155話 リルシーの憂鬱②「いえ、いいんです先生……もういいんです」

「よしついた、ここだ」



ボーンズが立ち止まったのは何の変哲もない岩壁。

だが目を凝らせば仕掛けのようなものがついており、巧妙に隠された扉だとわかる。


その仕掛けを操作すると、魔術の駆動とともに岩壁が開く。



「へー。ここがね」


「あれ、来たことなかったんですか?」


「まあね。わざわざ最深部出るの面倒だったし」


「アルマさんらしいですね……」


「ロキ君、それどういう意味かな?」


「あ、いえ、ただなんとなく」


「ふーん。じゃ、とりあえずロキ君はここで見張り番ね。行きましょうフランちゃん。こんな失礼な男放っておいて」


「あ、ええ……」


「ちょっと待ってくださいよ!」


「どうしたのロキ君。お姉さんの言うこと聞けないの? 悪い子はお仕置だね。さ、正座しなさい」


「いや、なに言ってるんですか!」



魔王面で楽しそうにするアルマ。

長くなりそうだったのでボーンズは後ろからアルマの肩を掴み、回れ右させて背を押す。



「ほらアルマ、行くぞ」


「ちょっと、面白くなるところだったのに」


「まぁまぁほどほどに。さ、ロキとフラン嬢も」



ちょっとした洞窟を抜けると、岩壁に囲まれた広い空洞が広がっている。

不思議なことに天井はまるで青空のようで、どこからともなく明かりが降り注ぐ。

足元では草原がそよ風に揺れ、小道の先には小川が流れ、奥にはこじんまりした小屋が建っている。



「もう二度と来ないと誓って出たはずなのに……胸がいっぱいです」


「おかえり、ロキ」


「……はい」



ロキの目に、熱いものが浮かぶ。

フランが見上げると目を瞬かせて、何かを誤魔化すように先を行くボーンズに続いた。



ドアベルを鳴らしながら扉を潜り、靴を脱いで家に入ればいつもの片付いたリビング。

花瓶には花が飾られ、掃除が行き届いており



「いい家じゃん。なんなの、ここ?」



アルマがリビングの椅子に腰かけ、寛ぎつつ尋ねる。

ボーンズは定位置に、ロキは定位置にアルマが座っているので別の席に、フランは空いた席に腰かける。

トロはアルマの膝の上に乗っている。



「我もよく分からん。見つけた時にはここにあった。誰かが使っている形跡もなかったから使わせてもらっていたんだが……ダンジョンの復活とともに元通りとは」


「五百年も過ごしたのに、知らないことまだあるんだね 」


「不思議なのだが、我が置いた家具や食器もそのままか」


「ふーん。ダンジョンとは別領域なのかもね」


「……ダンジョンとは別に作られたということか?」


「ま、知らないけど」



アルマが投げやりに言い放つ。


そうしていると、不意に玄関ドアのベルが鳴る。



「誰でしょう。行ってみます」



ロキは立ち上がろうとするフランを制し、勝手知ったる様子で一人玄関に向かう。

するとすぐに驚きの声が上がり、続いて話声とともにリビングに戻る足音が鳴る。

案内され現れたのは、グレイの髪を後ろに流し、執事服に身を包んだ老紳士。



「どうも、皆様お揃いで」


「ネイマン殿。来ると思っていたぞ」


「はい、お迎えに上がりました。初めまして、現ダンジョンマスターの執事……ではなく、ガーディアンを務めております、ネイマン・フィールドと申します。アルマティア様、どうぞお見知り置きを」


「どうもー」



腰を折るネイマンに、アルマが軽く応える。



「ロキはずいぶんと凛々しくなりましたな。貴女は……」


「フランチェスカ・ウルスと申します」



フランがカーテシーで挨拶をすると、ネイマンが暖かな表情を見せる。



「やはりフランお嬢様でしたか」


「失礼ですが、私をご存知で?」


「はい、貴女が幼い頃に。やはり似てらっしゃる」


「はい?」



紫色の目を遠くにやるネイマンの表情に疑問が浮かぶ。



「いえ、昔の話です。皆様、よろしければ最深部へお連れいたします」


「うむ、最悪自らの足でも思っていたが……助かる」



アルマが魔術で結界を張るなどしての強行軍も考えていたが、内心案内に期待していた。



「どうせ待ち伏せするなら、ダンジョン入口にしてよね」


「待ち伏せですか?」


「ロキ君は気づかなかった? 隠し扉に探知魔術仕込まれてたの」


「そうなんですか? 先生は?」


「気づいていたぞ」


「ふふふ、ロキ君まだまだだねー」


「気付かれぬようにと仕掛けたつもりでしたが、いやはや、さすが緋眼の銀姫様です」


「まーね。じゃ、行こうか」



一同は頷くと、ネイマンの先導で外の石畳に立つ。



「そういえばアルマはダンジョン内の移動どうしていたのだ?」


「転移だけど?」


「それでノクサ殿の元へ買い物に行っていたのか……であれば過去、ここに来るのもさして手間ではなかったのでは?」


「君、自分の顔見たことある? 骸骨剣士の家、しかも骨ハウスとか言ってたよね。そんな蜘蛛の巣張ってそうなとこに行きたいとでも」


「……確かに」



ぐぬぬと不本意ながらの納得を見せるボーンズ。

と、ネイマンが「よろしいですか」と確認するとともに、足元にフラクタル模様の魔術陣を構築する。



「参りますよ」



言葉と共に、視界に光が溢れた。




…………




「ここって……」



見覚えのある屋敷に、フランが驚きの声を漏らす。



「本当にここが最深部なんですか?」



ロキもまたその目に困惑を浮かべていた。



「ああ。アルマがいた頃の魔王城味はないが、我も自分の足で来てるから間違いない」


「魔王城味って……ボーンズ、基礎に埋めてあげようか?」



アルマが両肘を抱えるように腕組みをし、ボーンズに半目を向ける。



「あ、いや、悪い意味では……黒耀城、我は好きだったぞ」


「まぁ、あの城は君にはお似合いかもね」



アルマが骸骨たるボーンズに視線を這わして、ふふっと嗤う。



先を促すネイマンに続き、前庭を抜け豪華な扉を潜る。

宮殿よりは控えめだが、貴族のお屋敷といったところだろうか、華美だが品のある廊下を進む。



「あれ、二度目じゃなかった?」



キョロキョロと落ち着きないボーンズを、アルマが言外にとがめる。



「前回は屋敷に入らなかったのだ。急いでいたからな」


「ふーん」



それ以上を指摘することもなく、しかし“急いでいた”との一言を受けたアルマの表情は、少し照れているようにも、嬉しそうにも見えた。



重厚な設えの扉の前にたどり着くと、ネイマンがノックし声を上げる。



「お嬢様、お連れしました」



すると室内からドタバタと慌てるような音が聞こえ、次いで「どうぞ」と返答がある。

何を知るかボーンズ困ったように笑えば、ネイマンが小さく肩を寄せギギっとドアを開く。



広く豪華な内装の謁見の間。

四角いそのホールの奥、一段高くなったところに豪華な椅子が設えてあり、そこに小柄な少女が座っていた。


ツーサイドアップの金髪に、翡翠色の瞳。

どこか貴族の学生服にも似た魔術師姿。

マントを羽織り、頭にはティアラを乗せている。


そしてその隣には、装飾の施された鎧を着込んだ騎士の姿。



一同は困惑を浮かべながらホールを進み玉座に近づけば、少女が不意に立ち上がり、マントを羽ばたかせる。



「良くぞお越しくださいました、皆さま。まずは名乗りましょう。私がこのダンジョン、逆さまの塔が現在の主にして魔王、リルナンシー・マキルです」


「……」


「一同、大義であります!」



大仰しく胸を張るリルシー。

そして急なテンションに置いていかれ、ポカンとする一同。



「……」


「……あの、何か」


「……」


「ええと、ね、ネイマン、私何か失敗しましたか?」


「……だからお止めにしてはと」


「ですが、最初が肝心とあなたが」


「いえ、それはリルシー様の発言です」


「え、あれ?」


「……リルシー、とりあえず仕切り直すか?」


「……いえ、いいんです先生。もういいんです」



玉座に腰を下ろし、俯いて雫をこぼすリルシー。

その哀れな姿は見るものの涙を誘う。



「皆さま、お茶の用意がございます。こちらへ」



まるで予見していたかのようなネイマンの手際に、ロキとフランはほっと胸を撫で下ろした。

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