第3話「卒業式をサボるのにうってつけの日」
●
「ねぇ?サボらない?」隣のクラスの君はなぜか僕の隣にいてそう言った。
「なにを?」と聞き返すと。
「卒業式」と答えた。
「本気?」と僕。
「マジもマジよ」大マジよと、君はどこか楽しそうに言った。
卒業式まであと三十分。
時計を見て僕は考える。
この騒がしい教室から抜け出すのは簡単だろう。
でも、本当にいいのか?
卒業式に出るメリットとデメリットを思い浮かべる。
学生最後の思い出づくり。
先生と喋ったり、校内を見て回ったり、友人たちと一緒に過ごしたり。
そういうことが、ここでサボったらできない。
しかし。
「卒業式をサボるのなんて、今日しか出来なよ?」確かにそうだ。
卒業式をサボるというのはとても青春ぽかった。
「先生が来たら動きづらくなるから」と言って君は僕の教室から出て行った。
「コンビニで待ってるから」と言って。
教室は騒がしい。
それぞれが思い思いの場所で、思い思いの人たちと過ごしている。
黒板には誰が書いたのか「卒業おめでとうございます」と派手な装飾を施されたメッセージ。
卒業式という感じだ。
みんな今日を過ぎれば、このメンバーで集まることはほぼないと言っていいだろう。
その最後を、僕はどうしたいのか?
がたり。と僕は席を立った。
●
「意外と早かったね」コンビニで雑誌を立ち読みしていた君はそう言った。
「もっと悩むかと思ってた。でもま、ありがとうね」そう言って君は笑った。
いつだってそうだ。
君はいつだって、僕を不思議な場所に連れて行く。
それを僕は楽しみにしている。
今日だってわかっていた。
君が大人しく卒業式出るわけないって。
「じゃ、いこっか」僕らはコンビニを後にした。
学校から最寄駅までの道で僕は色々と聞かなければならないことがあった。
「どこに向かってるんだ?」ヒミツ。
「なんで、卒業式をサボろうなんて思ったんだ?」企業秘密。
「なんで僕なんだ?」とはさすがに聞かなかったけれど、僕の質問はどれもはぐらかされた。
秘密。
電車に乗ってどこまで行く気なんだろうか?
住宅地の平凡な風景が流れていく。
僕らの住む町は少し行くとすぐに山がある。
君の目的地も多分山なんだろうと僕はあたりをつけた。
予想は違わず君は山の入り口の駅で降りた。
携帯で時間を確認するとすでに十時を回っている。
もう卒業式は始まっていて、今頃みんな歌でも歌っていることだろうとぼんやりと考えた。
君は、古びた道路を歩いて上へ上へと登って行く。
僕はどこに向かうのかも知らずに後に着いて行く。
三十分ほど行ったところにそれはあった。
「ついたよ」と君は言った。
そこは。
「遊園地?」錆びついた鉄柵、誰もいない受付、雨風で汚れた看板。
「そ、もう十年も前に廃園になったね」そこは不思議な雰囲気を持っていた。
かつては賑やかだったろう場所故にかえって寂しさや静けさが印象に残る。
君は迷いなく閉ざされた遊園地の中に入って行った。
さっきまで晴れていた空は曇りになって、まだ冬の残滓が残る三月の空気がどこか神秘的な静謐を作り出していた。
ジェットコースター。
メリーゴーランド。
ミラーハウス。
etc.
遊園地は時が止まったように一切動かずに遠い日に捨てられた遺跡みたいに空虚にそこにあった。
「取り壊されないんだな。こういうのって」と僕が言うと「ただでさえ金が無くて倒産してるからね。取り壊し費用も出なかったんだろうね。それに山の中だから誰も欲しがらない」なるほどとうなづいた。
「そろそろだよ」君は言った。
色々な建物を素通りして行くから、ただ、散歩しに来ただけだと思っていたが、どやら君には目的地があったらしい。
そういわれると、すぐにそれがどこだか見当がついた。
「観覧車」灰色の空の下に、巨大な円が浮かんでいる。
白い柱の所々に赤茶のさびが浮かんでいる。
君は観覧車の真下まで来ると「到着」と言ってそれを見上げた。
つられて僕も見上げる。
大きくて遠近感が崩れる。
僕はいったい何をしているんだろうか。
卒業式をサボって、廃園になった遊園地で観覧車を見上げる。
昨日の夜には想像もできなかったことだ。
「ありがとうね」と君は言った。
「いや、貴重な体験だよ。卒業式をサボるなんてね。自分じゃ考えつかない」
「うん。でも、ありがとう」
「どういたしまして」無言。
聞きたいことはあった。
なぜこんな所に来たのか?
卒業式をサボらなくてもここには来れたはずなのになぜ今日なのか?
「君が考えてることが私にはわかるよ」と彼女は言った。
「端的に言うとさ」と言って彼女は僕から目を離して空を見上げた。
「卒業したくなかったんだよ」僕にはそれだけで十分だった。
それ以上の言葉はいらなかった。
わかったからだ。
僕にもその気持ちが。
高校生が終わる。
そんな当たり前のことを僕らは拒絶する。
そのために卒業式をサボる。
卒業式に出なければ。
僕らは卒業したことにならない。
つまり、高校生は終わらない。
そんな馬鹿な話はないが。
心情的には理解できる話だ。
「君を誘ったのはわかってくれそうだったからだよ」
「それは光栄な話だ」
僕らは似ていた。
たぶんであった時からお互いに感じていたと思う。
だからこんなバカげた話にも乗っかる。
「私は卒業式をサボることで、卒業の外側にいることが出来る。そう思わない?」卒業の外側?
「そう、私たちだけが卒業せずに高校生だった頃の私を終わらせないで、生きていくの」それは中々素敵なことのように聞こえた。
「けじめや門出の代わりに一区切りさせないで、私は高校生気分を続けたい」その気持ちはよくわかった。そうでなければこんな所にはそもそも来ない。
「でも一人で来るのは怖かったから。誰かと一緒に来たかった。同胞が欲しかったんだ。巻き込んでごめんね」と君は謝ったが僕はむしろ良かったと思っている。
「ここは、さ。子供の頃に来たことがあるんだ。もう一度来たかったけど、その前に潰れちゃってた。でも、また来れてよかったよ」
動かなくなった過去の残骸たち。
遠い日に滅んだ文明の遺跡。
取り壊されずに残されたそれは、まるで僕らが選んだ高校生活の終わりの拒絶のようだった。
僕らの思い出も、取り壊されることなくこの廃墟のように錆びついて行くのだろうか?
でも、それはそれで美しいと思う。
高校生と言う時代を終わらせて、新しい場所に行くのではなく。
高校生という時代を取り壊さずに残しておいて、山の中の廃園になった遊園地の跡地みたいに静謐に保存したい。
そんな欲求。
「君だけは大人にならないで」と君は言った。
大人になるその寸前で、僕らは、子供じみた欲求に懐古する。
しかしそれは、子供のままでいたいとか、大人になりたくないとかそういうことではないと思う
僕らは、この特別だった時代をそのまま保存したいのだ。
まるで時が止まったかのような遊園地の跡地みたく。
一時間はそこにいただろうか。
僕は君が帰ろうと言うまでここ言居るつもりだった。
君の気がすむまで僕は付き合う。
そう思っていたのに、いざ君が帰ろうと言うと、一抹の寂しさを感じた。
もう少しこの場所で浸っていたいと思った。
僕はこの場所でもう少し君を見ていたかった。
明日からはもう着ることもない制服で来ることもない遊園地の跡地で、泣き出しそうな空の下、観覧車を見上げる君の姿が、まるで一枚の絵のように、僕の目に焼き付いていた。
■了■
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