癒えぬ痛み-①


七月二十九日、午後六時四十八分。

見慣れた町並みや普通の日常は、一瞬にして奪われてしまった。


「黙祷(もくとう)」


三年前の夏の日と、同時刻。

防災スピーカーから響いてきた声に両手を合わせると、そっと目を閉じた私は心の中で語りかけた。


ねぇ、海斗。

元気ですか?

海斗のいる場所も夏ですか?

蒸し暑いですか?肌は灼けましたか?

ブルーハワイのかき氷は食べた?


海斗、この町が見えていますか?

少しずつ戻っていく町並みの中、私はなんとか生きています。



「夕海(ゆうみ)」


駿(しゅん)のその声で、閉じていた目がゆっくりと開いた。


「大丈夫か?」


心配そうにこちらを見下ろすその顔に小さく頷くと、私は徐ろに空を仰いだ。

頭上に広がるのは、薄水色とオレンジ色が儚げに混ぜ合わさった夕暮れ空。

あの日の空に、よく似ていた。


同じように目を閉じ手を合わせていた周囲の人たちがぽつりぽつりと歩き出していく中、脳裏に浮かんだのはあの日の記憶。


「あれから三年なんて…なんか早いね」

「本当、もう三年も経つんだな」


そっと肩に触れてきた詩織(しおり)と陽(よう)ちゃんの言葉に、まだ明るい夏空を見ながら呟いた。


「もう……なのかな」


胸の中に広がっていく複雑な感情。

まだ癒えぬ心の傷が疼くように、切なく痛んだ。


「えっ?」

「ううん、何でもない」


無理矢理笑顔を作った私は心の内を隠すように三人の前を先に歩き出した。


うだるような暑さが続く、七月の終わり。

生温い真夏の風が、あの頃よりも随分長くなった私の髪をふわりと揺らした。



気が付けば、あれからもう三年と言われるようになった。

でも、違うと思う。

まだ三年。たった三年だ。


今でも、眠りにつく前は願う。

どうか、この今が夢であってほしいと。

目が覚めたら、いつも海斗が隣にいたあの頃に…戻っていてほしいと。


そう願わない日は、あの日から一度もなかった。



「夕海!」

「見て、夕海の好きなベビーカステラあるよ!」

「射的もあるぞ」



いつのまにか私の両隣まで進んでいた詩織たちは、前後左右忙しそうに視線を動かしながらボーっとしていた私の腕をぐいぐい引いて明るく声を弾ませる。


人混みで溢れかえる、夏祭りの川沿いの道。

あの時ここで海斗の手を離してしまったことや、地獄のようだったあの夏を思い出すことが怖くて、あれ以来はずっと…ここに来ることは出来なかった。


でも、三年という月日と周囲の人たちの支えが立ち止まっていたままの私の背中を押してくれたんだと思う。


海斗の笑顔を最後に見たこの場所で、手を合わせたい。

塞ぎ込んでいた気持ちが、ようやくそんなふうに前を向こうとしていた…はずだった。

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