第33話サウナに入りました

 居酒屋でたらふく飯を食べた俺たちはホテルに帰った。

 夜も遅くなったからか、道行く人々はまばらになっていた。


「おやお客さん、おかえりなさい。祭りは楽しんだかい?」

「えぇ、賑やかで楽しかったです」

「そうかい、汗をかいただろう?風呂にでも入ってゆっくり休むといい」

「風呂があるんですか?」


 こんな石のホテルに……と言ったら失礼かもしれないが、どこに風呂があるのだろうか。


「地下にあるから行ってくるのといい。ほれそこに乗ってくれれば降ろしてやるからよ」

「……階段で行くから大丈夫ですよ」


 人力エレベーターはもうコリゴリである。

 階段を降りて行く途中、雪だるまがポツリと呟く。


「お風呂、楽しみなのだ」


 雪だるまの言葉を聞いた俺とクロは目を丸くした。

 え、風呂? 今風呂って言ったか? ていうか雪だるまって風呂入れるのか?


「その……大丈夫なのか?」

「大丈夫なのだ」


 思わず問うが、雪だるまは自信満々に頷いた。

 だが本人の言とは裏腹に、湯船に浸かる雪だるまの絵面が全く想像できない。

 どう考えても溶ける気がするんだが……


「大丈夫なのだ」


 雪だるまは不安そうな俺を見て、力強く頷いた。


 階段を降りると、じわっと暑くなり始めた。

 多分地熱風呂というやつなのだろう。

 火山地帯だし、そういうのもあると聞いたことがある。


 他の客が出て行くのを横目に見ながら、奥の部屋へ入っていく。

 更衣室で衣服を脱いで、クロを連れて中へ。

 いつもは風呂を嫌がるクロも雪だるまが気になるのか、あまり暴れない。

 雪だるまもまた平気な顔でついてくる。


 扉を開けるともわっと蒸気を全身に浴びる。

 四方を岩に囲まれた風呂場で、大浴場が真ん中にあった。

 渋い感じの岩風呂だ。


「じゃあクロ、身体を洗うぞ」

「にゃ」

「自分も洗うのだ」


 クロの身体を洗っていると、雪だるまもシャワーを浴び始めた。

 気になってチラ見したが、湯は浴びてもあまり溶けてはいないようだ。

 このくらいの湯なら余裕なのか、鼻歌を歌っている。

 普通の雪と違って溶けにくいのだろう。

 そういえば旅でも溶けている様子はなかったしな。


 身体を洗い終えた俺は、クロを抱きかかえて湯船に入る。

 結構熱めの湯である。42℃くらいはあるだろうか。

 長時間入ってるとのぼせそうだ。


「雪だるま、どうするのかにゃ?」

「うーむ、流石に湯船は難しいんじゃないか?」


 俺とクロが興味津々といった視線を向ける中、雪だるまはざぱぁん、と中に入った。

 もうもうと湯気が上がり、その姿が露になっていく。


「ふぅー……いいお湯なのだ……」


 顔を蕩けさせながら雪だるまは息を吐く。


「おいおい大丈夫かよ?」

「大丈夫なのだ。はふぅ……」


 言葉の通り、熱い湯に浸かっても特に溶ける様子はない。

 本当に平気なようである。前に熱に耐性があると言っていたが、本当のようだ。

 しばらくすると満足したのか、雪だるまは湯船から出た。


「ユキタカ殿、あそこにサウナがあるのだ! 行ってみるのだ!」

「お、おう……」


 雪だるまに促され、俺はサウナに向かう。

 サウナかぁ……雪だるまがサウナねぇ……

 もうツッコミが追いつかない。

 そういうものなのだと思い、深く考えないことにした。


「ユキタカ殿はサウナは好きなのだ?」

「まぁな」


 熱い部屋で大量の汗をかき、そのあと冷水風呂で火照った身体を冷ます。

 最初はその温度差にびっくりするものだが、慣れるとサウナなしじゃ物足りないんだよな。

 日本にいた頃も、暇を見つけてはよくサウナに行ったものである。

 雪国の旅館ではサウナがなかったし、是非入りたい。


「ユキタカ、サウナってなんだにゃ?」

「まぁ簡単に言うと暑い部屋に入って汗をかいてさっぱりする……って感じだが、クロはどうする?」

「行くにゃ! あったかいのは好きだにゃ!」


 クロは行く気満々だ。

 猫をサウナに入れるってどうなんだ?

 まぁ無理そうなら外に出せばいいか。


「わかった。行くか」

「にゃ!」

「自分は先に入ってるのだ」


 ノリノリで入っていく雪だるまに俺たちも続く。

 扉を開けた瞬間に来るこの熱気、俺は真ん中に、雪だるまは一番暑い場所に座った。

 こいつ、出来る……!

 俺はいやがおうにも雪だるまを意識した。

 ――男が二人サウナに入ったら、勝負が始まる。

 すなわちどちらが先に我慢出来なくなって先に出るかという、サドンデスマッチ――

 まさか雪だるまに負けるわけにはいかないぜ。


「うにゃあ、気持ちいいにゃあ」


 クロはそんなことなど全く気にしていない様子で、ゴロンと横たわった。

 どうやらクロはサウナは平気なようだ。

 よく考えたら猫はコタツとか好きだしな。


 熱気満ち溢れる室内にて、しばし時間が流れる。

 サウナの温度は90℃くらいだろうか、額から汗がぽたぽた落ちてきた。

 雪だるまは文字通り涼しい顔をしている。

 いや、表面が少し溶けてはいるが……それでも気持ちよさそうだ。


「うにゃあー……」


 クロは舌で手を舐め、毛づくろいを始めた。

 猫は身体が熱くなると毛を舐めて身体を湿らせて体温を下げると聞いたことがある。

 ええっと誰から聞いたんだっけか……いかん、ちょっとぼおっとしてきた。

 視界が歪んできたのか、雪だるまがぐにゃぐにゃになって見える。


「……って溶けてるじゃねーか!」


 雪だるまの全身は徐々に溶け、削れて小さくなっていっている。

 顔とか原型を留めてないぞ。


「おい、大丈夫なのか雪だるま!?」

「らいじょーぶなのらぁー」


 全然大丈夫に見えないんだが。

 呂律が回ってないんだが。


「ちょ、流石にヤバくねーか? 外に行くぞ」


 俺は慌てて雪だるまを持ち上げ、サウナの外に出した。

 まだ一応ギリギリ雪だるまの形を保っている。

 慌てる俺と裏腹に、雪だるまはさっぱりした顔になっていた。


「ふぅ、いい湯だったのだ」

「溶けていたが……」

「あぁやって泥やホコリがついて古くなった雪を落としているのだ。身体が綺麗になると気持ちいいのだ」


 新陳代謝のようなものなのだろうか。

 見ればさっきまでドロドロだった雪だるまは、周囲の湯気を吸い取り本来の姿を取り戻しつつあった。


「……すげぇな雪だるま」

「にゃあ……」


 思わず感心してしまう。

 クロもまた、呆れて口を開けたままになっていた。

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