第2話旅に出ることにしました
俺はマーリンの遺体を家を見下ろせる高台へ埋葬した。
旦那さんの墓の隣だ。
ここならゆっくり眠れるだろう。
墓代わりに愛用していた杖を立て、その下には今しがた作った牛丼を備えてやる。
そしてしばし、黙祷を捧げた。
「……さて、と」
立ち去ろうとした俺の背後に、気配を感じて振り返る。
そこにいたのは一匹の黒猫だった。
「ばあさん、死んじまったのかにゃ」
「おう、クロか」
人語を操る黒猫クロ、こいつはマーリンの使い魔だ。
と言ってもマーリンはクロを気の向くままに放し飼いしており、ほとんど家にはいなかったが。
しかしクロは最近は弱っていくマーリンが気になるのか、あまり遠出はしていないようだった。
クロは墓の前に立つと、首を傾げている。
「もう会えないのかにゃ」
「寂しいか?」
「少し」
クロは尻尾をだらんと横たえると、墓をじっと見上げる。
寂しそうな横顔だった。
俺の横でしばらくそうしていたクロだったが、不意にその腹がくるると音が鳴る。
「にゃっ!?」
「なんだ、腹が減ったのか? だったらそれ食べろよ。お前、牛丼好きだろ」
「……けど、これはばあさんのにゃ?」
「ばあさんなら墓になんて供えてないで、食べちまいなって言うだろうよ。食べ物を粗末にするな、とか言ってさ」
俺の言葉にクロは少し考え込む。
おいおい、涎が垂れているぞ。
「そこまで言うなら、にゃ」
遠慮がちに牛丼を一口食べると、余程美味かったのか嬉しそうに目を丸くする。
すぐに勢いよくガツガツ食べ始めた。
クロは猫だが味覚は人間寄りらしく、玉ねぎとか香辛料とかも美味い美味いと言って食べるのだ。
使い魔だからか、異世界の猫だからか……それはよくわからんが、本人曰く問題ないらしい。
すぐに食べ終えて、満足げに口元を舐めるクロを見て、俺はやれやれとため息を吐いた。
埋葬を終えた俺はマーリンの部屋を整理していた。
あたしが死んだら片づけといてくれ、と生前マーリンに頼まれていたのだ。
代わりに部屋は自由に使っても構わない、とも。
しかし改めて見ると色んなものがあるな。
変な模様が描かれた旗や、瓶に浮いた船の模型、動物の骨を加工した飾り物……
旅行の土産だろうか。
俺の地元のお土産屋さんにも木刀や竜の付いたキーホルダーが売ってたが、それと似た雰囲気を感じる。
どこの世界もこういったものはあるんだな。
そんな事を考えながら片づけをしていると、机の上で丸まっていたクロが不意に口を開く。
「ところでユキタカ、これからどうするつもりにゃ?」
「さて、特に考えてないなぁ」
マーリンも死んだし、家にいるのもなんだかな。
かと言って別にやりたい事もない。
「だったら旅をすると良いにゃ。美味いもん食べて、いろんな町を回って、うんと楽しむにゃ。ボクも昔はばあさんと一緒に世界を回ったものにゃん」
「旅、か」
確かにそれもいいかもな。
元々旅は行きたかったし、何といってもここは異世界である。
きっと現代の世界以上に食べたことのないものや、見たことのないものが沢山あるだろう。
マーリンから世界を旅して回った時の事をよく聞いたが、そのたびに俺も行きたいと思ったものだ。
それにクロもマーリンが死んで悲しいだろう。
俺も……まぁ少し、だ。
「きっと楽しいにゃあ!」
たしたしと肉球で俺の足を叩くクロ。
そうだな。気を紛らわせるには丁度いいかもしれない。
……だが正直言うと、外へ行くのは怖いんだよな。
あの巨大狼は未だにトラウマだ。
高い知性と魔力を持つ獣……魔物と呼ぶらしいが、あれよりやばいのも沢山いるとマーリンは言っていた。
ドラゴンとかグリフォンとか、どう考えてもヤバい。
「旅はいいけどさ、ちょっと怖いんだよなぁ。ほら、魔物とかいるんだろ?」
「魔物に襲われてもボクが守ってやるにゃ。これでも大魔女マーリンの使い魔にゃぞ」
任せろと言わんばかりにドヤ顔をするクロ。
クロが戦っているのは見た事ないが、この危険な森をよく一匹でウロついているので、普通に強いのだろうが……ちょっと不安だ。
だって猫だし。
「……ホント、ユキタカは心配性にゃ」
考え込む俺を見て、クロは呆れたようにため息を吐いた。
「仕方ないだろう。美味い飯や綺麗な景色は魅力的だが、こちとら命の危険とは程遠い生活をしていたんだ」
「魔道具もあるし、大丈夫にゃ!」
「とは言っても俺は戦った事なんてないし……ん、そうか。別に戦わなくてもいいのか」
魔道具の中に戦う為の武器もあるが、逃げたり守ったりするものも多い。
ふと思いついた俺は鞄を漁る。
えーと、確かこの辺に……あった。
取り出したのは何ともイカした大型二輪車だ。
「魔導二輪車ヘルメス、これなら魔物くらい振り切れるよな」
マーリンが各地を旅した際に使っていたもので、俺もたまに乗せてもらっていた。
元居た世界ではバイクに乗っていたから、乗り方はすぐ覚えたのである。
最高時速は二八〇キロ、これならあの狼に追われても大丈夫だろう。
「そしてこの家には結界が張ってある。魔物も近づいてこれないだろう」
この家も魔道具で、魔物除けの結界が張ってある。
シャワーもベッドも完備で、鞄に入れれば持ち運びも可能である。
これで寝ている間に襲われる心配もない。
……それによくよく考えると、マーリンの息子たちが遺産を狙ってここに乗り込んでくる可能性があるんだよな。
家には生活用の魔道具がまだ残っており、それだけでもかなりの価値がある。
もし鉢合わせたら面倒だし、どちらにしてもここは去らなきゃ、だ。
「まぁこれだけ魔道具があれば何とかなるか」
家に移動手段、他にも生活用品や武器、その他便利アイテムといった特盛りの魔道具が鞄には入っている。
生きていくだけなら何の問題もないだろう。うん。
「ボクもいるしにゃ!」
「そうだな」
と言ってクロの頭を撫でておく。
これだけのものを残してくれたマーリンには本当に感謝だな。
俺は改めてマーリンに手を合わせ、ありがとうと呟いた。
「それじゃ、ボクと契約するにゃ」
「契約?」
「使い魔として契約しておけば、色々便利にゃ。ユキタカがピンチの時とか、すぐに駆け付けれるにゃ」
「わかった。どうすればいい?」
「手を出すにゃ」
言われるまま手を出すと、クロが自分の手をぽんと置いた。
何かにゃむにゃむ言っていたかと思うと、俺の手がぼうと光る。
光が収まると、俺の手のひらに猫の尻尾をかたどった紋章が刻まれていた。
「契約完了にゃ。これでユキタカに何かあってもすぐに駆けつけれるにゃん」
満足げに頷くクロを見て、俺はふと疑問に思う。
「使い魔は契約によって魔力を供給してもらう代わりに、主の為に働く……だっけ? でも俺に魔力はないけどいいのか?」
「にゃ、ボクはただの使い魔とは格が違うにゃ。こうしてふつーにしてるだけなら、主人の魔力に頼る必要はないのにゃん」
「おいおい、だったらこの契約、お前にとって何のメリットもないじゃないか。何故俺と契約したんだ?」
俺の問いに、クロはしばし考えこんで、答える。
「……ばあさんの息子が出て行った時の事、覚えてるかにゃ?」
「あぁ」
マーリンの息子たちは遺産がないと聞くや、えらい剣幕で怒鳴り散らし一方的に出て行った。
そんな彼らを見送るマーリンの悲しそうな顔は、まだ記憶に残っている。
「あの時、ばあさんはユキタカにも出て行けばいいと言ったにゃろ? 追い出すわけじゃなく、十分な金を与え、近くの町まで送るから、あんたの好きにすればいいと。……でもユキタカはそれを断ったにゃ『ばあさんをほっとけねぇよ』ってにゃ」
「そんな事あったっけか」
「にゃ。ユキタカは深く考えずに言ったかもしれにゃいけど、ばあさんはすっごく嬉しそうだったにゃ。泣いてたにゃ。ユキタカがいてくれてよかったって。ばあさんの元使い魔としては、恩義の一つも感じるもんにゃあ」
「俺は、ただ……」
そう、自分の為にしたことだ。自分が生活するために。
別にマーリンの為にしたわけじゃあない。
言い澱む俺を見て、クロは首を左右に振る。
「わかってるにゃ。深く考えずに言った事くらい。……でもそんな言葉が何の打算もなく出てくるのは、つまりユキタカが『お人好し』だからにゃん。そんな『お人好し』との旅は楽しいもんにゃ。ばあさんとの旅がそうだったように、にゃ」
「クロ……」
言われてみればマーリンだってお人好しだ。
見ず知らずの俺を助け、居場所をくれた。
俺のいた世界に行こうとしていたのも、今思えば俺を元の世界に帰そうとしてくれたのかもしれない。
理由はもちろん、マーリンが『お人好し』だったからだ。
クロはそんなマーリンと俺を重ねたのかもしれない。
……買いかぶりすぎだぜ。
それに俺の為にここまでするお前の方がよっぽど『お人好し』だよ。
……くそ、目にゴミが入っちまったじゃねぇか。俺は潤んだ目元をぐいと拭う。
「だからユキタカ、ボクの新たな主よ。これからよろしくにゃ」
「おう、こちらこそだ」
クロはにゃあと鳴くと、俺の肩に飛び乗る。
俺はそれ以上何も言わず、クロの背中を撫でた。
■■■
「ところでユキタカ、最初の目的地は決まってるのかにゃ?」
「森を抜けて北に進んだ先には、雪国ラティエという場所があるらしい。そこでは万年雪が降り積もり、それは綺麗な景色を堪能出来るとか」
静岡生まれの俺は雪を見たことがない。
意外かもしれないが静岡では雪が降らないのだ。
もちろんテレビで見た事はあるが、リアルでは一度もない。
降り積もった雪の中にダイブして埋もれてみるのは、一度くらいやってみたい。
「ラティエか。あそこは確か魚がすっごく美味いにゃあ。それをユキタカの料理してくれるにゃんて……ヨダレが出てきたにゃ!」
「腕によりをかけてやるから、楽しみにしてな。……てことで、最初の目的地は雪国ラティエに決定だな」
「おー! にゃ!」
魔導二輪車ヘルメスに跨ると、クロが車体のサイドに取り付けられたポケットにぴょんと収まる。
キーを回しエンジンに火を入れると、車体がドドドと音を立て始める。
ゴーグルを嵌め、メットを被り、アクセルを踏むと、ヘルメスは轟音を上げ走り始めた。
こうして俺はクロと共に、旅立つのだった。
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