無明戦士ボンノウガー
澄石アラン
プロローグ Sexual desire or XXXX
『
「は……?」
思わず尋ね返す。
だが沈黙を埋めるように、擦りガラスのドア一枚挟んだシャワールームから
部屋には欲望を受け止めるための大きなベッド、欲望を助長させるための大きなテレビ、欲望を……その他備品以下略。
鏡張りの壁がシャンデリアを幾重にも複製し、一面にレトロな飴色の光を浮かべている。
ネオン街、
ここはそんな治安劣悪な街の、ラブホテルの一室――ワケ有り男女が愛を育む場所。
よって喋りかけてくるものがあるとすればシャワールームにいる
腕から這い上がってくる
テレパシー? 念話? ……と、いえるものなのだろうか。
『我とTogetherせよ……』
Together……?
共に……?
超常的なのに胡散臭いアラートは続く。
馬鹿馬鹿しいと思いながら、俺は手の中に納まった黒いベルトを呆然と見つめていた。
その散漫とした思考の中で、状況を確認する。
結局、この部屋における二つの異物に意識を向けることになった。
一つ目。
俺――
風体は金髪にシルバーアクセといえばだいたい想像がつくようないわゆるチャラ男で、特筆する点といえば、貧乏極まって学ランが一張羅、夢も希望も金も無い不良学生……ということくらいだ。
二つ目。
俺の手の中に納まった変身ベルト。
そう、変身ベルトだ。
中央にサーキュレーターはお約束だが、全体的に赤黒く、帯にはミミズの
正義のヒーローが腰に巻くアイテムと言うには、どこか
もう一度、確認する。
ここはネオン街、オトナが愛欲を肯定するラブホテル。
俺は、夢も希望も金も、ついでに愛とも無縁な落ちぶれた学生。
手には、純真な子供が憧れのヒーローを真似て遊ぶ、そんな夢と希望と正義を象徴するおもちゃの変身ベルト。
……何もかもが噛み合っていなかった。
その上、だ。
『我とTogetherせよ……お前こそ、我が力を手にするのに相応しい』
腕から伝わる意思は――恐らく変身ベルトの声は、眉をひそめている俺に呼びかけ続けている。
『その身をもって欲と弱きを知り、煩悩を《XXXX》に昇華せし者よ!』
何のことを言っているのか全くわからない。
そもそもおもちゃの変身ベルトが語りかけている時点で、俺の思考はキャパシティーオーバーだ。
頭上で疑問符が沸いては消えていた俺は、半ば現実逃避で数時間前のことを思い返し指折り数える。
金欲しさにヤクザを怒らせてしまったので逃げる。いつものこと。
逃亡中、綺麗なお姉さんと会い、なしくずしに一緒に逃げる。
彼女はあまりにも世間知らずな
そう、灰色の日常をぶっ壊し、彼女とアバンチュールな一夜をTogetherしようと思って――。
どこもおかしなところは無い。
ここまでは、健全な男子としてあまりにも自然で紳士的なエスコートだ。
極めて当たり前で王道な成り行きだ。異論は無いはずだ。
『我とTogetherせよ!』
――で、お盛んにTogetherしようと言い出しているのは、俺の手にある胡散臭い喋り方をする胡散臭いブツという状況。
「そういう趣味は無い……お断りだ!」
しかし俺は薄々と、阿鼻叫喚の茶番劇が幕を開けつつあると勘付き始めていた。
他人事だと思って聞いていた、それなのに。
灰色の日常は、いままさに軋んだ音を立てながらブッ壊れようとしている。
全く想定していなかった上に、望まぬ形で。
話は小一時間前に遡る――。
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