第11話 ドキッ! 女の子だらけのスパ体験
*
次の日の学校、昼休み。
「なあ、イチロー。俺、最近変な噂を聞いたんだよ」
僕の前の席にどかっと座り、体だけ後ろに向けてクリームパンを食べながら
「なんだよ、変な噂って」
「お前と三浦がいっつも駅前のマックに二人でいるって」
「ぶっ」
「うわっ」
ごめん、と謝りながら定木にティッシュを差し出す。定木は「汚ねーな」とぼやいて顔についたご飯粒を取りながら再び訊いた。
「で、どうなんだよほんとのとこ」
「どうって……」
ちらり、とカコたちの方に目を向ける。カコは頬に右手のひらを添えてご飯粒まみれの定木をじっと見つめていた。なぜかとろん、とした目で。
そしてゆっくりと頬を撫でるように手を下げると、唇に触れた薬指にちろ、と舌を這わせた。
なに想像してんのかわかんないけど、エロ……いや怖い。カコは僕の視線に気がつくと、はっと我に返ったように顔を赤らめて俯いた。
……これって、つまり、さっきのエロ怖い顔はわざと僕に見せてたわけじゃないってことだよね。僕の吹き出したご飯粒まみれの定木を見て、なんでそんな物欲しそうな顔するわけ?
いや。考えるのはよそう。
幸い、カコたちには定木の声は聞こえていなかったようだ。カコの向かいに座っているミクも、怪訝そうな顔でこちらを見ているだけだ。
「だからさ、ほんとなのか? 三浦といっつもマックに行ってるって話」
食い下がる定木をまさか、と一笑に付す。
「いっつも、なんてあるわけないよ。確かにマックで会ったことはあるけど」
「ま、そんなところだよな。噂の尾ひれってこえーな」
定木はほっとしたようにわはは、と笑い飛ばした。
……次からは気をつけよう。
「そういえばさ、定木はミク……じゃなかった、三浦さんにはいかないの?」
「三浦? ま、一度くらいお願いしてもいいけどなー」
なんでお願いする側なのに偉そうなんだよ。定木はミクの方を見ながらニヤニヤと続けた。
「三浦はおっぱいでかいし、遊んでそうだよなー。簡単に股開いて、後で『一回寝ただけで恋人ヅラするのやめてくれる?』とか言うタイプだよな……ぶはっ」
「悪い手が滑った」
定木の顔からぽたぽたと水が
僕は定木にコップの水をぶちまけたことを謝りながら、もう一枚ティッシュを渡した。
「……イチロー、お前俺に恨みでもあんの?」
「だから手が滑ったんだってば」
僕はグーパーしながら、僕の意志とは関係なく勝手に動いた右手を見つめていた。
*
「なんでマックじゃダメなんだよ」
放課後のマック。
ミクは「あたしはマックシェイクが好きなんだよ」と、徹底抗戦の構えで両手でテーブルをつかんでいる。
「噂になってるらしいんだよ。僕とミクがいっつも二人で放課後マックしてるって」
「ふーん、別にいいんじゃね?」
ミクはくだらない、といった様子で背もたれにとすん、と体を預けると、ずずっとシェイクを啜った。
「あんたが冴えないヤツってことはみんな知ってるし、誰もそんなあんたがあたしと付き合うなんて思わねーよ。そんな勘違いするとしたら、カコくらいなもん……」
ミクの表情が固まる。
「やばいな」
「うん。やばい」
「ま、今日はカコは用事があるって急いで帰っていったから、ニアミスしたりすることはないだろーけど」
おかげで今日はミクと落ち合う時間もいつもより一時間ほど早い。
「そういえばカコの用事ってなんなの?」
「エステだってさ」
「カコが?」
意外だった。高校生でエステって、一般的なの? それにカコはかなりスリムな方だし、素材的にはクラス一の美少女だ。エステに行く必要があるとは思えなかった。
「カコがなにしにエステに行くの?」
「そりゃ誰だって、どっかにコンプレックスあるもんだよ。追求するもんじゃないよ、そんなこと」
ミクはちろっと僕を睨みつけ、僕は軽く肩をすくめてやり過ごす。
昔だったらそれだけで縮み上がっただろうけど、それが軽い
首にかけたネクタイをルーズに緩め、大きく開いた襟元。カコがどことなく日本的で妖艶な雰囲気を纏っているのに対し、ミクはアメリカンというか、陽気で健康的な雰囲気がある。
たぶん、ギャルって言われる女の子みんながみんな、ミクのような感じでもないんだろう。今まで十把一絡げで括っていた僕だったけれど、それもまた偏見だったのかもしれない。
「でもさ、エステって高いんじゃないの? 金持ちなんだね」
「そりゃ金持ちは金持ちだけど、そもそもカコのお母さんはあの『かすみビューティ』の会長だよ?」
そう言ってミクはCMでよく目にする大手エステグループの名を挙げた。あれ名字の「霞」から来てたんだ。
「昨日行ったスパだって、かすみビューティの系列だから顔が利くんだよ。じゃないと、小学生のなゆちゃんと高校生のあたしたちだけじゃ入れないって」
そういうことか。
「そうだ。結局、昨日はなにがあったの?」
「まあなにもなかったんだけどさー。なゆちゃんがカコの一途さに当てられたっていうか」
そういってミクは昨日の話を教えてくれた。
*
その日、あたしは水道橋駅前でカコを待っていた。
かすみビューティグループの系列であるスパリゾートは都内なのに、岩盤浴とかミストサウナ、温泉なんかがめっちゃ充実した一大リゾート。
だから、カコから株主優待券? とかいうチケットがあるから一緒に行こう、と誘われたときはほんとに嬉しかった。
やっぱりこういうのは女の子同士だから楽しめるところなんだよね。温泉だって水着なしで一緒に入れるし、プールだって男の子の視線を気にしなくてすむ。
なんて言ったってカコと二人ってのが超嬉しい。最近のカコはイチローとばっかりだったから、ほんとに楽しみ。心配事があるとしたら、あんまりカコの体をジロジロ見過ぎたり、理性が吹っ飛んで自分の欲求を制御できなくなって嫌われちゃうんじゃないか、ということくらい。
大丈夫だよな、あたし。喜びすぎるな、浮かれすぎるな――手のひらに「人」の字を書いて飲み込んでいると(それになんの効果があるかは知らないけど)後ろから透き通った声をかけられた。
「ごめんねー、ミク。遅くなっちゃった」
「ううん、時間ぴったりだよ……!?」
カコの声に振り向いたあたしは言葉を失った。
そこには園児(ニセモノ)と小学生(ホンモノ)がいた。
なにがどうなってこんなことになった?
園児(ニセモノ)の方はすぐにピンと来た。アニメ研の連中に無理矢理借りた薄い本にあった格好だったから。
確か、血小板ちゃん、とかいう変な名前だった。子供にそんな名前をつける親の顔が見てみたい。なんでカコがあたしにそのコスプレを見せに来たのかはまるで謎だけど。
それよりも問題はもう一人の小学生(ホンモノ)の方だ。あたしが固まってると、小学生はぺこり、と頭を下げた。
「あ、あの、初めまして。鈴木那由多です」
鈴木?
あたしの怪訝そうな表情に気付いたのか、小学生は言葉を継ぐ。
「いつも兄の太郎がお世話になってます」
そう言うと小学生は頭をさらに深く下げた。
鈴木太郎? どこかで聞いたような……。
「あ、イチローか」
「は、はい! うちの兄は太郎ですけど、みなさんからはイチローと呼ばれてるそうで」
つうことは、この鈴木那由多ことなゆちゃんはイチローの妹ってこと? そう言われてみると顔立ちというか、目鼻の造りに似た雰囲気がある。
「イチローの妹ちゃん? わあ、似てる似てる!」
「へへ、たまに……言われます」
嬉しそうにはにかむなゆちゃんを見て、お兄ちゃんのこと好きなんだろうな、と少しほっこりした。それにすごくしっかりしてる。あたしは自分が小学生以下のことしかできてないことに気付いて、慌てて自己紹介を兼ねて挨拶する。
つか、ここはカコがお互いを紹介すべきじゃね?
あたしはカコに「どういうこと?」と訊きたかったんだけれど、そんなことを訊くと、このしっかり者のなゆちゃんは自分が邪魔者なんじゃないか、と察してしまいそうで訊くに訊けなかった。
受付カウンターのお姉さんたちからは、あたしたちはめっちゃ不審な目で見られた。明らかに高校生なあたしと、園児(ニセモノ)と小学生(ホンモノ)の三人組なんだからその気持ちは分かる。
でも、カコがチケットを渡して「
高級そうな館内の雰囲気に圧倒されかけていたあたしは、カコの手慣れた優雅さにくらくらしてた。園児コスさえなければあたしもへへーって、平身低頭していたかもしれない。
ロッカールームで着替えてるときからカコはなゆちゃんにべったりで、むしろあたしがほっとかれるまである。カコに今日のいきさつを訊きたかったあたしはやきもきしていたけれど、あんまり露骨なことをするわけにもいかない。
なゆちゃんは終始遠慮がちで不安そうな様子だったから、カコが気を遣うのは分かる。でも、カコの視線はもっと、なんていうんだろ――観察眼? みたいな熱を帯びてぎらぎらしてた。
きっとカコがなゆちゃんを連れ出してきたんだろうけど、それでも少しくらい説明してほしい。
そんなあたしの思いをよそに、カコはなゆちゃんを質問責めにする。
お兄ちゃんとは仲いいの? から始まって、燃えるごみは何曜日の何時頃に出すの? お風呂はいつも何時頃に入るの? 入る家族の順番は? お母さんの旧姓は? 小学生のときのニックネームは? 初めて飼ったペットの名前は……。
最初は普通に答えてたなゆちゃんだったけど、次第に『この人、なんで秘密の質問みたいなこと訊くの?』みたいな感じで警戒し始めた。
それであたしがいろいろ話を逸らしたり、茶化したり一生懸命はぐらかしてたんだけど、それも限界が来た。
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