1章 07「さて、悪くならないうちに肉を調理しちゃおうかな」

ノアールがこれまでにないほど魔力を高める。そして構えるは彼の正真正銘の奥の手で必殺技。これまでこれを受けて倒れなかったものはいない、大型種すら滅ぼす一撃。


(やばいやばいやばい!)


シービックが、慌てて巨木の陰に移動する。それを見てか見ないでか、ノアールが不敵に笑う。


「ボーンズ、この一撃受けてみろ。いくぞ必殺! 鷹爪・八卦大極斬!!」


ノアールが僅かに残像を残し、その姿をかき消し、そしてボーンズが立っていたはずの場所で爆発が起こった。


轟音と共に猛烈な土埃が上がり、周囲に礫を撒き散らす。


「くっ……なんて威力だよ」


シービックが立ち上がり周りを見渡すと、周囲の木々がなぎ倒され、爆心地に近い地面は大きく抉れ、土を晒していた。


「どうなった?」


じゃりりとする口もそのままに、砂埃の中心を見つめる。やがて空気が流れ人影を映し、次第にハッキリする二人の姿に息を飲んだ。


衣服がボロボロなのは共通だが、ノアールは束ねていた黒髪がほつれ、表情を隠している。剣は半ばで折れ、振り下ろした姿のまま固まっていた。


ボーンズはマントが放射状にちぎれ飛んでいるようだが、そんなのは大したことではない。

彼の右腕が、右の二の腕から先が、無くなっていた。


「どうなった……勝ったのか?」


そんな彼の呟きに応えるかのように、ノアールが静かに口を開く。


「俺の負けだ……」


ノアールの一撃は、確かに必殺の一撃だった。

一度に放たれた五つの見えざる刃と、ノアール自身による一撃。合計六つの刃は、それを受けようと振り下ろされたボーンズの斬撃に重なるように、一点で交わった。

その中心点は32倍の威力となり、ボーンズの剣をその腕ごと吹き飛ばした。


(勝った)


スローに見えたその瞬間、ノアールは勝利を確信した。片腕を吹き飛ばされたらもはや剣は振れない。重量を失い狂ったバランスでは、歩くことすら困難。よって戦闘の継続は不可能だ。


そんな彼の確信も、不意に腹部に感じた違和感にかき消される。


そこにあったのは、腹部から突き上げるかのような位置に添えられた短剣。その切っ先は彼の心臓に向けられていた。


「俺の負けだ……」


その言葉を聞いたボーンズが短剣を収める。


「もし我が、人の体を持っていたなら、負けたのはこちらであろう」


「止してくれ、負けは負けだ。俺は未熟さ故に敗れたのだ」


立ち尽くし、静かに呟く。その声は不思議とよく通った。


「素晴らしい一撃だった。我もこれまで幾人ものハンターたちと戦ってきたが、間違いなく最高の剣だった」


「……ああ、だがあんたには敵わなかった」


「うむ。だが悲観することもあるまい。貴殿は、昔会った時とは比べ物にならないぐらい強くなった」


「っ!」


ノアールが目を見開き振り向いた。


「覚えて……いるのか?」


「ああ、戦っている最中思い出した。何年も前、我が助けた剣士であろう。あの時は済まなかった。駆けつけるのが遅く、皆を救えなかった」



……



10年近く前、当時若かったノアールが所属するパーティーは、全滅を目前としていた。


若さゆえの無謀。当時シルバークラスだった彼らは、このダンジョン20階層のガーディアンを倒したことで勢いづき、格上たる21階層に挑んだ。


最初は快調で群れも潰したが、間もなく現れた群れのボスたる大型種の牙獣はそれまでの敵とはまるで違う強さを誇り、手傷は与えながらも仲間が一人、一人と倒れ、残るのは自分一人となってしまう。


パーティーの頼れるリーダーも、お調子者の魔術師も、気の優しいスカウトも、そして美しいヒーラーも、皆無残な姿でその役目を終えている。


最後、ヒーラーにもかかわらず彼を庇った彼女は、血を吐きながらも生き残れと言った。しかし彼自身既に満身創痍。這って逃げることすらままならない状態だった。


大人二人分も有ろうかという牙獣が迫る。皆への謝罪とともに死を覚悟し目を閉じた。


しかしその牙はいつまでたっても自分を貫かない。


不思議に思い目を開くと、そこにはマントを棚引かせる人影。


「大丈夫か?」


「……あ、あんたは」


「少し待っていてくれ、奴を倒す」


「倒すって、一人じゃ無理だ! 逃げろ」


「心配するな、こいつとは何度も戦っている」


自信満々に立ち向かう彼は、若干苦戦はしたものの宣言通り牙獣を倒した。


ノアールは、まず戦う彼の骸骨の体にまず驚き、そしてシルバークラスハンターのパーティーでも手に余る21階層の魔獣を一人で相手取る、その強さに目を奪われた。


高価な回復薬を譲り受けて傷を癒し、ダンジョンに喰われると分かっているものの、仲間たちひとり一人を土に埋めた。


彼は一階層上の20階まで同行し、その間、ともに戦い襲い来る牙獣を倒した。


ノアールは誓った。彼のように強くなると。

そして再びこの地を訪れ彼にもう一度感謝を告げ、名もなき四つの墓に標を刻むと。



……



「あの時は済まなかった。駆けつけるのが遅く、皆を救えなかった」


「そんなこと……そんなことは言わないでくれ」


ボーンズの一言にノアールがキツく反論し、しかしハッとした顔をして続く言葉を抑えた。


「あの時のことは、俺たちの未熟さ故だ。ああなっても当然だった。あんたが責任を感じる必要は無い」


「……そうか」


「感謝してるんだ。あんたが強さを見せてくれたお陰で俺自身強くなれた。それにこうして再びこの地を踏める」


「分かった。……では行こう」


「どこに?」


「決まっているだろ。貴殿の、今回の目的地だ」



…………



「もしかして、あんた見ててくれたのか」


続く21階層を少し進んだ草原のある場所、そこには四つの大きな石が並んでいた。記憶より幾分形がよくなり、ただ石を置いただけの当時に比べ墓らしくなっていた。

そしてその周囲は草に埋もれることも無く、整えられている。


「すまない、勝手に墓石を整えさせてもらった。まぁ、稀に来るぐらいだからあまり大きな顔はできないが」


「おい、他の墓ってもしかして……」


「ああ、この付近は割と死人が出るものでな。亡骸はすぐに消えるから遺品だけだが、見つけたら埋めてる」


その近くには四つ墓石のほか、いくつもの墓が並んでいた。


「自分はこの通り骸骨故、死者は同族みたいなものだ。大事にしないとな」


ハッハッハと明るく笑うが、ノアールとシービックは困ったような顔をしていた。


すると突然ボーンズが笑うのを止め、表情を引き締めた(ように見えた)。


「ノアール殿、奴が現れたぞ」


「もしかして……」


「貴殿が討つだろ」


「当然、弔い合戦だ」


現れたのは、身の丈大人二人分はあろうかという大きな牙獣。

ノアールは薄く笑い、剣を鞘から抜き放った。


サーベルは、ダンジョンの中にもかかわらず頭上に広がる青空を、その刃に映していた。



……



「なぁ、結局会えたのか?」


ハンターギルドでぼんやり人待ちをしていると、デリスが話しかけてきた。


「ああ、会えた」


「どうだった? まぁお前さん方が生きてるということは勝てたんだな」


どうやら噂を聞いた奴らがいるようで、ギルド内には聞き耳を立てる奴らが何人もいる。

シービックはデリスの予想をフンと鼻で笑う。


「負けたよ。ぼろ負けだ。俺は手も足も出なかった」


「マジか! それじゃノアールは?」


「あいつも負けたよ。それも手加減されてな」


「なんてこった! じゃあもう、オリハルコンしかいねぇじゃねーか!」


ハンターの最高ランクを口にする。

まぁ、信じられないような化け物がいるオリハルコンクラスであれば倒せるだろうと思うが、彼は首を振る。


「迂闊に喧嘩を売るのは止めとけ。奴は本物だ」


ひそひそ声が、あちらこちらから聞こえる。


「で、どんなだったんだ? しかも色々素材売って稼いだらしいじゃねーか?」


デリスの質問攻めに辟易し始めた頃、待ち合わせていた奴が現れる。


「待たせたな」


彼の一言に、シービックは肩をすくめて、何てこともないと答える。


「おい、あんた鷹爪のノアールじゃねーか。それにシービック、あんたその荷物は……」


「悪いな、こいつと旅に出ることにした」


「は? だってお前、特定のパーティー組まないって? それにここを離れる気は無いって……」


「気が変わった。まぁ、吹っ切れたんだよ」


「マジかよ……」


パーティーこそ組まないが、長年顔を突き合わせてきたデリスの胸中には複雑な思いが渦巻いた。羨望、嫉妬、妬み、寂しさ。


しかしシービックの、これまで見たことのない清々しい顔を見たら、そんな渦巻いた感情もどこかへ行ってしまった。


「それじゃあな」


「ああ、次立ち寄ったら顔見せろよ」


「そん時こそ、お前が奢れよ」


「どうかな。お前さんの土産話が面白かったらな」


しばらくの後、ゴールドクラスのハンターとなったシービックが凱旋を果たすが、結局どちらが奢ることになるかは、また別のお話。



…………



「ただいまー」


「……」


ようやく自宅という感覚になり始めた拠点のドアをくぐると、同居人が無言で迎えてくれた。


「いやー、今日は運が良かった。あんなにスムーズにファング・タウロスに会えるなんて、おかげでほら……」


背中の荷物を下ろすと、油紙で丁寧に巻かれた大きな塊を取り出した。


「色んな部位あるぞ。ロース、ヒレ、バラ、リブロース、横隔膜もあるぞ」


ノアールの仇たるファング・タウロスは牙を持った巨獣だが、その肉質はきめ細かくて味が良く、ボーンズが色々食べ比べた結果ダンジョン内で獲れる肉として、至高かつ究極の美味さを誇る。


「それもこれも彼らのお陰だな。ああ、そうそう、面白い人たちに会ってさ。一人は昔も会ったことある人なんだけど、なんだかハードボイルドでかっこよくってさ。俺の名はノアール。ノアール・カークス……って、イケメンかよ!」


手を洗い、ウィルソンの入れたお茶を飲みながら、気の利く相棒に対し楽しそうに語って聞かせる。


「そうそう、凄い秘技見せてもらったからさ、今度練習してみるよ。凄いぞ、斬撃が飛ぶんだ。ロマン溢れるなぁ。ぜひ例のストラッシュ使いたい。技完成したらウィルソンにも見せてあげるね」


キラキラした目(目玉は無いが)で語るボーンズは、先ほどの武人めいた口調とはうってかわっていた。

こちらが本来の彼であり、他のハンターと会うときはキャラを作っているのだ。かっこいいからと。

かっこいいかはともかく、元の口調だと見た目と合わせて間抜けに見えてしまうので、これが正解だろう。


「さて、悪くならないうちに肉を調理しちゃおうかな」


休憩も早々に椅子から立ち上がりエプロンを身に着ける。


ノアールもシービックもそんな彼の本性を知らぬまま、立派な武人と勘違いしたまま修業の旅に出てしまった。


それはそれで、良かったのかもしれない。

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