ALBA

紬 蒼

糺のバイト先

尾ケル

「ごめんっ! ボク、今日『バイト』入ってたんだ!」


 パンッ、と顔の前で両手を合わせ、すまなさそうにする綴木つづきれいに私は「またぁ?」とむくれた。


 糺は女の子なのに自分のことを『ボク』と言う。

 髪もショートボブで運動神経が良く、男子からも男の子扱いされている。

 サバサバして裏表のない糺は誰からも好かれるのに、特定の友達を作りたがらない。

 一人でいる方が楽だという糺の唯一の友達になるのが私の高校生活の目標だ。


 糺の存在を知ったのは中学一年生の時。

 繁華街で不良に絡まれた同級生を助けたという噂が学校中に広まり私の耳にも届いた。

 相手は男子高校生が五人。

 それを糺一人で撃退したというのだ。

 そんな噂を聞いて友達と糺の教室を覗きに行ったことがある。

 女子プロレスラーか柔道選手のような人を想像していた。

 そんな私の予想に反して糺はとても華奢だった。

 ボーイッシュではあったけど、どこからどう見ても女の子だったし、プロレスラーどころかモデルでもやってそうな綺麗な子だった。

 だから正直噂を信じてなかったし、その時はまだ友達になりたいとも思ってなかった。


 友達になりたいと思ったのは中学三年の時。

 私が踏んだちょっとしたドジのせいでピンチに陥ってた時、糺が助けてくれた。

 その時糺の人柄に強く惹かれ、糺と友達になるべく同じ高校を受験した。

 そして見事合格、さらに初めて同じクラスになれたというオマケ付。


 入学式からずっと私は糺と友達になるべくお友達作戦を実行している。


 まずは一緒に登下校をしようと思ったけど、糺は高そうな白いマウンテンバイクで颯爽と登校しているので断念した。

 私のママチャリじゃあのスピードには到底ついて行けない。


 休み時間に話をしようと試みたけど、これは昼休みのみ成功している。

 糺は休み時間だけでなく授業中も基本机で爆睡している。

 寝ている人を起こしてまで話はできない。

 お昼は一緒にご飯を食べているけど、二人きりじゃない。

 男女関係なくいろんな人と話しながら食べている。


 そんな訳で私は糺の中でまだクラスメイトの一人という扱いだと思われる。

 その証拠にあだ名で呼ばれない。

 呼び捨てされるけど苗字だ。

 他のクラスメイトと変わらない。


 そこで最近は放課後一緒に寄り道しよう作戦に切り変えた。

 が、未だ実行できずにいる。


 約束はすれど『バイト』を言い訳にドタキャンされ続けている。

 バイト先が本屋だというのは知っている。

 でもどこの本屋かはまだ知らない。

 私が知ってる本屋は全部行ってみた。

 が、糺の姿はどこにもなかった。


 そこで。

 今日こそはバイト先を突き止めるべくママチャリで追いかけることにした。


 自転車といえど糺のマウンテンバイクは本当にバイク並みのスピードが出る。

 対する私のママチャリは自転車チャリンコの性能もさることながら、それを漕ぐ私の性能もポンコツなので『言わずもがな』なのだが。


 だけど今日はちょっとした秘策がある。

 だから今日こそは絶対に糺のバイト先とやらを拝んでやる。


 そう意気込んで私は鼻息荒くママチャリのペダルに足をかけた。

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