第7話 あきらめの夏
写真を見てしまった日は、健太さんに会ってから半年くらい経った頃。
季節は秋の終わりから冬へ、春が過ぎてもう初夏の気配がしていた。
私はあれから何度か珈琲豆を分けて貰う口実で健太さんのカフェを訪れている。
いつも健太さんは優しかった。
行く度にどんどん健太さんに惹かれていき、もう気持ちが押さえ切れなくなっていた、そんな矢先だった。
いつもの私ならもっと前に告白してるのに、健太さんには出来ない。
怖いからだ。
健太さんに迷惑かけるのが・・・
いや会えなくなるのが・・・
こんなに私は臆病だったなんて知らなかった。
健太さんの前だとほんとの自分を出せない。
嫌われたくないもん。
でも知って欲しいとも思ってる。
矛盾してるけど。
私の嫌な所も知って欲しい。
そして許して欲しい。
本気で好きになるってこういう事なのかなと思いはじめていた。
今までの恋愛はただの恋愛ごっこだった。
ただ好きになって、自分を押し付けて、相手の気持ちなんてほんとの意味で考えていなかった。
そんな時に写真を見てしまったんだ。
お母さんの恋人だったなんて。
50年の愛を誓うって何なんだよ?
しかも、日記帳に挟んで毎日見てるくらいだから、まだ忘れて無いっていう証拠だし。
そうださっきも
「私には健ちゃんしかいません」って言ったんだった。
どうしよう?
お母さんが恋敵になるなんて思いもよらなかった。
ほんとにどうしよう?
今日のお昼までお母さんの横領疑惑を晴らしてあげたくて必死で動き回ってきたのに。
お母さんを守りたかったから。
お母さんに喜んでもらいたかったから。
お母さんに誉めてもらいたかったら。
なのに・・・
人生は残酷だな。
その夜は眠れなかった。
眠れる訳がなかった。
次の日の朝、私は出来るだけお母さんと顔を合わせないようにしていた。
お母さんも二日酔いみたいだったから、私の態度に気がついてない。
会社に行っても、さっぱり仕事になりゃしない。
同僚の由実は
「どうした? 体調でも悪いの?」って心配してくれている。
私は半笑いで
「はははっ、大丈夫だよ」って言うのが精一杯だった。
どうにか会社を終えての帰り道。
どんな顔してお母さんに会えば良いのか分からなかったので、私は行き付けのバーに行くことにした。
酔ってしまわなければ、まともにお母さんの顔を見れそうになかったから。
・
・・
・・・
・・・・
3杯目のカクテルを飲み干し、マスターにおかわりした時
「あ〜あ!あんな写真見なきゃ良かった」と心の声が漏れてしまった。
マスターはすかさず
「後悔先に立たず」となんか解かったような事を言うので絡んでやる。
「ねえ、マスターは結婚してるの?」
マスターはニヤッと笑って
「俺に興味あるの?」と質問で返してきやがった。
「質問してるのはこっち」
「バツ1とバツ2の間」
「なんじゃそりゃ?」
別れるの前提かよ。
「はい、どうぞ」
マスターは私の前にカクテルを置いた。
「これは?」
「バラライカ 『恋は焦らず』ってね」
何か頭にきた。
「焦ってないし・・・」
あー泣きたいな。
泣かしてくれよ、マスター。
マスター、もっと優しい言葉をくれよ。
今日の明日香さんは弱ってるんだぞ。
健太さんならきっと私の心を癒してくれる。
優しい言葉をかけてくれる。
だけど・・・
お母さんは私の何倍も健太さんの事知ってるんだろうなぁ。
私の何倍も愛してると思う。
私の何倍も優しい言葉をかけてもらったはずだ。
だから、ずーと好きで居続けてるんでしょ?
いったい何年好きでいてるんだろ?
会ってもいないし、連絡も取って無いのに、どうして愛し続けられるんだろう。
私には無理かも・・・
そう言えばお母さんの浮いた話しなんて聞いた事無いや。
あんなにモテモテなのに。
「私には健ちゃんしかいません」
重い言葉。
健太さん一筋かよ。
凄いな。
勝てそうにないや・・・
私の負けだわ・・・
今ならまだぎりぎり間に合うのかな?
そんな事を考えてたらマスターが私の顔を覗きこんでた。
「何?」
「そろそろ泣くかなって思って」と言ってまた笑ってやがる。
「バカ野郎。私は泣かないもん」って言ってやった。
強がりだけど。
マスターは多分慰めてくれてるんだ。
マスターなりの方法で。
分かりずらいよ。マスター。
私は健太さんみたいに慰めて欲しかった。
包みこんで欲しかった。
頬が冷たい。
私は泣いているのか。
そろそろ酔いが回ってきたよ。
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