第七章 乙女たちの憂鬱

154話 リルシーの憂鬱①「いつつつ、死んだばあちゃんが手招きしてたぜ」

見渡せば針峰果てしなく。


雲海より突き出る刃は美しくも、行く手を阻む騎士が槍の穂にも見える。


深く息を吸うと、少し湿り気を帯びた清涼な空気が肺を満たす。



「もう少し寝てたらどうだ」



見張り番をしていた男が隣に立ち、声をかけてくる。



「昨晩はよく眠れましたので。貴方こそお疲れではないですか」


「いや、あんたと旅を出来ているんだ。楽しくこそあれ、疲れはない」



隣を見上げる。


少し長い髪を頭上で束ね、異国を思わせるゆったりとした服を着た剣士。

猛禽に例えられる二つ名を持つ彼だが、少し照れくさそうに頬を掻いていた。



「皆が起きるまではまだ時間がある。茶でも淹れよう」


「それならわたくしが」


「大した仕事じゃない」



彼はカップに薄布で包んだ茶葉を落とし、火にかけていたケトルから湯をそそぐ。

空気が薄いため少し温い湯だが、たちまち芳醇な香りが立ち上る。



「あとどれくらいですかね」



渡されるカップを受け取り、おおよそ分かっていることだが会話のきっかけに尋ねる。



「そうかからないはずだ。記録と、あの男の言が正しければな」


「ここを踏破して、ようやく道半ばですね」


「ああ。問題はここからだ」


「次は灼熱の火山地帯でしたか」


「ますます過酷だが、なに、あんたの力とこの御守りがあればたどり着けるさ」



彼は紡錘形をした小指ほどの赤い石のついた首飾りを、胸元から出して揺らす。



「そうですね」



微笑みで返し、景色の先を見つめる。


道半ば。目指す深淵はまだ遠い。

でも、理想のためにも、わたくしたちはたどり着かなければならない。そして……



無意識のうちに、小さく舌なめずりをしてしまう。

押さえ込んでいる欲望が、胸の内で膨らんでいたのだろう。



「どうした、ルクスリア」



男が心配げに声をかけてくる。



「いえ。この先も、よろしくお願いしますわ」


「ああ」



……そして、あの方をわたくしの物へ。




…………


……




「ようやく着いたか」


「なんだかずいぶん久しぶりに気がするね、お父さん」



夕暮れ過ぎ薄明の頃、大型でなかなかに立派な馬車から、順に人が降りる。



「ここがレオンさんのお屋敷なんですね」


「お屋敷っていうか、ボロ屋敷?」


「それは言い過ぎだろう。我は好きだぞ」


「よっと。フラン、手を」


「あっ、ありがとうございます」



ブルーリオン領の領都リセスラントを出たボーンズ一行は、来た時と同様に一泊二日の道のりを経て、ベルクカーラ領の領都、ベルクカーラへと戻ってきた。


道中はこれといったことも起きなかったが、それもそのはず。馬ほどの体格に体を膨らませたオルトロスが、馬車の馬をひと吠えのもと従え、強者の気配を放ち先行していたのだ。

山賊はもちろん、大型種の魔獣ですら尻尾を巻いて逃げよう。



今回初めて訪れる三人、エレナ、ロキ、フランはその顔に興味を浮かべ、残り四人は早くくつろぎたいと、とりあえず門戸を何度か叩く。



「スタンツ、いるか?」



レオンの張り上げた声に、屋敷から返事が戻る。



「師匠、今開けます」



かんぬきを外す音とともに扉が開き、短く刈られたくすんだ金髪の好青年……ではなく、逆立てた髪の毛に、鋲をあしらった革のジャンパー、革のパンツ、トゲの着いた金属製の肩当て、その他イカつい装備品。



「おう、邪魔してるぜ」


「そろそろかと思ってたぜ」



続いた現れたのは、同じようなイカつい服装にイカつい顔をした、スキンヘッドの男が二人。

それはまさに、押し入りした悪漢達である。



「ひぃっ!」



フランが悲鳴を漏らす。

続いて反応したのはロキである。



腰の剣を鞘ごと抜くと、先頭のスタンツ……と思しき青年に振り下ろす。


そして続く二人の背後に入り、片方は膝裏をすくい上げて倒し、振り向くもう片方は下方の死角から剣を振り上げ顔面を打つ。

足をすくって転ばせた一人は、寸前に後頭部を手で守り地面への激突を防いでいたので、その腹部に剣を鞘ごと突き立てる。



「アバッ」


「ひぎょへ」


「ぶべしッ」



三者三葉に断末魔をあげる。



「気をつけてください、他に仲間がいるかもしれません!」



さすがロキ。あっという間の早わざである。

エレナとフランは賞賛の目を向けるが、事情を知らぬならば仕方ないことである。



「あーあ、やっちゃったね。ボーンズどうする? 人工呼吸する?」


「それはちょっとなぁ……」



ある出来事を思い出し、遠い目をする二人だった。



…………


……




「いつつつ、死んだばあちゃんが手招きしてたぜ」


「兄貴、よかった、帰ってきてくれて」



まだ顔面を腫らしているアニーとスタンツ、腹部を痛そうにさするオットー。


失神した三人は邸内に運ばれ、板張りの大部屋に寝かされてフィオとフランの治療魔術を受けて意識を取り戻す。



「本当に申し訳ございませんでした」



ロキは頭を下げるが、アニーが気にするなと制する。



「俺達もまだまだ未熟だな。まさか二度目があるとは思わなかったぜ」


「あの時はアニキ本当に死にかけたしな」


「あれはほんと悪かったって」



アニーとオットーに対しアルマが気まずそうに謝ると、ボーンズを除いて事情を知らぬはずの全員が「ああやっぱり」と納得の表情を浮かべた。



「で、スタンツ、その格好はなんだ」



レオンが世紀末スタイルのスタンツを睨む。



「かっこいいですよね!アニキ達二人とも俺の執行猶予の監視役とか言いながら色々教えてくれて、マジ感謝してるんです」


「けっ、調子いいこといいやがって」


「アニキ、顔赤いぜ」



妙に馴染んでいるスタンツ。

心なしか顔も厳つくなっていて、そのうち髪も抜け落ちるのではないだろうか。



「そうか。スタンツ、世話になったな。明日からは二人の舎弟としてしっかり励めよ」


「もちろんですよ……って、待ってください師匠、それってまるで破門宣言じゃないですか!」


「まるでじゃねー。破門だって言ってんだ」


「いやいやいや、なんでですか! 俺これから頑張ろうと」


「お前、自分の格好見て言えよ!」


「……え?」



本気の疑問を浮かべるスタンツ。

自分の服を確認した後アニーとオットーに振り向けば、さぁなと肩を寄せた。



「さぁなじゃない! その悪漢みたいな服装なんなんだよ!」


「何って、革の服と金属の肩当てですけど」


「トゲ! そして鋲!」


「防御力上昇ですね」



スタンツがさも当然のように答える。



「そもそもうちは剣術の指南所だ。お前らみたいなのがいたら人が寄り付かんだろ!」


「なんでですか! むしろ格好良くて憧れられたりして。そういえば留守中何人か悪戯か泥棒っぽいやつ来ましたね。俺たちの姿見たらしっぽ巻いて逃げましたが」


「それ習いに来た生徒だろ!」


「えっ、そうなんですか!?」


「……ダメだこいつ、早く何とかしないと」



項垂れるレオン。



「フィオの教育にも良くない」


「それは確かに……セクシー過ぎますかね」


「そっちじゃねぇ!」


「し、師匠、顔怖いです!」



レオン自身も目つきが悪いので、実は怖がられるたちである。



「ほう、ボーンズの弟子か。どうりであの手際だ」


「いえ、自分なんてまだまだで」


「ロキはオリハルコンクラスだからな」


「知ってるぜ、綺羅星の騎士の名は有名だからな。負けてらんねーな」



有名人を前に鼻息を荒くする二人。絵面は最悪だ。



「二人ともシルバーだもんね」



アルマが半笑いで言うが、アニーはその悪人面をニタリと歪める。



「ふふふ、嬢ちゃん、これを見な」


「はあっ!? なにその金色タグ!」


「ヒャハハハハハ、嬢ちゃんのタグは何色だぁっ?」


「くっ……怒りなどという言葉では生ぬるい」


「アルマ、落ち着け! アニーは既に二回ほど死んでいる」



成り行きを楽しそうに見ているエレナと、未だに怯え顔のフランはさておき、そうこうしていると部屋の扉を叩く音が鳴る。



「お、やっぱりか。門を叩いたらトロが出迎えてくれてな。邪魔してるぜ」


「お久しぶりです、皆さん……と、初めての顔も見えますね」



現れたのはハンターギルド、ベルクカーラ支部のマスター、白髪混じりの赤みがかった茶髪をした筋肉質な中年男性、ヴィル・マッカート。

そして貫禄ある丸みがかった体つきに口ひげ、上等ななりをした商人風の男性、ノクサ・テゾーロだ。



「さほど経ってないが、ずいぶんと久しぶりな気もするな。お二人とも、揃っていい時にこられた」


「門の前で偶然出会ってな」


「どうやらお互いに網を張っていたようですね」


「街に入る時にでも見られていたか。二人ともさすがだな」



すると三人の輪にアルマも加わり、軽く挨拶を交わす。



「ボーンズ、レオンがそろそろご飯行こうってさ。二人も来る?」


「あ、そうだな。話聞かせてくれ。家内と息子も呼んでいいか?」


「私もぜひご一緒させていただきます。よければ店、押さえますよ」



結局ノクサ馴染みのビストロにその場の全員がなだれ込み、さらにノクサの計らいでレッズ、ロロナ、ビンズの三人も加わり、大所帯での宴会となった。



ふと隣を見れば、アルマが肉を頬張り笑顔を浮かべている。

すぐ近くの席にはロキもいて、明るい笑顔を浮かべていた。



「どしたの?」



ボーンズの思案顔に気づいたか、ふとアルマが尋ねる。



「なんだか嬉しくてな」


「ふーん。よかったじゃん」


「ああ。本当に」



笑顔に満ちた暖かい光景。

ボーンズは、つかの間の平穏を噛み締めた。

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