魔の傀儡

闇王の城の奥深くに設けられた玉座の部屋は、力の暴走によって苦しむ余り凄まじい勢いで周囲の物を叩き壊し、荒れ果てた部屋となっていた。濃い闇の瘴気に覆い尽くされ、蹲るように壊れた玉座に腰を掛けている闇王はヴェルラウド達の気配を感じていた。

「……この気は……とうとう来たな。忌まわしき赤雷の力を受け継ぎし者、ヴェルラウド・ゼノ・ミラディルス……」

赤く濁った目を光らせ、憎悪を滾らせる闇王。瞳の中からも憎悪の炎が燃え盛っていた。


都市部を抜け、瘴気に満ちた道を走り抜けると、ヴェルラウド達は闇王の城の入り口に辿り着いた。入り口は巨大な扉で閉ざされていたが、扉はまるで歓迎するかのように開いていく。

「へえ、つまりあたし達に来て欲しいって事?上等だわ」

強気に振る舞うスフレ。ヴェルラウド達は恐る恐る城の中へ侵入していく。黒光りする宮殿を思わせるような造りをした内装に加え、邪悪な空気に満ちた城内はあらゆる場所に闇の炎が灯され、雷鳴が定期的に鳴り響いていた。

「闇王……絶対に倒してやる。どんな奴であろうとな」

止まらない緊迫感の中、決意を固めるヴェルラウド。

「行くぞ。闇王は近い」

大剣を手にしたオディアンはヴェルラウドと共に前に進む。

「待て、ヴェルラウド」

リランが呼び止める。

「確か君はマチェドニルが造ったオーブを持っていたな?それを私に預けさせてくれないか」

「ああ。解ったよ」

ヴェルラウドは懐に忍ばせていた破闇のオーブをリランに手渡す。

「すまない。このオーブはあらゆる闇を吸収する力を持つとの事だから私が持つ方が良いと思ってな」

「なるほど!リラン様の力と併せると心強そうだもんね!」

スフレの言う通り、リランは自身の魔力と合わせる事でオーブが持つ闇を吸収する力を最大限に発揮させようと考えていた。

「どうやら、あんたが俺達に付いてきてくれたのは正解だったようだな。感謝するぜ」

ヴェルラウドはリランの存在が頼もしく思えるようになり、笑顔で礼を言う。城内を進み、暗闇に包まれた回廊を歩くと、魔物の唸り声が聞こえ始める。

「やはり城にも魔物どもがいるようだな」

敵の気配を感じたヴェルラウド達が武器を構えると、醜悪な魔物の群れが立ちはだかる。魔物の群れはヴェルラウド達の姿を見ると、獲物を狙うかのように襲い掛かる。

「ふん、ザコに用は無いわよ!」

スフレが魔力を集中させると、ヴェルラウドとオディアンは襲い来る魔物の群れに挑む。多くの魔物を軽く蹴散らし、とどめの魔法攻撃を放つスフレ。敵はあっさりと全滅し、倒された魔物の口から黒い瘴気が吐き出され、姿がみるみると変化していく。次の瞬間、ヴェルラウドは愕然とする。

「な……何だ……と……?」

オディアン、スフレ、リランも愕然とし、我が目を疑っていた。なんと、倒された魔物の群れは惨い人間の死体へと変化していたのだ。

「こ、これは一体……!」

予想外の出来事に言葉を失うオディアン。

「な、何よこれ……どうして人間に!?」

余りの惨さに思わず口を押え、考えられる事実を全力で否定しようとするスフレ。一瞬幻かと思ったものの、魔物だったものは全て何者かによって姿を魔物に変えられ、城に侵入したヴェルラウド達を狙うように操られた生身の人間であった。

「……これはまやかしの類ではない。魔物に変えられていた人間だ。今現れた魔物は全て人間だったのだ」

リランの言葉にヴェルラウドは思わず膝を付き、床に拳を叩き付ける。

「嘘でしょ……?あたし達、まさか人を殺してしまったの?こんな事……」

身震いさせ、放心状態になるスフレ。オディアンはその場に立ち尽くし、やるせなさと怒りに拳を震わせていた。リランは破闇のオーブを握り締め、強く念じる。オーブからは神聖な光が溢れ出し、死んだ人間達は光の中で浄化されるように消滅し、辺りに漂っていた瘴気はオーブに吸い込まれていく。リランは気付いてやれなかった事への後悔に打ち震えつつも、我々に出来るせめてもの償いだと心の中で呟く。

「……許さねぇ」

光が消えた時、ヴェルラウドがそっと立ち上がる。その表情は激しい怒りに満ちていた。

「みんな、行くぞ。今は後悔している場合じゃない。俺達にはやるべき事がある。あの人達も犠牲者なんだ。あの人達の分まで戦うんだ」

剣を手に、ヴェルラウドが再び歩き出す。スフレ、オディアン、リランはヴェルラウドの言葉に心を震わされ、お互い見つめ合っては頷き、ヴェルラウドと共に闇王を倒す決意を固めつつも後に続いた。



荒廃した都市で改造された魔物クラドリオとの戦いの中、真の太陽に目覚めたレウィシアは太陽のように光輝く炎のオーラに包まれていた。更に暴走するクラドリオは次々と強酸の液を吐き出すが、太陽のオーラは強酸を遮断していく。両手に剣を構えたレウィシアが懐目掛けて飛び掛かり、次々と斬りつけていく。クラドリオの巨体は一瞬で切り裂かれ、傷口から炎が発生する。醜悪な鳴き声を轟かせたクラドリオは最後の力と言わんばかりに、力任せに触手を地面に叩き付ける。

「ぐっ……!」

地響きを伴う衝撃波がレウィシアを襲う。咄嗟に防御するものの、衝撃によって吹っ飛ばされ、背中を強打してしまう。

「がはっ!くっ……」

咳き込みながらも立ち上がるレウィシア。倒れたクラドリオは火花を放ちながらも身体を小刻みに動かすものの、直ぐに動きは停止し、そのまま息絶えた。敵が倒れた事を確認したレウィシアは思わず後方を見る。ラファウス達が挑んでいる機械兵の群れは全滅寸前となっていた。

「ガストトルネード!」

ラファウスの風魔法による竜巻が巻き起こると、水の魔力を最大限に高めていたテティノが飛び出す。

「タイダルウェイブ!」

水の魔力によって生み出された津波が竜巻と共に機械兵達を飲み込んでいく。ラファウス達によってゲウドの機械兵達は全て倒された。

「よし、これで全部片付いたな」

全ての敵が倒され、勝利を確信するテティノ。

「みんな、無事だったのね」

レウィシアがラファウス達の元へやって来る。

「所詮は雑兵。この程度など相手にならぬ」

冷徹な物言いのヘリオを横に、レウィシアは倒れている機械兵の姿をジッと見つめる。既に動かなくなっていた機械兵は身体の一部が機械に改造された魔物と魔族の民であり、洞窟の中で彷徨っていた機械兵と同類だったのだ。

「レウィシア、どうかなさいましたか?」

ラファウスが声を掛けるものの、レウィシアは洞窟で遭遇した機械兵達から感じ取った様々な負の感情の意味がどうしても気になるばかりであった。

「ルーチェ、この魔物達からも魂の声とか感じなかった?」

思わずルーチェに問う。

「……魂の力は全く感じない。でも、魔物から何か声が聞こえた気がする。魂の声とは違う何かの声が」

機械兵から聞こえたという声は、ニンゲン、セイギ、コロセ、ホロボセといった言葉が繰り返されている声であった。声の内容を聞かされたレウィシアは何とも言えない気分になる。

「どうした?敵はもう全滅したんだろ?ヴェルラウド達の後を追うぞ」

テティノの一言を受け、レウィシアは腑に落ちない気持ちのまま歩き始めた。

「ヒャーッヒャッヒャッヒャッ!!」

響き渡るゲウドの笑い声。レウィシア達が一斉に見上げると、上空に浮遊マシンに乗ったゲウドの姿があった。

「ヒヒヒ、なかなかやりおる。ワシの精鋭の機械兵どもを全部倒すとは」

ゲウドが水晶玉を手にすると、レウィシア達を見下ろしながらも嫌らしい笑いを浮かべる。

「この魔物達を改造したのはお前の仕業なのね。お前も闇王の部下なの?一体何が目的でこんな事を!」

レウィシアが問う。

「ヒヒヒ、如何にも。奴らはワシの手で改造された機械兵であり、元々闇王の部下だった存在。そしてこのワシも闇王の部下じゃよ」

更にゲウドが語る。機械兵は闇王が治めていたジャラン王国の民であり、かつて闇王に挑んだ人間の戦士達によって殺された人魔族、魔族であった。人間との戦いで倒れ、死体となったジャランの民は全てゲウドに改造され、ゲウドの兵器として利用されているのだ。

「何ですって!?そんな事……」

愕然とするレウィシア。荒廃した都市は闇王との戦いに挑んだ人間によって滅ぼされた王国であり、機械兵は人間に倒された王国の民の死体が改造された存在という事実に言葉を失っていた。そして洞窟での機械兵から感じた様々な負の感情が伝わるような感覚の正体は、人間に命を奪われた事による嘆きと悲しみの心、そして命を失っても機械兵という傀儡で動かされている苦しみの心であった。

「クヒヒヒ……機械兵はまだまだいるぞ。次の相手は闇王の眷属となる者ども……奴らも闇王の首を狙う人間どもに倒された哀れな手駒じゃよ」

ゲウドが水晶玉を翳すと、玉から三つの瘴気の塊が飛び出す。瘴気の塊が落下すると、三体の機械兵が出現する。一人は赤い甲冑に身を包み、大剣を手にした重装兵、蝙蝠の翼に半身が機械化した逞しい肉体を持つ魔族の大男、顔が機械化した醜い悪魔といった姿を持つ魔物———人魔族の男であった。

「さあ眷属どもよ。今此処にいる愚か者どもを八つ裂きにし、人間どもへの恨みを晴らすがいい」

重装兵はバウザー、魔族の大男はマドーレ、人魔族はビゴードという名前で、三人の眷属が一斉に襲い掛かる。バウザーの大剣が振り下ろされた瞬間、レウィシアは剣で受け止める。

「……ニンゲン……コロス……ニンゲン……ホロボス……」

レウィシアはゲウドの非人道な行いに対する怒りと同時に、機械兵達への憐みの感情が湧き上がる。

「あなた達も哀れな人達なのね。今すぐ楽にしてあげるわ」

再び炎の魔力を高めたレウィシアはバウザーの大剣を押し退け、反撃に転じる。

「オオオオオォォッ……ニンゲン……コロス……ホロボス……ウオオオォォォッ!!」

雄叫びを上げながらも次々と大剣を振り回すバウザー。襲い来るバウザーの大剣による攻撃を自身の剣で対抗するレウィシアは激しく切り結びながら飛び上がり、回転蹴りをバウザーの顔面に打ち込む。その一撃で尻餅を付いたバウザーに剣を突き立てるレウィシア。

「ゴアアアァァァッ!!ア……アァッ……」

機械音が混じったような叫び声を轟かせるバウザー。苦痛のように聞こえるその叫びに思わず剣を引き抜き、顔を背けるレウィシア。

「もう立ち上がらないで。あなたは……犠牲者なんでしょう?」

憐れむように呼び掛けるレウィシアだが、傷を負ったバウザーはまだ立ち上がろうとしている。レウィシアは剣を手にバウザーを見下ろしていた。



翼を広げて飛び掛かるマドーレに襲い掛かる炎の蛇。空中から扇を振り上げたヘリオの攻撃であった。

「騒がしい奴だ。貴様は私が相手してやる」

マドーレは機械音声が入り混じった怪物のような雄叫びを上げながらもヘリオに襲い掛かる。肉体を活かした力任せによる一撃を次々と繰り出すが、ヘリオの機敏な動きには掠りもしない。空中回転しつつも炎を放つヘリオ。

「グオオオオオアアアア!!」

炎に包まれたマドーレが更に雄叫びを上げる。身体に炎を残しつつも大暴れするマドーレ。ヘリオは扇に息を吹き掛けると、素早く後方に飛び退いた。

「一気に決めてやる」

ヘリオは扇を天に掲げ、勢いよく振り下ろすと、巨大な炎の衝撃波が巻き起こる。炎の衝撃波を受けたマドーレは叫び声を上げながらも炎に焼かれていく。燃え盛る炎に近付いていくヘリオ。

「ガアアアアア!!」

マドーレが炎の中から飛び出し、凄まじい勢いでヘリオに殴り掛かる。

「何ッ!?」

不意を突かれ、回避に出遅れたヘリオはマドーレの拳を顔面に受け、腹に一撃を受ける。

「ごぼぉっ……」

目を見開かせ、苦悶の表情で胃液を吐き出すヘリオ。更にマドーレの体当たりを受けたヘリオは建物の壁に叩き付けられる。

「がはっ!うっ……ごはっ」

ヘリオは咳き込みながらも、腹を抑えながら立ち上がる。口からは血が流れていた。

「グアアアアアアアッ!!ニンゲン……コロス……ホロボスウウウ!!!」

マドーレは雄叫びを轟かせ、猛獣のように自身の胸を叩くドラミングを始める。

「私とした事が油断をするとは」

手で口からの血を拭い、扇を手に構えるヘリオ。その目からは闘志は全く失われていない。マドーレが大口を開くと、燃え盛る黒い炎が吐き出される。闇の炎であった。

「バケモノが。小癪な真似を」

ヘリオは扇を激しく振り翳し、追い風を起こす。追い風は強風となり、辛うじて闇の炎を凌ぐ事に成功した。反撃に転じるヘリオだが、マドーレは荒れ狂った猛獣の如く暴れ出し、再びドラミングをしていた。



ラファウス、テティノ、そしてルーチェはビゴードに挑んでいた。目から次々と光線を放つビゴード。光線が地を這うと、一気に炎となって燃え上がる。

「こいつはむやみに近付くと危険だな」

テティノは魔法で応戦しようとする。

「ルーチェ、離れていなさい。何があっても余計な手出しはするんじゃありませんよ」

ラファウスの一言にルーチェは黙って頷き、その場から離れる。

「テティノ、手早く片付けますよ。無駄な時間を掛けている場合ではありませんから」

「解った。同時に行くんだな」

ラファウスとテティノが同時に魔力を高めていく。二人による連携攻撃で一気に勝負を決めようとしているのだ。二人の魔力が最大限まで高まろうとした瞬間、ビゴードが口から巨大な光線を放つ。闇の力を帯びた極太の光線であった。

「いかん、離れろ!」

即座に回避する二人だが、爆発によって吹っ飛ばされてしまう。

「うぐっ……」

直撃は避けられたものの、爆発でダメージを受けたラファウスとテティノが立ち上がろうとする。

「ニンゲン……ニンゲン……コロス……ホロボス……」

譫言のように呟くビゴードは目を赤く光らせると、次々と稲妻が降り注ぐ。闇の魔力による稲妻であった。辺りを薙ぎ払うように唸る稲妻の攻撃で更にダメージを受けるラファウス達。

「くっ……強い」

全身に痺れを残しつつも、反撃に転じようとするラファウスとテティノ。そこにルーチェがやって来る。

「ルーチェ!」

「こんな時にジッとしてなんかいられないよ。せめて回復だけでもさせて」

二人に回復魔法を掛けるルーチェ。目を光らせながら近付いてくるビゴードだが、ルーチェの魔法によってダメージが回復したテティノが立ち上がり、槍を投げつける。槍はビゴードの左肩部分に突き刺さっていた。

「ギャアアアアア!」

左肩部分を槍で貫かれたビゴードが叫び声を上げる。刺された個所からはドロドロとした血液が流れ、火花が生じていた。二人の回復を終えたルーチェは直ぐにその場から離れ、ラファウスが魔力を集中させる。

「テティノ、あなたは敵を食い止めて下さい。予定変更です」

「何だって?」

「あのような攻撃があると解った今、隙を与えてはなりませんから」

真剣な表情でラファウスが言うと、全身が激しい風のオーラに包まれる。風の魔魂の力と合わせた魔力を両手に集中させているのだ。

「そうか、解ったよ」

テティノはラファウスを信じつつも自身も水の魔魂の力で魔力を高めていき、数々の水魔法でビゴードを食い止める行動に出た。



その頃、闇王の城の奥深くへ進んだヴェルラウド達は大広間に出る。大広間には、無数の魔物達が立ち塞がっていた。魔物達はヴェルラウド達の姿を見ると醜悪な唸り声と雄叫びを轟かせ、今にも飛び掛かりそうな雰囲気を放っている。

「くそ、まだいるのか!こいつらも恐らく……」

魔物の群れを前にしたヴェルラウドは正体が人間である事を考えてしまい、思わず躊躇する。

「待て!私に任せろ」

破闇のオーブを手にしたリランが前に出ると、魔物達が一斉に襲い掛かる。

「もしかするとこのオーブの力があれば……!」

リランは破闇のオーブを握り締めながらも、自身の魔力を集中させつつ念じる。すると、オーブから眩い光が溢れ、辺りが光に包まれる。

「ウオオオオオオオオオォォ!!」

神聖な光の中、魔物達が苦しみ出す。痛々しい程に苦しみの声を上げていく無数の魔物達から黒い瘴気が漏れ始め、オーブに吸い寄せられていく。

「オーブの力で元に戻れるというのか……?」

あらゆる闇を吸収する力を持つという破闇のオーブによって全ての闇の力を吸収と共に浄化すれば元の姿に戻れるという事に期待してしまうヴェルラウド達。苦しんでいる魔物の姿がどんどん変化していく。全ての闇の瘴気が吸収されると、魔物達は人間の姿へと変わっていた。闇の力を失った事で元の姿に戻った人間達は全員その場に倒れてしまう。

「やはり……そうだったのか」

思わず倒れた人間達に駆け寄るヴェルラウド達だが、一人一人が息をしておらず、魂を抜かれた抜け殻の状態となっていた。

「何て事だ。魔物に変えられた人間達はもう既に……」

後悔の念と共に嘆くリラン。次の瞬間、ヴェルラウドは驚愕する。人間達の中にはサレスティルの兵士が混じっているのだ。

「まさかこの人達は……」

そう、魔物に変えられた人間はゲウドによって浚われたサレスティル王国の人間であった。

「サレスティルの人々が行方不明になっていたのは、こういう事だったの?どうしてこんな……」

信じられないと言わんばかりに驚くスフレを横に、ヴェルラウドは俯きながら拳を震わせる。

「……この者達を救う為にも、闇王を倒さなくてはならぬ。急ぐぞ」

オディアンが言うと、ヴェルラウドは無言で足を進める。リランは倒れている大勢の人間達の姿をジッと見つめていた。

「リラン様。この人達を帰る場所へ送り届ける事は出来ないの?」

「残念ながら私にはそこまでの事は出来ない。しかもこれだけ数えきれない程の人数となればな。救う方法としてはまずは闇王を倒すしか他になかろう……」

浚われた人々を救う為にはまず闇王を倒すしかないと悟り、その場を後にするヴェルラウド達。その様子を目玉が浮かぶ球体が遠い位置で静かに眺めていた。ケセルの分身である黒い影であった。黒い影の存在に気付く事なく城内を進むヴェルラウド達は大広間を抜け、暗闇の回廊を進む。

「ねえ、ヴェルラウド」

スフレが声を掛ける。

「魔物に変えられていた人達は、闇王を倒したら救われるのかな。でも、あたし達が倒したのは……」

ヴェルラウドは返すべき答えが見つからず、無言で応える。

「あ。ごめんなさい……今はこんな事考えてる場合じゃないわよね。とにかく、あたし達に出来る事をやらなきゃ。そう思うでしょ?」

黙って頷くヴェルラウド。

「スフレよ。我々は今、己の信じるがままに進むしかない。我が手で罪無き人々の命を奪う事になったのは心苦しいが、犠牲となった人々の無念を晴らす為にも戦うのだ。死力を尽くしてでもな」

オディアンが冷静な声で言う。

「そうね。あの人達の事を考えると、絶対に負けるわけにはいかないわ。あたし達の手で必ず……!」

スフレは決意を新たにすると、拳に力を入れる。

「あれを見ろ」

邪悪な色をした闇の炎が灯された台座が並ぶ広間の突き当りには、巨大な扉が設けられている。雷鳴が鳴り響き、紺色に輝く台座の炎は静かに揺らめいていた。

「肌で感じるぜ。間違いなく、あそこに闇王がいる……!」

扉の向こうに闇王がいる事を確信したヴェルラウドは剣を握り締める。

「いよいよ来たわね。闇王め、あたし達の怒りを思い知らせてやるわ!」

意気込んでスフレが言うと、ヴェルラウド達は扉の前まで向かって行く。扉からは僅かに瘴気が漏れ、禍々しい闇の力が漂っていた。

「皆、覚悟は良いな?相手は闇を司りし者の王。決して気を抜くな」

オーブを手にリランが言うと、ヴェルラウド達は目の前の扉を開けようとする。扉はいとも簡単に、重々しい音を立てながらゆっくりと開き始めた。

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