28 物哀しい情熱
テーブルの上にはハンバーガーの包装紙やナゲット用の余ったソースがバスケットの中で
「・・・・・」
涼介はコーヒーを片手に荒れる街並みを
「・・・・・」
まゆみは雑誌に落とした瞳を時折り涼介に向けながら、涼介が
(やばい・・・ちょっとニヤけてるかも・・・)
車の中で涼介が昼食を
「・・・・・」
涼介は雑誌を読んでいるまゆみの横顔に気付かれない
(
食事にファーストフードを選んだ事が、一つの恋愛に結論を出し終えた男の底意地の悪い投げ
(最悪な男だ・・・)
これから切り出さなければならない、今日を限りに二度と会う事はないだろうまゆみとの決別に、純度の高い自己都合だけで向き合おうとしている自分を
「・・・ね、涼介って何月生まれ?」
「・・・ん?」
涼介はまゆみを見た。
「誕生日まだ聞いてなかったよね?」
占いのページに目を落としたまま、まゆみは
「そうだっけ?」
涼介は手に持ったままだった空のコーヒーカップをそっとテーブルの上に置いた。
「・・・ね、何月?」
「3月だよ」
「3月何日?」
「10日」
「10日かぁ・・・魚座なんだね」
「・・・そうだね」
「魚座の男性ってロマンチストが多いんだよ」
まゆみはオレンジジュースを口に付け、笑顔を
「そう?」
涼介は笑顔を作るべきかどうかを迷っていた。
「うん・・・だって涼介、ロマンチストだもん」
まゆみにとってテーブルを
「・・・・・」
涼介はまゆみの言葉に笑顔を見せていた。しかし涼介にとってその笑顔は作り笑い以外の何物でも無かった。
バイパスは家族連れの車が地方都市の日曜日にありがちな渋滞に
二人が乗るBMWはその渋滞の中に
乱暴に叩き付ける大粒の雨は、車内に流れているメロディを邪魔し続けていた。
涼介は相変わらず無口のまま、ATのクリープ現象を多用して車を小倉市街へと前進させていた。
「ね、マツキヨって小倉にあるの?」
ファーストフード店で空腹と一緒に心も満たしていたまゆみは、何かを思い出した様に突然涼介にそう投げ掛けた。
「・・・あるんじゃない?」
涼介はまゆみの質問に、
「じゃぁ行こ!買い物付き合って!」
まゆみはMr.childrenや雨の音に負けない張りのある声を車内に響かせた。
「・・・・・」
涼介は黙っていた。
「ねっ、行こ!連れてって!」
明るく
まゆみはずっと前から自分の事をもっと深く涼介に知って
涼介はまゆみの問いには答えずCDを止めた。
まゆみは笑顔で涼介の返事を待っていた。
CDの代わりに車を叩く雨音が車内に響いていた。
沈黙には
涼介は時間が
「・・・・・」
まゆみは二人の間に沈黙が来ているとは思っていなかった。
「・・・このまま駅迄送るよ」
涼介は落ち着いた
「そう・・・」
まゆみは微笑を浮かべ、涼介を見つめ続けていた。
(涼介ってやっぱりあんな場所好きじゃないんだ・・・)
幸福感に包まれているまゆみの心は涼介の言葉にそんな
涼介は真っ直ぐ前を向いていた。
まゆみは涼介を見つめ続けていた。
(・・・でも、駅まで送るって言ったよね?・・・って事は、今日はこれでお別れって事なのかな?・・・)
南国で生活する人々が刻むリズムの
(何かこの後仕事でも入ってるのかなぁ・・・)
そう考えた直後、他愛の無い話の割には余りにも長い沈黙が二人の間に続いている事を意識した。
「・・・仕事、入ってるの?」
「いや、仕事じゃないんだ」
涼介は前を向いたまま冷静に
(仕事じゃないんだったら、何か用事でもあるのかな?)
まゆみは涼介の返事に対して素直にそう考えた。
「・・・じゃぁ、何か約束があるとか?」
「約束も無いんだ」
涼介の言葉は
「?・・・」
まゆみの心は涼介が放つ現実に
「・・・じゃ、何?」
まゆみは仕事も約束も無い涼介が、
「・・・・・」
涼介は黙っていた。
「・・・ねぇ、何?」
まゆみは少し悲しそうに見える涼介の横顔にもう一度聞いた。
「・・・もう会えないんだ。」
「??・・・どういう事?」
涼介の少し太い
ワイパーは
涼介は真っ直ぐ前を向いていた。
まゆみは真っ直ぐ涼介を見つめていた。
「・・・ね、どういう事なの?」
まゆみは無理に笑顔を作り、涼介の横顔に詰め寄った。
「終わりにしよう」
涼介は
車は
「??・・・終わりにしようって・・・えっ??・・何を??・・・」
まゆみは涼介の方に
二人を乗せた車は渋滞のバイパスに別れを告げ、
雨は相変わらず激しく車を
「・・・終わりにしようって、どういう事?」
声を少し張ったまゆみから笑顔は消えていた。
「別れよう」
涼介は近づいて来た料金所を前にアクセルを
「えっ!?」
まゆみは事の重大さにやっと気付こうとしていた。
「・・・・・」
涼介は表情を変えずブレーキに足を乗せ、パワーウインドウのスイッチを押した。
「別れようって!?」
「・・・・・」
まゆみの質問に
「涼介!ねっ!!どういう事なの!?」
まゆみは再び詰め寄った。
「・・・今日で終わりにしよう」
加速させ続けている車のドアガラスが閉まり切るまで待った後、涼介は結末までの無責任なプロローグを強い声で
「・・・・・」
まゆみは声を迷っていた。
どんなトーンで声を作り、どんな言葉で何を伺えばいいのか迷っていた。「・・・・・」
涼介は真っ直ぐ前を向いていた。
(分からない・・・何が起こってるの?・・・)
まゆみの姿勢や態度は緊張で硬直していた。そして言葉を見つけられないまま涼介を見つめていた。
「・・・ねぇ涼介、分かんないよ・・・別れるってどういう事なの?・・・」
涼介と知り合って以来何度も
「ねぇ、涼介・・・」
まゆみは
「涼介・・・ねぇ涼介、今日で終わりって・・嘘だよね?・・冗談だよね?・・・別れようってどういう事??・・何か言って・・・お願い・・・」
涼介から受けた
「・・・愛せないんだ」
涼介は黙り込んでいるまゆみに
「・・・・・」
まゆみは
「ごめんな・・・」
豪雨の中、車は九州道へと
「・・・ごめんな」
まゆみの心情など無視し、別れを
「・・・愛せない・・・って?・・・」
「・・・・・」
涼介は黙り、話を
「・・・愛せないって、どういう事?・・・」
自分なりに考えていた二人の絆を強くする為の計算や
「・・・何でなの涼介・・・何でこんな事になるの?・・・」
二人の付き合いを最初からやり直す事を、願わくは涼介にもう一度考え直して欲しいまゆみは、心に
「・・・・・」
涼介は無表情だった。
「・・・何で答えてくれないの?・・・」
何も
「・・・・・」
涼介は横顔をまゆみに
(どうしよう・・・)
まゆみは心に途方も無い
(ほんとにどうしよう・・・)
再度そう思った瞬間、まゆみは顔から血の気が一気に引いた事が分かった。
「・・・ねぇ・・・涼介・・・」
背中を伝う
車は都市高速道路小倉駅北出口に向かう車線で
二人の間には長い沈黙が続いていた。
まゆみは
涼介は横顔をまゆみに
「涼介・・・何故・・・私だったの?・・・」
動揺と混乱を
「・・・・・」
涼介は黙っていた。
「・・・聞かせて・・・何故こんな風になったのか涼介の本心が知りたい・・・」
「私の・・・何がいけなかったの?・・・」
まゆみは涼介の沈黙に
「・・・・・」
それでも涼介は黙っていた。
「何故・・・何も喋ってくれないの?・・・」
「・・・・・」
「涼介・・・」
「ごめんな」
「!!・・・」
涼介との恋愛に
車は
涼介は
雨で
「ごめんって・・・何?」
まゆみの第六感は、一つの言葉と無言を判で押した様に繰り返す涼介の心の中を
「ねっ・・・ごめんって、何?・・・」
まゆみは涙が残る瞳で涼介を刺し、言葉で涼介の心の奥底を刺した。
「・・・・・」
涼介は黙っていた。
(
そう思った瞬間、まゆみは〝涼介〟という人間を信じ過ぎていた自分を哀れむ事を止め、破局の原因は自分に
「ねっ!ごめんって何!?」
まゆみは語気を荒げた。
〝ごめん〟とだけしか言わない涼介の心に、まゆみは恋愛という情熱的な行為を
「・・・もう私に用はないって事?」
瞳から涙は消え、さっきとは違った震えを唇に感じていた。
「ごめんな」
涼介は
「・・・・・」
まゆみは涼介の言葉に、背負っていた哀れさや
「じゃ、あのキスは!?あのメールは!?・・あの言葉は!?・・・」
短い時間だったけれど涼介を愛して良かったと思える幕切れを望み、涼介にとって都合の良い女などでは決してなかったとしたかった自分への愛情が
「私に見せてた涼介の姿って、全部嘘だったの?」
まゆみは涼介から
涼介はブレーキペダルに右足を乗せていた。
車は199号線に別れを告げる右ウインカーを点滅させていた。
赤信号の右手にはリーガロイヤルホテル小倉が、左手には巨大なAIM小倉ビルが雨で
「・・・嘘じゃないんだ」
涼介は
「嘘じゃない??何が嘘じゃないの??・・・
「ごめんな・・・」
涼介は我慢していた。車の中でまゆみを無視し続けて来た事を
「・・・さっきからごめんねって、それだけ言ってれば済むとでも思ってるの?・・・ねぇ涼介何で?何でそんなに格好付ける必要があるの?」
まゆみは涼介の
「・・・・・」
涼介は黙ったままハンドルを動かしていた。
「・・・また黙り込むの?・・・ねぇ涼介分からないってば!何か言ってよ!!・・・何だったのこの何ヶ月間・・・何が目的だったの!?全部計算だったの!?セックスをしなきゃ答えが出せなかったって事なの!?それとも最初からセックス迄って決めてたの!?ねぇ!!そのつもりだったの!?その為に見たくも無い映画に付き合ったの!!」
平然と構えている涼介の隣で体を震わせている事に耐えられなくなったまゆみは、自らの手で理性を
「何で黙ってるのよっ!!」
まゆみは涼介を
「・・・・・」
涼介は前を向いたまま静かに呼吸をしていた。
「ねっ!!最初から嘘だったの!?キスもメールも、好きとか愛してるとか、ついさっき迄〝好きだよ〟みたいな事言っといて、ねえっ!!何故!!」
まゆみの声は
涼介は心に訪れている
「いい加減にしてっ!!・・・黙ってたらその
嵐の
エンジン音が
まゆみは呼吸を乱し、涼介を
「・・・・・」
涼介は全てを閉じていた。
「・・・・・」
もっときつい言葉で涼介を
「はぁ・・・」
突然まゆみは二人の間に続く無言の空間に大きな
「・・・・・」
全てを閉じたままの涼介は
「・・・何だったのよ涼介と私って・・・」
まゆみは涼介の仕打ちに
雨が伝う助手席のドアガラス越しに頑丈な建物が見えていた。
「・・・何だったのよ・・・涼介と私って・・・」
建物の壁に大きく貼られた小倉駅北口という文字を見つめながら、まゆみはもう一度そう
豪雨なのに静かだった。
動かしている
「・・・分からないよ涼介・・・
「何か言ってよっ!!・・・」
狭い車内をつん
「・・・ねぇ!何か言ってよ!!・・・ねぇってば!!・・・」
再び瞳に涙を
「・・・・・」
涼介は黙り続けていた。
「はあっ・・・」
まゆみは涼介の沈黙に完全に打ちひしがれてた。
涼介の左肩を握りしめたまま
ワイパーは動きを止めていた。
車内には車を叩く雨音の隙間に、ハザードランプの点滅音が
「ごめんな・・・」
「・・・ごめんって・・・何よ・・・」
まゆみは声を
涼介は瞳を閉じ、
まゆみは視線を涼介から切らなかった。
色取りどりの傘の群れが小倉駅に吸い込まれていた。同時に傘の花を開いた人達が小倉駅から歩き出ていた。
傘を持たない人達は出入り口周辺で困っていた。
濡れた瞳で、涼介を
何をどう
「・・・・・」
まゆみは腹を
「・・・・・」
まゆみは涼介から涼介越しに見える雨の小倉にゆっくりと焦点を合わせた。
濡れた瞳で濡れた街を
「・・・さようなら」
これ以上の仕打ちは堪えられないと、頬を伝う涙もそのままに声を振り絞った。
涼介が
まゆみは天を
脱力や無力が全身を
何かに
「・・・・・」
バッグを握り、ドアに手を掛けた。
〝ガチャッ〟
ドアが少し開いた。
まゆみは涼介に背中を見せたまま動きを止め、一つ息を吐いた。
冷たく湿った空気がまゆみの体に一気に染み込んで来ていた。
まゆみは一瞬にして正気に戻された。そして自分に降り掛かった現実の怖さを思い知らされていた。
涼介の視線が背中に向けられていて欲しいと願っていた。
振り向けない事も分かっていた。
向き直れない事も分かっていた。
「・・・・・」
まゆみはドアを大きく開けた。
左足を路上に降ろす事を
振り向きたかった。
もう一度向き直り、もう一度話がしたかった。そしてもう一度涼介に
強い雨が体を
背中を涼介に向けたまま路上に立っていた。
強烈な孤独を感じていた。
傘の群れが不思議そうに見ていた。
知らない街の駅に向かって歩き始めていた。
歩き出すしか
誰の意思で
「ごめんな・・・」
傘の波に
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