第46話出店で釣りをしました

「あーーーっ!」


 イカ焼きを食べ終わり、まったりしているとクロがいきなり声を上げた。


「何だよ、まだ腹が減ってるのか?」

「違うにゃ! あれ! あれ見るにゃ!」


 クロの指差す先には金魚すくいに使うような大きい水槽が置かれていた。

 どうやらあれも出店のようだ。

 中には小さなエイやエビ、エイなどが泳いでいる。

 横に置かれた看板には、『魚釣り一回銅貨一枚。釣った魚はお持ち帰りできます』と書かれていた。

 つまり金魚すくいの海バージョン、といったところか。もしくは小さな釣り堀、みたいな。

 水槽の周りでは、子供たちが釣り針の付いたこよりを垂らしていた。

 あのこよりが切れたら終了ってところか。


「ユキタカ、ユキタカ、あれすっごくやりたいにゃ!」

「待て待て、先客が終わってからだ」


 キラキラした目で俺を見上げ、ブンブンとしっぽを振るクロ。

 子供たちは針で魚を引っかけるようとしているが、かなり難しいようで全く釣り上げられていない。


「……うりゃっ!」


 子供の一人が引き上げると、魚に一瞬引っかかってこよりが千切れた。


「はい残念、おしまいだよ」

「くっそー! もう一回!」

「はいよ。まいどあり」


 もう一度針を買い、釣り上げようとするがやはりダメである。

 ここの魚は誰もそれなりに大きいし、あんなこよりじゃ上がらないだろうな。


「おい、もう行こうぜ! どうせ釣れねーよ!」

「そうだな。海で遊ぼう!」

「さんせー!」


 しばらくやっていたが、子供たちもついに諦めたようだ。

 海の方へと走っていった。

 俺たちが見ていたのに気づいた老人が、こちらを向く。


「どうだい兄ちゃん、一回やってくかい?」


 うーん、でも絶対釣れないだろうしな。

 そんなことを考えていると老人はニヤリと笑みを浮かべる。


「インチキだと思っているのかい? 釣れるわけないと」


 俺の考えを見透かしたように、老人は言った。


「……違うんですか?」

「あたぼうよ。自分に出来ない事を人様にやらせるかってんだ。ならよ兄ちゃん、ワシがこいつで見事魚を釣り上げたら、あんたもやるかい?」

「面白い。良いですよ」

「では、とくと見るがいい」


 そう言うと老人はこよりを針に括り付け、構えた。

 魚の上へ針を近づけ、神経を集中させていた老人は、カッと目を見開くと針を水に浸けた。

 次の瞬間、魚が水面から飛び出した。

 釣り上げられた魚はパチパチと砂浜で跳ねている。


「おおおー!」

「すごいにゃ!」

「へっ、どうでい」


 老人は得意げに鼻を鳴らしている。


「ちなみに釣った魚は焼いて食えばいい。うめぇぞ?」


 そう言って老人は釣り上げた魚を金網の上で焼き始めた。

 魚の焼けるいい匂いが漂ってきて、クロがよだれを飲み込む。

 お前、今食べたばかりだろうが。


「ユキタカ、やりたいにゃ!」

「はいはい、雪だるまもやるだろう?」

「なのだ」

「あいよ。じゃあ三人分で」

「まいど!」


 老人に金を払い、針とこよりを受け取る。

 こいつを針に巻きつければいいんだな。

 先端を尖らせて……と。くりくりと針の先にこよりを挿入し、括りつけた。


「むむむ、難しいにゃ……」

「ユキタカ殿は器用なのだ」


 二人は苦戦しているようだ。

 まぁ猫の手に木の手だからなぁ。

 仕方ない、手を貸してやるか。


「ちょっと貸してみな」


 二人から受け取ったこよりを針の穴に通して、返す。


「ほらよ、出来たぜ」


 その様子を二人はキラキラした尊敬のまなざしで見ていた。


「おおー! すごいにゃ!」

「なんと鮮やかな技なのだ!」


 いやいや、普通ですから。

 言っておくけどお前らの方がよっぽどすごいからね?


「おいおい兄ちゃん、早くやってくんねぇか?」

「あ、はい」

「ボクからにゃ!」


 老人に言われ、クロが早速釣り針を垂らす――が、こよりは水槽に引っかかり、あっさりと千切れて水の中に落ちてしまった。


「にゃーーーっ!?」


 愕然とした顔で落ち込むクロ。

 どんまい。


「次は自分が……」


 雪だるまは袖捲りをするような動作をして、釣り針を構える。

 じっと水面を見つめ、意識を集中させた。

 そして、


「はあっ!」


 勢いよくみずのなかに突っ込み、その勢い故に破れてしまった。

 雪だるまはクロの横でがっくりと項垂れている。

 ど、どんまい……


「へへっ、あとは兄ちゃんだけだぜ」

「むぅ……」


 クロはともかく雪だるまは何とかしそうだったんだけどな。


「ユキタカなら絶対釣り上げれるにゃ!」

「そうなのだ! ユキタカ殿、信じているのだ!」


 二人が俺を応援している。期待には応えたいところだ。

 よーし、あまり自信はないが……やってやるぜ。

 俺は針を水面に近づけ、そのままじっと待つ。

 狙うは水面近く、そして逃げ場のない壁際。


「ユキタカ、動かないにゃ」

「タイミングを見計らっているのだ。達人同士の戦いは相手が隙を見せるまで動かない。ユキタカ殿も同じことをしているのだ」


 いや、違うんだけどな。

 魚というのは水中からこちらを見ており、動きに反応して逃げる。

 だが動かなければ安全な影だと思い、逆に寄ってくるのだ。

 そして狙うは酸素を求めて水面近くを漂う魚、待っていると一匹のエイが水面に上がってきた。

 ――ここだ。

 針をほんの少しだけ水中に落とし、エラに引っ掛け釣り上げる。

 手ごたえあり。

 釣り上げられたエイは砂浜でぴちぴちと跳ねていた。


「おおーーーっ! すごいにゃ!」

「ユキタカ殿、流石なのだ!」


 ……ふぅ、どうにかなったな。

 やり方は金魚すくいと同じだが、意外と何とかなるもんだ。

 子供の頃、出禁になるまで金魚すくいをしたものだが、その経験が生きたな。


「見事だったな兄ちゃん、やられたぜ」

「いえいえ、まぐれですよ」

「ま、釣り上げたその魚は持って帰るんだな。それともここで焼いていくかい?」


 砂浜を跳ねるエイを見て、俺はふむと考え込む。

 まだ小さいし、食べてしまうのもなぁ。

 変な話だが、愛着のようなものも出来てしまったのだ。


「……ありがとうございます。持って帰ります」

「おう、また来てくんな」


 エイを雪だるまに作ってもらった氷の水槽に入れ、海に向かう。


「ユキタカ、その魚は食べるのかにゃ?」

「いや、逃すよ。まだ子供だしな」


 ただの偽善、エゴなのは自分でもわかっているのだが、どうにも食べにくい。

 説明しにくいのだが、金魚すくいで掬った魚を食べるのは何となく嫌だろ?


「釣った魚を逃すなんて、ユキタカ殿は人が良いのだ」

「まぁまだ子供だし、生態系維持の為ってことで」

「セイタイケー? なんなのだそれは?」


 首を傾げる雪だるまに俺は苦笑を返す。


「何でもないよ。……クロ、こいつを沖まで運んでくれるか?」

「勿体無いにゃ。でも釣ったのはユキタカにゃ」


 クロは渋々と言った顔で、水槽を沖へと飛ばし、そこで落とした。

 エイは水面を跳ね、海へと帰っていく。


「今度は捕まるなよー」


 エイに声をかけ、砂浜に戻る。

 気づけば陽は沈みかけており、海岸からは人がはけ始めていた。

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