第44話南の島な街でした
「おや、旅人さんかい?」
岩陰の向こう、掘っ建て小屋から一人の青年が出てくる。
真っ黒に焼けた肌の好青年で、笑うと白い歯が眩しい。
小屋にはザパン衛兵詰め所と書かれていた。
この青年、武器も鎧も付けていないがこれでも衛兵なのだろうか。
「えぇ、世界を旅して回っています。この街にも観光目的で来ました」
俺がやや怪しみながら答えると、青年はそれを気にする事なく笑いながら答える。
「ほうほう、そりゃあよく来たね。このザパンの街はいいところだ。ゆっくりしていくといい」
「ありがとうございます。あの、あなたは衛兵さん……ですか? 入国手続きとかは……」
俺の質問に青年は一瞬キョトンとした後、大笑いした。
「はっはっは! 面白い事を言うんだな、旅人さん。ザパンは平和な街だ。そんなものは必要ないよ! 好きに入って好きに出ればいい!」
「はぁ……」
なんだろう、すごくユルい人だな。
「こんな人が衛兵で大丈夫なのだ?」
俺の疑問に雪だるまが代わりに応える。
「きっとそれだけ平和なのにゃ!」
なお、クロの危機管理能力は青年と同レベルである。
「まぁとりあえず入ってみるとするか……ではお邪魔します」
「あぁ! ……だがその前に、一ついいかい?」
青年は俺に歩み寄ってくる。
ゆっくりと手を伸ばし――止まった。
「失礼、旅人さん。この見事な馬を少しだけ撫でさせてもらっても構わないかな?」
一瞬、怪しまれたかと思ったが違ったようでほっとする。
魔導二輪車ヘルメスは迷彩能力が備わっており、これを起動させていると俺たち以外には馬に見えるらしい。
故に、見せても問題はない。
「え、えぇ……もちろん構いませんよ」
「おおっ! ありがとう! ……なんという美しい毛並みだ! いやぁ素晴らしい!」
もちろん、触り心地もである。
衛兵はしばらくヘルメスを撫でまわすと満足したようにため息を吐いた。
「ふぅ、素晴らしい馬だったよ。旅人さんありがとう。僕は馬が大好きでね、旅人さんが訪れると撫でさせてもらっているのさ。ここだけの話、半分はその為に衛兵をやっているんだよ!」
青年はそう言って、俺にウインクを一つした。
おいおい、そんな趣味丸出しでいいのかよ。
俺が冷ややかな視線を送るも、青年は全く気にする様子もない。
「それじゃあ楽しんでおいで!」
青年は大きく手を振り、俺たちを送り出すのだった。
「しかしすごくユルい衛兵さんだったな」
「あれで街が守れるか、甚だ疑問なのだ」
考え込む俺と雪だるまを見て、クロは大あくびをした。
「二人とも考えすぎだにゃ! 早く行くにゃ、海が待ってるにゃ!」
「わかったよ」
クロに急かされ、俺はヘルメスを海に向かって走らせるのだった。
砂浜に辿り着いた俺はヘルメスを木に括り付けた。
周りには海水浴客が沢山おり、皆水着姿で寝そべったり泳いだりしている。
「ユキタカ、早く泳ぎにいくにゃ!」
クロはヘルメスからぴょんと飛び降りると、興奮した様子で海を指差す。
テンション上がっているな。
「慌てるなって、まずは着替えてからだ」
こんな事もあろうかと、釣竿と一緒に水着を買っておいたのだ。
だが着替えるところが見当たらないな。
俺は近くを歩いていた水着のおじさんに声をかける。
「すみません、どこかで着替える場所はありますか?」
「あぁ、それなら海の家に行くといいよ」
おじさんの指差す先には、大きな旅館のようなものが見えた。
なるほど、あそこで着替えスペースのようなものがあるのだろう。
「ありがとうございます」
「楽しんでおいで」
俺はおじさんに礼を言い、海の家に向かった。
そこは大きなホテルになっており、二階部分には宿泊客が出入りしている。
一階部分は吹き抜けで、ヤシの木がそこらに生えており、その影で男性客たちは水着に着替えていた。
女性客はヤシの葉で囲ったスペースで着替えている。
……うわお、オープンだな。何とも南国らしい。
「早く着替えるにゃ」
「えー、なんか恥ずかしいな」
衆人の場で裸になるのは現代人としては気が引ける。
そうだ。どうせここで泊まるんだし、部屋を借りてからそこで着替えるか。
俺はカウンターに行くと、受付のお姉さんに声をかける。
「すみません、宿泊したいのですが」
「いらっしゃいませ。おひとり様と使い魔様が二人ですね? それでしたら金貨二枚になります」
おお、中々高いな。
まぁ海の真横という立地条件の良いホテルだし、こんなものかもしれない。
金には余裕があるし、ここでお世話になるとするか。
「ではお願いします。とりあえず一泊で」
「ありがとうございます! ではそちらの205号室になります。カギをお渡ししますね」
受付さんから渡されたカギには205と書かれていた。
金貨二枚を支払い、部屋へと向かう。
「おおっ、中は結構広いじゃないか」
部屋のあちこちに南国の木が植えられており、壁にはエキゾチックな絵が描かれている。
ベッドはハンモック式で、椅子は切り株だ。
窓にはカーテン代わりに巨大な葉がかけられており、それを上げると海が一望できる。
雰囲気があって、いいホテルである。
「とりあえずここなら気兼ねなく着替えられそうだな」
「ボクはここで待ってるにゃ」
クロはハンモックに乗ると、それを揺らして遊んでいる。
その間にさっさと鞄から水着を出し、着替えた。
水着はブルーのトランクス。鏡に映った自分の姿を見て、我ながら中々いい体つきだと思った。
マーリンの介護とかで昔より身体を動かしていたからかな。
これで腹筋が割れてたらもっとよかったんだがなぁ。
「自分も着替えたのだ」
いつの間にか、雪だるまも着替えたようだ。
下半身(?)に褌(?)を締めている。
俺が思わずじっと見ていると、雪だるまは恥ずかしそうに視線をそらす。
「……そんなにジロジロ見られると恥ずかしいのだ」
「お、おう……すまん……」
雪だるまの羞恥心が何処にあるのか全くわからん。
変な空気になってしまったじゃないか。
「二人とも着替え終わったにゃ!? なら海にゃ! 海に入るにゃ!」
そんな空気などぶち壊すようにクロはハンモックの上でぴょんぴょん跳ねている。
「どうも海に来てからテンション高いな。何か海に思い入れでもあるのか?」
「海のお魚は美味いにゃ! いっぱい獲るにゃ!」
……なるほど、食い気だったわけか。
俺は雪だるまと顔を見合せ、苦笑する。
「早く行くにゃあ!」
クロはハンモックから飛び降りると、早く扉を開けろとばかりにカリカリ爪を立てている。焦るな焦るな。
それにしても海に来たのは中学生の時以来だっけか。
折角だし、俺も楽しむとするか。
俺はクロと雪だるまを連れ、海に向かうのだった。
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