魔女の遺産を相続しました。~特盛り魔道具で異世界ぶらり旅
謙虚なサークル
第1話魔女の遺産を相続しました
「ユキタカ、あんたにあたしの遺産を全部くれてやるよ」
目の前の老婆の言葉に俺は目を丸くする。
しわくちゃの顔でひっひっと笑う老婆の表情に、かつて元気だった頃の面影は感じられない。
ついこの間までピンピンしていたのに……いや、俺がここに来てからもう半年になるんだっけか。
■■■
――ごく普通の会社員である俺、羽村幸隆はある日会社帰りにまばゆい光に包まれ、気づけば森の中にいた。
眼前には見たことのない木々や植物が生い茂っている。
鳥や虫の鳴き声も聞き覚えのないものばかりだ。
「働きすぎて疲れてんのかな……いてて」
古典的な方法で頬をつねってみるが、普通に痛い。
日々の社畜生活の疲れから幻覚を見ているのかとも思ったが、現実のようだ。
「ていうかここ、どこだ?」
少なくとも現代日本ではなさそうである。
何というか、空気が違うのだ。
外国ってのは多分こんな感じなんだろうな。
今までずっと地元暮らしで県外にすら出た事がなかった俺は、いつか海外旅行に行くのが夢だった。
その土地ならではの食事や文化、景色、動植物……そんな非日常を紹介する旅番組が好きで、そのうち自分も……なんて思ったものだが学生時代は金がなく、会社に入れば時間がない。
そんなわけで俺の夢は中々叶わずにいた。
だが俺もただ手をこまねいていたばかりではない。
早く帰りたい同僚と出来るだけ残業を代わり、自分の仕事も文句を言われない程度に進め、有給は使えと言われるくらい温存し、日々真面目に働いて上司の心象を良くし……連休を取得すべく根回しを進めていたのだ。
サラリーマンたるもの、長期休暇を取る際には周囲への気配りも重要なんだぜ。
まぁ独り身だから出来たことなんだけどな。もちろん気ままな一人旅である。ちょっと寂しい。
ともあれ、ようやく手に入れた十連休! 念願の海外旅行へ! この際国内も可! ……なんて思った矢先のこれである。
「異世界……? いや、まさかな」
脳内に浮かんだ厨二ワードを、首を振って打ち消す。
こうしていても仕方ないし、とにかく歩いてみるか。
人と会えれば何かわかるだろう。
森を抜ければすぐ町があるかもしれない。多分、きっと。
不安を感じつつも当てもなく歩いていると、草むらが揺れ何かが飛び出してきた。
「グルルル……」
唸り声を上げながら出てきたのは狼だ。やたらデカい。熊と見間違うほどだ。
動揺しつつも、俺は狼と目を合わせたまま後ずさろうとする。
野生の獣は相手が背を向けると即座に襲いかかってくるので、目を合わせたままゆっくり後ずさるのがセオリーだ。
よーしよし、来るなよー来るなよー。
「ウウウウ……!」
だが狼は最初こそ警戒していたが、すぐに俺を無害な獲物だと気づいたようで遠慮なく近寄ってきやがった。
涎を垂らし、舌なめずりをし、一歩、また一歩と。
狼の鋭い牙が俺の目の前で不気味に光る。
――死ぬ、そう覚悟した俺の前に立ち塞がったのは一人の老婆だった。
「ひっひっ、こんな森に迷い人とは珍しいねぇ」
黒装束にとんがり帽子、手にはぐるっと曲がった木の杖。
コスプレのような恰好をした老婆は、俺を振り返り笑みを浮かべた。
「あ、あんたは……?」
「大魔女マーリン、……ま、気軽にばあさんとでも呼んでくれればいいさね」
ぱちんとウインクをするや、大魔女マーリンと名乗った老婆は手にした杖を振るう。
すると何もなかったところから火の玉が生まれ、飛んでいき――狼に命中した。
「ぎゃいん! ぎゃいん!」
狼は背中を火だるまにしながら、何度も転がり逃げていく。
なんだありゃあ、空中から火の玉が出たぞ。
あのばあさんの仕業か? そういえばこの人、自分を魔女とか言ってたな。
という事は今のは魔法? そしてここはまさか異世界?
現状把握で頭がいっぱいになる俺に、マーリンは手を差し出してくる。
「立てるかい?」
「あ、あぁ……」
その手はまるで枯れ木のように細く、弱々しかっただが――今の俺にはとても頼もしく感じられた。
■■■
「ふむ、あんたはユキタカというのかい。光に包まれ気づいたらここにいたと」
「は、はい……ここはどこですか? その、マーリンさん」
「ばあさん、それと敬語も禁止だよ!」
「はぁ……」
初対面の俺に自分をばあさんと呼ばせるとは、変わった人だな。
タメ口はちょっとハードル高いが……堅苦しいのは俺も苦手だし、この際気にしないことにするか。
「ここがどこか、だったね。ここはドルーイド大陸、その中央に位置する魔犬の森だよ」
「聞いたことのない場所ですね……だ」
敬語を使おうとして睨まれ、慌てて訂正する。
それにしてもドルーイド大陸に魔犬の森ときたか。全く分からん。
「ユキタカの住んでた場所はわかるかい?」
「地球の日本というところだよ」
「ふぅん、聞いた事ない場所だねぇ。あたしも色々世界を回ったが、初めて聞いたよ。やっぱりあんたは異世界の住民なのかねぇ」
マーリンは全くわからないといった様子で、首を傾げている。
ダメ元で固有名詞を出してみたが、やはりわからないようだ。
どうやら本当に異世界に来たようである。
にわかには信じられないが、あんな巨大な狼に魔法まであるもんな。
現実を受け入れるしかない。
言葉が通じるのは不幸中の幸いだが……あぁもうこれからどうしたもんか。
頭を抱える俺に、マーリンはにやりと笑って言った。
「行く場所、ないんだろう? 良かったらウチに来るかい」
「ほんとか!? そりゃ助かるけどさ……いいのか?」
「かまやしないよ。あんたにはちょっと興味があるしね。おっと変な意味じゃないよ。異世界の事を聞きたいだけさ。ひっひっ。ほら、こっちだよ。ついてきな」
突然の異世界転移に行く当てもなく途方に暮れる俺を、マーリンは保護してくれるという。
マジで助かった。俺は是も非もなくマーリンについて行く。
マーリンの家はかなり大きく、窓から覗く人の気配もする。
「それじゃユキタカ、入っておいで」
「いきなり入っちまっていいのか? 家の中に人がいるみたいだが、自己紹介とかした方がいいんじゃないのか?」
「中にいるのはろくでもないドラ息子たちさ。気にする事ないよ」
早く入れと促すマーリンのどこか物悲しい目を見て、俺は色々と察した。
どうやら息子たちとあまり良い関係を築けてないようだ。
まぁ深く聞くのは止めておこう。
よそ様の家の事に首を突っ込むのは野暮だしな。
「それじゃ世話になります。代わりといっちゃなんだが、家事は任せてくれ」
「ひっひっ、じゃあ頼んだよ」
というわけで、俺はマーリンの家に世話になる事になったのである。
その間何もしないわけにはいかないので、料理や洗濯など、マーリンの身の回りの世話した。
家事の評判はよく、特に料理はべた褒めだった。
一人暮らしが長かったのが幸いしたな。
喜んだマーリンは俺の要望通り、世界中から色んな調味料や食材を手に入れてくれた。
異世界の調味料を組み合わせて似たような作れたので、日本の料理をほぼ再現出来たのである。
作るたびに感動してくれるので、俺の料理の腕もすっかり上がっちまった。
「ユキタカは役に立つねぇ。拾って正解だったよ」
「そりゃどうも。しかしばあさんの部屋は色んなものがあるな。魔道具だっけ?」
「あぁ、随分興味があるみたいだね」
「そりゃあね。面白いし」
動力もなく動く機械、妙な形をした生き物、なんに使うかもわからない道具……ファンタジー世界のアイテムに興味を惹かれないはずがない。
俺は何かにつけて魔道具について聞き、マーリンはそれに丁寧に説明してくれた。
その代わりに俺のいた世界の事を教えたが、楽しそうに聞いてたっけ。
そんなある日、俺は分厚いアルバムを見つけた。
開くと様々な場所を描いた絵が沢山載っていた。
「こいつは旅行に行った時のものさ。鏡を見ながら自分で描いたんだ。よく描けているだろう?」
「あぁ、上手いもんだ。それに色々なところに行ってるんだな」
雪原や火山、海や奇妙な建物の中心には、決まってピースサインをしたマーリンが描かれていた。
「数年前に旦那が死んでからは世界中を旅して回ったもんさね。……いつかあんたのいた世界にも行ってみたいもんだね。ひっひっ」
冗談っぽく笑うマーリンだが、その目は真剣そのものといった感じだった。
実際、夜遅くまで起きて何やら研究をしていたようで、俺も無理はするなと言ったのだが止めることはできなかった。
しかも結局最後まで研究は実らず、無理がたたったのかマーリンは倒れてしまったのである。
すると今までまともに顔も合わせたことがなかった息子たちがマーリンの部屋に押し入ってきた。
廊下で掃除をしていた俺がこっそりと聞き耳を立てていると、中では財産の相続がどうとかこうとか聞こえてくる。
……ははぁ、遺産狙いか。それで同居してたんだろう。
俺やマーリンともほとんど顔を合わせず、いつもどこかをほっつき歩いているような連中だ。
こういう時だけ出てくるなんて……なんだか嫌な奴らだな。
そんな事を思いながら聞いているとマーリンの口から「遺産は全て国に寄付したよ」なんて言葉が飛び出した。
それを聞いた彼らは「あれだけ世話してやったのに!」とか「なんて冷たい鬼婆だ!」なんて抗議をし始める。
全く何もしなかったくせに、よくそんな言葉がでてくるもんだなと呆れていると、マーリンが魔法で黙らせた。ちょっとすっきり。
結局息子たちは罵言雑言を吐き捨て結局家を出て行ったのである。
腹いせにそこらの家具を壊して行きやがったっけ……あの後の片づけ、大変だったなぁ。
――それが大体ひと月前の出来事。
最近体調が悪そうだなと思っていた矢先の事だった。
全ての遺産を俺に譲る、なんて言葉が飛び出したのは。
財産ではなく、遺産……その意味に気づき口ごもる俺に、マーリンは続ける。
「あんたにはこの老いぼれの面倒を長い事見てもらっていたからねぇ。遠慮せず受け取りな」
「……おいおいばあさん、まだモウロクするのは早いだろ? 財産は全部国に寄付した、って前に言ってたじゃないか」
「それは欲深な息子たちを試す為さ。あぁ言ってもまだここに残ってくれのたら、少しは遺産を残してやったんだがねぇ……ま、今となってはあのろくでなしどもにくれてやるものは、びた一文ないさね。国に寄付したのはあたしの財産のほんの一部だ。残りはほれ、ここに仕舞ってある」
マーリンはベッドの下から黒一色のみすぼらしい鞄を取り出した。
肩から下げるタイプの鞄で、見るからに価値のなさそうな使い古したものだった。
「空間操作の魔道具だよ。中を見てみな」
促されるまま覗き込むと中は物理法則を無視した巨大な空間になっており、金銀財宝、そして数々の魔道具が入っている。
「ま、まじかよ……」
マーリンの持つ魔道具の中でも特に有用な物、高価な物ばかりだ。
それだけでなく、金銀財宝も入っている。
どれほどの価値があるのか想像もつかない。
「あんたがこの世界に来て半年くらいだっけかい? どこへでも行けばいいのに、こんなところでずっと老いぼれの相手をしてくれて、本当にありがたかったよ。おかげで最後まで楽しく過ごせた」
「気にしないでくれ。ばあさんに会わなきゃ俺はとうにのたれ死んでたしな。行き場がなかっただけさ」
これは本音だ。
ていうかあんなデカい狼がいる森に囲まれているのに、外へ出るわけがない。
「満足に身体が動かないあたしの為に、ご飯を作ってくれただろう?」
「世話になった恩を返すのは、当然だろ」
これも本音だ。
機嫌を損ねて追い出されたら、寄る辺もない俺はマジで死んでしまう。
「そいつはあたしもさ。だから受け取っておくれ」
してやったり、という顔でニヤリと笑うマーリン。
俺への恩返しってことか?
本当に恩を感じる必要はないんだがな……俺は自分の為にやったわけだし。
だがこれだけの魔道具があれば、貧弱現代人である俺でもこの世界で苦労なく生きていけるかもしれない。
「……正直言って有り難いけどよ。本当にいいのか? ついこの間まで赤の他人だったんだぜ?」
「構わないよ。あんたが異世界から来た人間だろうとね。あんたは私の大切な友人だ。それに私が死んだら他に使う人間もいないんだ。気にせずもっていきな」
「……わかった。ありがとう」
俺は頭を下げ、マーリンから魔道具の詰まった鞄を受け取った。
俺が受け取ると、マーリンはふぅ、と息を吐く。
まるで魂が抜けたかのようなため息だった。
「あぁ、ここは本当に楽しい世界だったねぇ。若い頃に世界を旅して回ったけど、今はまた色々変わっているんだろうねぇ。ユキタカのいた世界にも行きたかったねぇ」
「病気が治ったら一緒に行こう。その時は俺が案内してやるよ」
「ひっひっ、小僧が生意気を言う。……けど、ありがとうねぇ」
マーリンは顔をくしゃくしゃにして、言った。
目元からはじわりと涙が浮かんでいた。
「ユキタカの作ったギュウドンは美味かったねぇ。また食べたいねぇ……」
「いくらでも作ってやる。ちょっと待ってな、すぐに作ってくるからよ」
「……あぁ、そうだねぇ……」
消え入るように呟いたのを最後に。
それっきりマーリンが言葉を発する事はなかった。
孤独な魔女は天に召されたのである。
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