第5話寒くなってきました

 翌日、俺は朝からずっとヘルメスを走らせていた。

 気づけば長く伸びていた草が少なくなり、剥き出しの岩肌が増えてきている。

 おー、景色が変わってきたな。


「ふあっくしょーい!」


 特大のくしゃみをして、鼻をすする。

 朝は暖かかったのに、少し冷え込んできたようだ。

 うひー寒い。


「どうやらラティエが近くなってきたようだな」

「……寒いにゃ」


 そういえばクロもさっきから微動だにしていない。

 小刻みに体を震わせ、くるまったままだ。

 猫はこたつで丸くなるというが、やはり寒さに弱いんだな。

 防寒対策をすべく、ヘルメスを停めた。


「ちょっとストップ、防寒具を着るわ」


 風邪を引いては元も子もないからな。

 確かこの辺りに……と、あった。

 鞄から取り出したのはファーの付いたレザージャケット。

 それを羽織りジッパーを閉めると、すぐにホカホカし始めた。

 ふー、あったかい。生き返るぜ。


 今度はクロだ。

 そこから毛布を一枚取り出して、クロの乗っている助手席に詰めた。

 少しはマシになったのか、クロは目を細め少しだけ顔を上げる。


「ふにゃあ。あったかにゃ」

「それはよかった。あとはチェーンも巻いておきたいな」


 雪国では雪に足を取られないよう、タイヤにチェーンを巻きつけるのだ。

 地元では地面に薄く氷が張るだけだったので必要なかったが、これを取り付けるの微妙に憧れだったんだよなー……ゴソゴソ鞄の中を漁るが、ない。

 あれ、おかしいな。

 マーリンは世界中を旅してたんだから、タイヤチェーンくらいあるはずなんだが。

 ヘルメスを置いてある辺りにきっと……む。

 何か手に当たったモノを取り出した。


「なんだこりゃ、説明書か?」


 それは紙を束ねた小冊子だった。

 パラパラとめくると、ヘルメスのについて詳しい説明が書いてある。


「なになに……ヘルメスのタイヤは魔力で覆っており、少し浮いている。雪道、砂利道、水たまりなど、問題なく走行可能。短時間であれば水上を走る事も出来る……ってマジかよ!」


 まさにモンスターマシンじゃないか。

 ていうかこの小冊子、マーリンが書いたものだな。

 そういえば死ぬ何ヶ月か前から、ベッドで何か書いてた気がする。

 よく見れば他の魔道具についても事細かく書かれている。

 魔道具について深い知識はない俺の為に書いてくれたんだろう。

 ありがとうマーリン。


「……まぁそれならチェーンは必要ないか」


 ちょっと付けてみたかっけど。

 便利ならそれはそれで、だ。

 ついでに他の使い道も見ておこう。


「えーと、迷彩? ……なになに、ヘルメスの周囲を魔力で覆い、馬のように見せる機能……か」


 よく考えたら魔導二輪車は珍しいだろうし、街中を走るとかなり目立ちそうだしな。

 聞かれたら説明するのが面倒だ。

 この機能は常時起動しておいた方が良さそうだ。

 ポチッとな、ヘルメスのハンドルについているボタンを押してみる。


「にゃっ!?」


 と、クロが飛び上がって驚いた。


「い、いきなりヘルメスが馬になったにゃあ……」

「ヘルメスの機能だ。離れている者には馬に見えるらしい……うお、すげぇ!」


 試しに俺もヘルメスから手を離してみると、本当に馬に見える。

 へぇ、本物にしか見えないな。

 ぶるるって鳴いてるぞ。

 これなら怪しまれないか。


「というかクロはこの機能、知ってたんじゃないのかよ」

「うーん……昔の事だから忘れてたにゃ」


 そんなに昔の事でもない気がするが。

 どうやら記憶力は普通の猫のようである。


「はくちゅっ! ……それよりユキタカ、何か暖かいものが飲みたいにゃ」

「お、そうだな」


 言われてみれば、こう寒いと暖かいものが飲みたくなってきた。

 ヘルメスも停めちまったし、ここは小休憩とするか。


「ちょっと待ってろ。何か作ってやるよ」


 毛布を岩にかけ、その上に座ると鞄からマグカップ二つと精霊刀を取り出した。

 土の精霊に呼びかけ、ヤカンと台座を生成する。

 今度は水の精霊に呼びかけ、ヤカンの中に水を注ぎ、火の精霊に呼びかけ沸騰させる。

 しばらくすると湯が沸き始めた。


「コーヒーでいいか?」

「ボクは紅茶がいいにゃん。砂糖は三つで」

「はいよ」


 どうやらクロは甘党のようだ。

 鞄からティーパックを取り出し、角砂糖三つと一緒にマグカップに入れて湯を注ぐ。

 作法とかあるのかもしれんが、適当だ。

 スプーンで混ぜると溶けていき、紅色の美味そうな紅茶が出来上がった。

 そして次は俺の分。

 インスタントコーヒーと角砂糖を一つ、マグカップに入れ湯を注ぐ。

 どろっと黒い液体から、香ばしい匂いが漂っている。


「ほらよ」

「ありがとにゃ。……あったまるにゃ!」


 ぺろぺろと紅茶を舐めるクロを横目に、コーヒーを一口。

 うーん、苦い。だがこれが病みつきになるんだよな。

 ちなみにこのインスタントコーヒーは、似たようなものがどこぞの国にあるのをマーリンが買ってきてくれたものだ。

 調味料を頼んでこれが来た時は嬉しかったなぁ。

 コーヒーって妙に中毒性があるんだよな。

 仕事中も寒い時はもっぱらホットコーヒーだったし。


「それよりなんか甘いものを食べたくなってきたな」

「にゃ!」


 そうだとばかりに頷くクロ。

 暖かいお茶とくればお菓子は外せないだろう。

 以前、焼いてたクッキーを取り出し皿に盛る。

 クッキーの作り方は簡単だ。

 小麦粉に砂糖とバターを混ぜ、こね上げた後に一口大にして焼くだけである。

 意外と保存も効くし、小腹が空いたときにパクっと食べれて便利なのだ。

 クロはクッキーを手元に寄せ、カリカリと齧る。


「ちょっと硬いけど、美味しいにゃ」

「うん、コーヒーによく合うな」


 苦いものと甘いものは相性抜群だ。

 硬めのクッキーがふやけて食べやすくなるから、いくらでもいけるぜ。

 コーヒーとクッキーを交互に口にし、流し込んでいく。

 俺はクロとのんびりしたお茶の時間を楽しみ、五枚ほど盛ったクッキーはあっという間になくなってしまった。


「ふぅ、ほっと一息だな」

「にゃん」


 最後の一口を、ゆっくり飲み干す。

 ほぅ、と吐き出した白い息が空に溶けて消えていく。

 代わりに空から何か、白いものが舞い落ちてきた。

 それは俺の手のひらに触れると、冷たい感触を残し消えてしまう。


「……雪だ!」


 おおっ、こいつがあの雪か! ちょっと感動。

 空を見上げると、次々降ってきている。

 何のことはないただの氷の粒が降ってるだけなのに、テンション上がるな。

 なんとなくドラマやアニメのいいシーンで降ってるからだろうか。

 積もってきたらまた印象が変わるんだろうな。


「早くラティエへ行こうぜ」

「……寒いにゃ」


 テンションを上げる俺とは反対に、クロはいそいそと毛布の中に潜り込む。

 猫はこたつで丸くなる、か。

 苦笑しながらも、俺はヘルメスを走らせるのだった。

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