俺の顔が怖すぎて戦えない件

水月火陽

プロローグ

第1話


 勇者に憧れている。英雄になりたい。誰にも負けない強さが欲しい。


 それはである事を強いられている人間なら誰でも考える事なのかもしれない。


 いや、敗者だからじゃなく男なら誰でも……なのかもしれない。


 それでも僕は今直ぐにでも力が欲しい。無敵とまでは言わない。身を守れる力が欲しい。



『ほらほらどうした?やっぱ名前だけの奴は違うなぁ?』


「うぁっ……や、やめて……っ!」


 両肩を掴まれ身動きの取れない僕に対し、目の前にいる男子生徒からの蹴りが飛んでくる。彼は所謂ヤンキー。そして後ろで肩を掴んでいるのはその子分達だ。ちなみに何故この様な目に遭っているかと言えば理由なんて無い。強いて言うなら彼らが教師に説教を受け苛立っている所に偶々僕が通りかかったと言うのがまず一つ。そしてもう一つは


鬼瓦龍虎オニガワラリュウコなんて大層な名前持ってて本人は虫も殺せない雑魚とか皮肉だなぁ?』


 この名前。強そうな名前のせいでよく喧嘩を売られる。そして僕のアダ名は。運動は苦手だし勉強も嫌い。そして人と話すのが何よりも不得意。見た目ももやしでボサボサの髪のボブ。名前負けの玉手箱である。


『可愛そうなキノコでちゅね〜?助けを呼ばなくて良いんでちゅか?』


「っ……。」


『やめてやれ?この学校の中でこいつが休み時間会話してるの聞いたことあるか?』


『ギャハハッ違いねぇ‼︎』


 そして当然そんな僕を助ける人などいるはずも無く。周囲の人は見て見ぬ振りか気付かぬ振り。結局通りがかった生活指導の先生がこの蛮行を見かけるまで僕は殴られ続けた。


 その後保健室へと連れていかれた僕は何故助けを求めなかったなど普通ならの事を延々と述べられ俯いていると、大きな溜め息の後今日は早退する様に言われた。


 そしてその夜。当然の如くこの話は両親にも伝わり、夕食後に3人で机を囲んだ。


『龍虎。学校での事は聞いた。怪我はないか?』


 父の龍雅リュウガは食器を片付けている母が席を外している間、父なりに僕を心配してくれた。


『情けない。男ならやり返しな。父と一緒で名前負けしてるんじゃないよ。』


 対して母の虎姫トラヒメはエプロンを脱ぎながら溜め息と共に椅子に座る。気の優しい父と気性の荒い母に見られた僕はまたもや俯くばかりだった。


『まぁ姫の子にしては確かに頼りないけど……私も似た様なものだったんだし健康で優しい子に育ってくれるのが一番だよ。』


『あぁん?そうやって甘やかしてきたからもやしドラゴン2世になったんだよこの子は。だいたいあんたの場合は偶々私が居たから良いけどこの子は浮いた話どころか友人の有無すら聞こえないのよ?』


『あー……なるほどなぁ。』


『はぁ……これなら無駄にスーツ着て一般的な家庭その1みたいな見た目で参観とか行かなければ良かった。同じボッチでも舐められないならまだ普通に通えたでしょ。』


 機嫌の悪い母がとんでもない事を言い出した。というのも母は僕が通ってる学校でも有名なヤンキーだった。なので入学して暫くは色々な意味で教師から見守られていた。しかし、次第に僕の性格がなのを理解した彼らはその監視の目を緩くしていき、最近では暴力を受けてたら何故か怒られる様になってしまっていた。


『てか生活指導は変わらず田中でしょ?ちょっとそろそろ顔出した方がいい気がしてきた。』


『姫、それは何か違うと思うよ。というか何だかんだ心配してくれてるんだね。ホッとしたよ。』


『いや、心配というか。単なる気紛れだけど。』


 そっぽを向きながら頬をかく母の様子を見る限り心配はしてくれてるらしい。普段は思った事を素直に言う母だが褒められたりすると言い淀む癖がある。そしてそれが彼女の可愛い所だと昔父が言ってた記憶があった。


『つか龍虎も龍虎だよ。どうせならこれみたいに頭位は良くあれば私みたいな人居たんじゃないの?なんでこう、父の知性と母の力強さを兼ね備えなかったのよ。』


『姫、それはいけない。私達がこの子を守らないで誰が守るんだ。言っていいことと悪いことがあるぞ。』


 呟くように悪態を吐いた母に対し静かに父が怒る。その姿に苦虫を噛み潰したような表情を見せた母はそのまま黙り込んで再びそっぽを向き、父も父で溜め息を零して俯いてしまった。重くどんよりとした雰囲気がリビングに広がる。その空気感に耐えれなかった僕はそっと部屋に戻る事にした。



 翌日。仕事で朝早くに出た両親と顔を合わせる事なく朝食を摂った僕は鍵を閉めて家を後にする。学校迄はバスを使って移動している為移動時もあまり動かない。これも一つ運動不足の原因なのかもしれない。とは言え朝のこの時間は混み合いやすい。立ちっぱなしになる事が多かった。


『……………………。』


「…え?」


 バスの到着を待ちながらスマホをいじっていると背後から小さく、低い声で何かを言われた。何を言われたのか聞き取れなかった僕が振り向くも束の間。バスが到着し順に乗り込み始めたので慌てて乗り込む。そして運転手に定期を見せてそのまま進もうとしたその時だった。


「……っ?!?!」


 首根っこを掴まれ後ろに引っ張られた僕はそのまま腕を取られ身動きが取れなくなる。その首元にはギラリと光るナイフがあった。

 

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