第32話居酒屋で食事しました
踊りに見飽きた俺は、喧騒の中を見て歩く。
昼間と同様屋台がずらりと並んでおり、色んなものが売っていた。
迷子にならないよう俺の肩に乗せていたクロが、きゅぅぅぅ、と腹の音を鳴らす。
「うにゃ、お腹すいたにゃあ」
「そういえば晩飯がまだだっけ。でもまた串焼きってのもなぁ」
昼にたらふく屋台で食べたから、ちょっと飽き気味だ。
折角だし何かちょっと変わったものを食べたいんだよな。
「ユキタカ殿、こっちにも屋台があるのだ」
雪だるまの指差す先、路地裏の暗がりにポツポツと屋台が並んでいる。
屋台は屋台でも、祭りの出店みたいなものではなく、中にちゃんとした厨房のある屋台だ。
赤提灯系居酒屋というべきか、下町風情とでもいった不思議な魅力を感じる。
怪しい雰囲気だけど面白そうだ。ちょっと行ってみるか。
「いらっしゃい」
のれんをくぐって中に入ると、店主に出迎えられる。
中は簡単な仕切りで区切られた居酒屋で、何組かのリザードマンたちが酒を飲み交わしていた。
「空いてるとこ、適当に座ってくんな」
「お邪魔します」
俺は少し奥にあるスペースに入る。
テーブルに座ってお品書きへと視線を落とした。
――マグマステーキ、火酒、野菜の火山盛り、石焼き鳥、鉄火焼き、地鳥の刺身……居酒屋特有の何だかよくわからないが美味そうなラインナップだ。
「ボクはマグマステーキが食べたいにゃ!」
クロは安定の肉である。
マグマという文字が不安だが……大丈夫だろうか。猫舌だし。
「自分は地鳥の刺身に興味があるのだ」
雪だるまは逆に渋いな。
いわゆる鳥刺しってやつか。
異世界の鳥刺しとか大丈夫なのだろうか。食品衛生的な意味で。
まぁ雪だるまだし、大丈夫なのだろう。
俺としてはどちらも気になる感じだし、少し摘ませて貰うかね。
「じゃあ俺は火酒と野菜の火山盛りかな」
バランスを考え、とりあえずサラダっぽいものと酒を追加しておく。
酒は嫌いじゃないしな。
そういえばまだこっちに来て酒を飲んでない気がする。
「いらっしゃい、何になさいます?」
見計らったかのように、リザードマン店員が注文を取りに来た。
「このマグマステーキと地鶏の刺身、火酒、あと野菜の火山盛りを下さい」
「わかりました。少々お待ちください」
そして待つことしばし――
「お待たせしましたー!」
テーブルにドン! と乗せられたのは真っ赤なソースのかかった巨大ステーキと赤々とした生の鶏肉。
文字通り火山のように盛られたサラダに赤茶に濁った酒だった。
結構ボリュームがあるな。
「美味そうにゃ!」
そう言ってステーキに顔を近づけるクロ。
大きく口を開けて一口食べる――
「ふにゃっ!?」
途端、跳び上がって驚いた。
ぴょん、ぴょんと飛び跳ねたかと思うと俺の後ろに回り込む。
「ユキタカ! それめっちゃ辛いにゃ!」
「マグマステーキっていうくらいだからな」
真っ赤なソースが大量にかかっており、見るからに辛そうだ。
ていうか無警戒に食べすぎだろう。
サルサソースみたいなものだろうし、警戒して食べればなんという事は――
「……んぐっ!?」
一口、肉を口に入れた瞬間、ぶわっと全身から汗が吹き出した。
これはマジに辛い。俺は言葉を失い、肉を口の中で転がす。
だが辛味は収まることなく暴れまわっている。
「ゆ、雪だるま、氷! 氷をくれ!」
「承知なのだ」
雪だるまがコップに入れてくれた氷水を一気に飲み干す。
……ふぅ、少しは落ち着いたな。
思っていたより辛かったぜ。
「にゃ、辛かったにゃん?」
そして何故かドヤ顔をするクロ。
お前が頼んだんだぞ。
「鳥の刺身にもこの赤いソースがかかってるのだ。刺身自体は美味だけど、辛さで鳥肉の旨味が飛んでいるのだ」
「ふぅむ、この国の味付けは辛めなのかもな」
サラダも鳥刺しもステーキも、真っ赤なソースがかかっている。
思えば昼間の屋台も赤いソースがかかった料理をちょいちょい見たな。敢えてスルーしたけど。
辛いのは嫌いじゃないが、このまま食べるのはちょっとしんどいな……そうだ。
鞄から取り出したのはマヨネーズだ。
言わずと知れた万能調味料の一つ、以前作っておいたのである。
赤いソースをちょっと落として、代わりにマヨネーズをかけてやる。
こうすることで辛みが抑えられ、まろやかになるのだ。
ステーキの上で赤色のソースの上にマヨネーズの白が混じり、鮮やかな色合いになる。
「こんなもんか。……どれ、食べてみよう」
紅白に彩られたステーキ肉を一口食べてみる。
うん、美味い。
先刻までは辛いだけだったが、それも抑えられ肉の旨味を引き出している。
これならいくらでも食べられそうだ。
「にゃ、どうかにゃ?」
俺が食べているのを見てクロが寄ってくる。
「舐めてみろよ」
クロは恐る恐るソースを舐めると、驚いたのか目を見開く。
「……にゃ! 辛くないにゃ! ちょっとは辛いけど、美味しい辛さだにゃ!」
どうやら気に入ったようで、肉ごと食べ始めた。
「自分も食べてみたいのだ」
「おう、食べろ食べろ」
もちろん、雪だるまにも食べさせてやる。
三枚ほど取って小皿に乗せて渡すと、器用にフォークで突き刺し口に運んだ。
「む、これは美味いのだ! この白いソース、とてもまろやかで甘いのだ。辛いソースと絡んで、非常に美味なのだ」
「だろ?」
マヨネーズは辛いものによく合うからな。
特に唐辛子系との相性は抜群だ。ていうか何にでも合うんだけど。
「この鳥の刺身にもマヨネーズをかけて欲しいのだ」
「んー、マヨネーズもいいかもしれないけど、刺身にはやっぱり醤油だと思うんだよな」
鳥刺しは食べた事ないが、多分甘口醤油辺りが合うと思う。
作り方は簡単、醤油にみりんを入れるだけだ。
砂糖をちょっと入れて煮詰めてもいいが、これだけでも十分美味い。
赤いソースを落として、甘口醤油につけて一口。
「おっ、これもイケるな!」
鳥の刺し身は初めて食べるが、モチモチした食感が癖になる。
肉の旨味が醤油と絡んでいい感じだ。
「ボクも食べるにゃ!」
俺が美味そうに食べているのを見てクロが興味を持ったのか、今度はこちらに来た。
まだ口にマヨネーズついてるぞ。
お手拭きで口をぬぐい、鳥の刺身を食べさせてやる。
「美味いにゃ!」
「では自分も……うん、これはすごく美味しいのだ!」
雪だるまもクロも気に入ってくれたようだ。
やっぱり刺身には醤油だよな。
時折サラダを挟みつつ、俺たちは肉の宴に酔いしれた。
「ふー、食った食った。……って食うのに夢中で火酒を忘れてたな」
折角だし飲んでみよう。
グラスに注いで、グイっと一口。
「ぶーーーーっ!?」
思わず噴いた。
アルコール度数がヤバい。
原液でも飲んだかと思ったぜ。
「……びっくりしたにゃ」
「げほげほ……あぁ、この酒がちょっと辛くってな……」
のどが焼けそうな熱さである。
こりゃこのままじゃ呑めないな。
どうしたものかと考えていると、クロが何か思いついたように尻尾を立てた。
「にゃ! いいこと考えたにゃ! マヨネーズをかければいいにゃあ!」
「……いや、水で割って飲むわ」
悪いが酒をマヨネーズで割る趣味はない。
というわけで普通に水割って飲んだのである。
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