スーパーベイビー バブちゃん

平良野アロウ

第1話

「堕天使を追放せよ!」

 男の声が響いた。堕天使排斥を掲げる勢力の屈強な戦士達が、貴族の屋敷に押しかける。戦士達は純白の翼を広げ、屋敷の中を探し回った。

「いたぞ! 堕天使だ!」

 戦士達は鍵を壊し部屋に侵入。

 屋敷の一角の目立たない部屋に、その少女は軟禁されていた。

 禍々しい程に漆黒の翼を背に携えたその少女は、憂いを帯びた目でベッドに腰掛けている。

 部屋は綺麗に手入れされており、可愛らしいインテリアがそこかしこに置かれている。それはさながらごく一般的な貴族の令嬢の私室といった様子である。

 少女の身なりを見ても使用人によって丁寧に身だしなみを整えられた様子で、着ている服も質のいいものだ。部屋に閉じ込められていることを除けば、少女は何不自由なく生活しているようであった。

 戦士達は、その少女の人形のような美しさに一瞬見惚れてしまった。だが黒い翼を見て我に帰り、少女に武器を向ける。

 この屋敷の主人は、妻と共に戦士達に拘束され身動きをとれなくされていた。彼は少女の祖父である。位の高い貴族であったが、娘が堕天使を産んだことでその立場は悪くなっていた。

 少女の母は少し前に病死。差別と迫害による心労が祟った結果であった。少女の祖父は娘と孫の身を守るために二人を屋敷に軟禁したが、それもまたストレスになっていたのだ。

 母を亡くした少女は未だ悲しみから癒えず、以前にも増して感情が希薄になっていた。武器を向けられても抵抗はせず、黙って戦士達に連れ去られてゆく。既に己の運命を察している様子だった。

 戦士達が去った後の屋敷には、老夫婦の悲痛な嘆きだけが残された。


 少女の連れ去られた先は、大聖堂の奥にある大穴だった。少女は鎖に縛られたまま裸足で屋敷からここまで歩かされ、その足取りには血の足跡が残されていた。

「貴様をこの世界から追放する。貴様にも天使の血が流れているのならば、せめて自分から飛び降りるがいい。それができぬのであれば、拘束したまま我々が突き落とす」

 天使の戦士は穢れなき純白の翼を携え、少女を見下ろしながら冷徹に言う。

 少女は一度戦士の顔を見た後、言われた通り大穴へと飛び降りた。少女の意思に応じて鎖は自然と解け、少女の身は自由となる。拘束から解き放たれた漆黒の翼が大きく広がり、落下の風を一身に受けた。

 だが、そこから上に飛んで行くことはできない。強い力が上から少女を押さえつけ、下へ下へと進ませるのだ。

 大穴はずっとずっと深く深くまで続き、一向に底が見えない。落ちる過程で黒い羽根が一本一本抜け落ちてゆくが、最早少女にはその痛みすらも感じない。

 一体どれだけ落ちたか、ふと気付いた時、少女の背から翼は無くなっていた。

 そして少女は、大雨の中どこかの街中に呆然と立ち尽くしていた。

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