背、動機は幼児性愛及び世間への復讐。自分の容姿や過去のことで過度のコンプレックスを持っています。被害者は、彼の好みに合う幼女を無差別に選んだものと思われます。犯行時に車が使われていますが、その車種やナンバー・犯人の名前や居所などまではこのライターからだけでは分かりません。よかったら、三人目の子がさらわれたとされる現場に連れて行ってください」
まだまだ漠然とした情報ではあるが、それでも今まで捜査本部が知り得なかった情報だ。大いに成果はあったと言えよう。
御堂管理官は、さっそく美奈子を渋谷区の現場に送った。亜希子がハンドルを握る覆面パトカーに美奈子を乗せ、麻美と麗子はさらに有力な手がかりをつかむまで本庁待機となった。
暇になった麗子は、捜査本部の隅にあった大型テレビにDVDを突っ込み、「ヤッターマン」を見始めた。きっと、亜希子のビデオライブラリのコレクションのひとつであろう。
……捜査どころか、超能力にも関係ないじゃん!
麻美はそうツッコミたくなったが、本庁の捜査員達は一向にとがめだてをしてこなかった。
多分、彼らもまた亜希子に対してはあきらめの境地、なのだろう。
太陽が沈み、次第に夕日に変わりかける頃。
現場は、高級住宅街の建ち並ぶ十字路。
さっきからしゃがみこんでアスファルトの地面を触っていた美奈子は、何かに導かれるように移動を始めた。
「何か、分かった?」
亜希子は、フラフラと歩を進める美奈子の背中を追った。
「この辺に……公園ってありました?」
首を傾げながら、亜希子は必死で記憶を呼び起こした。
「ないと思う。いや、ほんとに小さい、砂場とブランコくらいしかない狭いやつならあったかもしれないけど——」
鬱蒼とした樹木に囲まれて、ちょっと暗い感じの公園が見えてきた。
住宅地に挟まれる形で、本当に申し訳程度の面積しかない場所だった。
真っ直ぐに砂場まで進んだ美奈子は、しゃがんで土をいじりだした。
ある地点に美奈子の指が触れた時、彼女の顔がゆがんだ。
「そこで……何かあったの?」
美奈子の目を、一筋の涙が伝った。
「犯人の…精液がこの土に」
それを聞いた亜希子は、固く唇をかんだ。
「……ゆるせない」
立ち上がった美奈子の目は、紅(くれない)に燃え上がった。
「絶対に今日、お前を捕まえてみせる」
美奈子が本気になった。
体中から、熱を含まない炎が燃え上がり、彼女を包む。
ワイズマンズ・サイト! (賢者の目)
美奈子は、東京都庁の住民台帳データーベースをハッキング。
この能力をあらかじめ使用することは警視庁からは了承済みだったので、厳重なファイアーウォールは解除されていた。きっと横で亜希子が連絡を入れたのだろう。
犯人を特定した美奈子は、アメリカ国防省が誇る軍事偵察衛星 『KH-4B』の監視カメラと自らの眼球をリンクさせ、宇宙から東京の動くものすべてを眼中に収めた。
「亜希子さん、本庁に連絡お願いっ。犯人は仁科久信31歳、無職。本籍栃木県鹿沼市、現住所東京都荒川区。犯行に使われた車はグレーのニッサンGT-R」
美奈子の口により次々と明らかになってゆく驚愕の事実。
「彼の犯行のアジトが、自宅横の元防空壕だった地下室にあります。そこに、四人目以外の被害者の少女たちは閉じ込められています。皆命は無事ですが……すでにひどい性的暴行を受けています。今すぐ、救出に向かってあげてください」
捜査員たちの顔に、悔しさとやるせなさがにじんだ。
「管理官! 直ちに山根のチームに車を洗わせましょう」
「仁科なる人物のデータが転送されてきましたっ。早速逮捕状を取る手配を——」
一気に、捜査本部は活気付く。
しかし。美奈子はこの事件が、単なる快楽誘拐事件ではないことを見抜いた。
「待ってくださいっ」
美奈子の声がマイクを通して聞こえていた捜査本部内に、静寂が訪れた。
御堂管理官は座席のマイクに口を近づける。
「一体、何が分かったのかね」
しばらくして、美奈子の低い声が部屋上部のスピーカーから響く。
「共犯者が……います。共犯者というよりは何か大きな犯罪組織です。これまでの証拠を残さない見事なまでの犯行は実行犯の知恵によるものではなく、このバックの人物の入れ知恵である可能性が高いです」
これには、捜査員一同顔色を無くした。
突拍子もない、にわかには信じ難い内容だったが——
美奈子の能力をすでに認めていた刑事たちは、それを事実としての前提で動き始めた。
「藤岡君っ。それで犯人の現在位置は、分かるかね?」
思わず、マイクを引っつかんで身を乗り出す御堂管理官。
「現在、犯人は乗車中。被害者の少女を助手席に乗せて、谷町ジャンクションから首都高に入りました。どうも渋谷出口を越えて、東名高速に出るものと思われます」
「現在の道路交通情報はっ」
管理官の叫びに、近くにいた奥田警部補が叫ぶ。
「その地点での渋滞情報は、現在来ていません。もし車がある程度流れているとすると……都内を出てしまうのも時間の問題でしょう。直ちに所轄に応援を要請し、非常線を張るのが得策かと」
「……ちょっと待って」
美奈子の焦ったような声。
「何か、問題でもあるのか?」
ここまで分かった以上、道路を封鎖して追いつめれば解決だ、と簡単に考えていた御堂管理官は眉をひそめた。
「犯人の車は、よくテロなどで使ういわゆる「自動車爆弾」です。遠隔操作でいつでも爆破できるようになっています。そして犯人自身は……恐らくその事実を知りません」
「何だって?」
管理官は頭痛がして、額をを押さえた。
それでは、下手に刺激できないではないか——。
その爆弾を仕込んだ何者か、 恐らくは犯人の犯行を助けた組織が、もし警察に情報をつかまれたことを知ったら、その時点で車を爆破されてしまうではないか?
「……しかも、助手席には4人目の被害者の少女が乗っています」
それが本当なら、状況的にはまったく手も足も出ない状況だ。
いったいどうやって爆弾を爆発させずに少女を救出した上で、さらに犯人を捕らえる?
「こういう時のために、私と麻美ちゃんがいるんじゃありませんこと?」
オーホッホと高笑いをする麗子に、捜査員の視線が一斉に集まった。
麗子は、近くにいた麻美の肩をポン、と叩いて豪快に宣言する。
「わたくしに、ひとつ秘策がありますの。警視庁の皆様、ここはひとつ超能力三人娘に全権を委ねていただけませんこと?」
……三人娘って、あんたも入るのか?
捜査員たちはそうツッコミたかったが、口まででかかった言葉を飲み込んだ。
なぜなら、泣く子も黙る『佐伯グループ』の一人娘を敵に回したくなかったからである。
「了解した。私が許可する。ただ今をもって全捜査員は、藤岡美奈子・柚月麻美・佐伯麗子の作戦指示の元に行動するように。現場に即した指示に関しては、彼女らの意向を汲んで私が行う」
美奈子を乗せた車は、捜査本部への帰路に着いた。
麻美と麗子は、リアルタイムで犯人の車を補足できる美奈子の指示を通して、車を追いかけることに決まった。
「どうやって追いつくんです?」
と美奈子が聞くと、例のタカビーな高笑いと共にあっさりと答えた。
「簡単なことですわ。高速で空を飛べばいいんですの」
「…………」
それ以上は聞かないことにした美奈子であった。
「麻美ちゃんが無事でありますように」
しかし、美奈子の心の中にはひとつの懸念があった。
そんな性的異常者の犯行のために、大きな犯罪組織なりが手を貸したりするものだろうか。
犯人の知らないところで車に爆弾を仕掛けるくらいだから、初めから何か利用するだけの目的で協力したのだろうが……
だとしても、それで彼らに一体何のメリットがあるというのだろう?
そして、高速を走らせてわざわざ都内を離れるのは、なぜ?
犯人自身の意思? それとも、組織の指示?
この事件は、簡単には終わらない——
美奈子は、そう予感するのだった。
(後編へ続く)
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